第六十一話「体育祭、魅せるは故障」
『は〜い、んじゃ皆様方。――配置についてもらって』
無線機越しに祐介の声が響く。幾人かの男子はこれ見よがしに嫌そうな顔を作って高台の祐介におどけて見せるが、それを遠くから小突くふりで返される。
それぞれ、手提げバックのようなものが支給されている。そのなかには5個までカラーボールが入り、同時携帯が可能だ。
『ひとまず、重要なのはカラーボールの補給経路。蒼井はどうせそこを狙いに来るから、それを迎え撃つ形も必要やと思うわ』
各フィールド、それぞれの『指揮官』から見て左側の手前にカラーボールの補給所がある。しかし、その周りには土嚢が少なく、遮蔽物がなければ撃たれ放題。適当に補給するようでは格好の的になるだろう。
朝にサバゲーが発表されたとき、本当のことを言うなら祐介はそれを先んじて知っていた。当然本部役員である拓也もそうなので平等だ。
(けども、補給所がどうとか、土嚢の置き方がどうとか、そういうのは俺も……それに蒼井も聞かされてないな)
大輔や美緒、里奈らがそのあたりの情報は死守したのだろう。彼らに本気で情報を隠されては、並大抵の努力ではそれらを盗めない。それはマウスコムの人間であれば当然知っていることだ。
だから祐介も、そこまでのアドバンテージを得ようとするのは避けた。恐らく『指揮官』同士で情報格差はあまりない。――真剣勝負だ。
「では、サバゲーを開始します! 危険ですので応援する人たちはフィールドに近づかないようお願いします」
『はい、神谷。返事無しで――まっすぐ前進』
『…………』
開戦と同時に出された指示に言われた側の神谷は困惑しながら、しかしその通りにする。
彼がいるのはちょうどフィールドの中心線から左に少しズレたところの土嚢の裏だ。そこから身を乗り出すように前進――。
「えっ?! なんで――」
「神――や?!」
『はい、ファーストヒット』
先制点を取ったのは祐介率いる『はらむはみら連合』――。凄まじい勢いでファーストヒットを勝ち取り、機先を制してみせた。
まず見えないと知りながら、しかしある種の確信を抱いて、祐介は拓也を一瞥する。その気配を感じ取ったのか、拓也と祐介の視線はそこで刹那の交錯。そして――、
「この戦い、俺の勝ちかもな」
*
――蒼井拓也はかなりの慎重派である。
実は拓也と知り合いであった祐介も知っていることなのだが、蒼井拓也というのは、は石橋を何度も叩いてもはやそれを叩き崩してしまうような、そんな男だ。
しかし、拓也はそれを覆そうとした。搦手ではなく真っ向勝負。だからこそのほぼ正面に突撃兵を作った。
開戦まもなくの奇襲、加えて本当の中心線とは少しずらした戦力配置と、いくつかまだ搦手の色は抜けていなかった。それでも拓也は珍しく、真っすぐなやり方を選んだ。
それこそが祐介の裏をかけると思っていた。
「――その裏をかかれると、思わなかったんか」
聞こえないはずの祐介の言葉が聞こえるような気がした。相手の裏をかくつもりでいたのに、立場は逆転して、自分が裏をかかれたのだ。
『――武内はドンマイ。笹崎は武内の初期位置に近づいて。恐らくその周りに敵チームがいるから、慎重に。別ルートで村崎は敵の補給所に回って』
急いで指示を飛ばし、拓也は気持ちを切り替える。
ずっとやられたという意識でいては機先を制した祐介の思う壺だ。そうして『指揮官』から潰すつもりで、彼は無理な先制点を取ったのだから。
『初っ端からやられたけど、初期位置にいるうちにやられたってことは敵の位置も丸わかりやから。気負わずゆったりと、徐々に侵攻しよか』
拓也が無線を通して言う言葉に、クラスメイトたちも小さく頷きながら改めて息を殺す。
――と、
『神谷はすぐに後退。健美の二人は神谷の初期位置を遠巻きに観察、敵が来たら倒しといて』
もはや、祐介は戦場を見ることもせずに指示を出していく。目を瞑って頭の中に地図を描き、それぞれの動きと拓也がどのように駒を動かすかをイメージする。
慎重派だったから裏をかくために勢いの良い奇襲を仕掛ける。初期位置の敵を倒すという迂闊な作戦を取った相手の弱みに付け込む。――そういう思考そのものが、祐介の手のひらの上だ。
『神谷。後退しつつ、急ぎで補給所行って。途中で出会うであろう瀬田と谷村も連れて。瀬田に周り見張ってもらって、神谷と谷村で補給所のカラーボールを取れるだけ取って高台近くへ』
補給所を敵がマークするより先に、補給方法を確保しなければならない。敵の裏をかくのは、なにも拓也だけの特権ではないのだから。
祐介は本部席の大輔を見やる。事前に読ませられたルールブックには、一度に補給してよいカラーボールの数はいくつ、などという卵のセールみたいな規則は書いていなかった。合法だ。
「――おっと!! ここで『はらむはみら連合』からも脱落が出ました!!」
「……あっちのほうが一足早かったか」
美緒の実況の声で状況を把握する。直後に瀬田と谷村の無線から脱落したとの報告があった。
なるほど、『丼何処どこ組合』からの刺客は想定より早く、こちらの補給所に到達していたらしい。これであいこ――どころか、一度に二人やられたことで劣勢だ。
『――――。――どうしよかな』
そこで、ふと祐介は呟いた。
想定外とまではいかないが、それでも厄介な状況に、祐介の表情は歪められていく。
しかしすぐに表情をもとに戻すと、祐介はばっと大輔ら本部テントの方へと向き直って両手を合わせてみせた。
「ごめんな、お兄さん。ちょっとミスったわ」
「――?」
小さく漏らした声が、大輔に届くことはない。だからこそ、大輔は次の祐介の発言に息を呑むことになった。
「『はらむはみら連合』の皆さんがた――!! 無線機壊れたんで、こっから指示叫ぶわ!!」
その宣言に、場は騒然となった。




