第五十九話「体育祭、魅せるは摂取」
「――さあ第一走、走り出しました!」
祐介はその名乗りの時こそ少し奇をてらったところがあるが、しかし実況の方は実直にこなしていった。初めこそ突然に姿を現した祐介に困惑していた観客席も、二走、三走と競技が進行していく頃には彼の実況にも慣れてきたか、純粋な応援の声が聞こえるようになってきた。
今から思えばかなりの『無茶』をやってのけたものだと、祐介は内心で冷や汗を拭っておく。しかし、実況をしているうちに興が乗ってきたのか、初めにはあったかもしれない不安もどこかへ消えている。
「カーブに差し掛かりました! 赤組、ここで抜かせるか!?」
――ほんの少しの違和感が、祐介を襲う。
「あとは直線、惜しくも緑組、首位は取れずにバトンタッチです!」
――違和感が脳を走り、火花を散らして焦がす。
「走者、既に半分を過ぎました。折り返しです!」
違和感だらけだった。
自分が、こんなに型にはまったような実況をしているということに、祐介は違和感を覚える。それを自覚してからは、もう駄目だった。
何も、全てにおいて他と違っていたいなんて、そんな完全逆張り根性があるわけではない。それでも、こんなに型にはまり切って、それでなんでもないなんて、そんな顔をしている。それが一番、祐介にとっては違和感だ。
「……我慢我慢」
「お兄ちゃん?」
「ま、いいよいいよ。今ははっちゃけなくて」
「何言ってるのかは分からないけど、お兄ちゃんが決めたことが正義だからなんでもいっか」
今だけは、違和感も呑み下してしまおう。
すぐにでも、彼が『はっちゃける』時は訪れる。本当の意味で祐介が表舞台に立つときが、もう少しで。
*
――と、その前に。
二人三脚という、決して見逃せない競技があったことを、ここに特筆しなければならないだろう。
正直言って、最近はこういうことに熱を上げている時間がなかった。体育祭の準備に駆り出され、とてつもなく多忙の日々を過ごしていて、それどころではなかった。
けれどその間にも、物事はすでに動きつつあり、その集大成こそが二人三脚なのだ。
「この競技だけは純粋に観戦しなくてはなりませんからね。蒼井くんが実況を買って出てくれて助かりました」
「そんで、俺らは特等席で観戦ってわけか」
今、大輔と祐介、里奈とくるみの四人は本部テントの端にいた。実況をするわけでもない彼らは本来、生徒席にいるべきで、美緒などはその例に漏れていない。だが――、
「生徒会本部が本部テントにいて、何が悪い!!」
「そうだそうだー!」
里奈が叫び、くるみが適当に賛同して囃し立てた通り、本部役員という立場を悪用――ではなく職権濫用……でもなく、その立場を利用すれば、こういうことも可能なのだ。
先程のリレーで生徒会本部公式お手伝い係になった祐介がここにいることも、骨折をした彼の補助をするためにくるみがいることも、そういう理論を拡張すれば何らおかしいことではない。
と、そういうわけで――。
「あっ、二人が出てきましたよ」
全員の視線がある一箇所に向けられて集まる。
そこでは、二人三脚のために準備を終えた健太と美穂がいた。健太が少し気まずそうにして美穂が純粋に二人三脚にやる気を燃やしているあたり解釈一致である。
「イチャイチャしてますね」
「イチャイチャしてるな」
「イチャイチャしとるで」
「イチャイチャしてますね〜」
全会一致ということで、イチャイチャしていた。
とはいえ、すでに気まずそうな顔をしている健太には可哀想な話かも知れないが、まだこれは序章にすぎない。
「では、走者はスタート位置に立ってください」
拓也の声で、健美二人を含めて準備をしていたメンバーの半分ほどが前に進み出る。
ところで、なぜ彼らが二人三脚をすることになったかというと、健太には大輔が、美穂には里奈が働きかけ、二人三脚は仲の良い異性とやるものだという認識を刷り込んだからである。
体育祭の準備に忙しかったとは言ったが、それとこれとは別腹だ。あと、洗脳ではない。ちょっとした思考の誘導である。
「ほら、シュガーくん! 行くで!!」
「え? あっ、おう!!」
もうまもなく、スタートダッシュだ。
二人三脚は、すべてがここで決まると言っても過言ではない。ここでこければまず取り返しのつかないことになるし、慎重になりすぎればこれも他に遅れを取る。
「ほら、シュガーくん!」
「え? あっ、おう!!」
同じ返事ばかり繰り返す健太の緊張具合だけが心配だったが、それでも走り出す直前になってようやく互いに肩を組む二人の姿に、そんな不安はかき消された。
――銃声が響き渡る。スタートの合図。
「はいっ、いち、に!」
「さん、まい!」
「それ、キル、した、とき!!」
「まち、がえ、た!」
変な掛け声を上げながら、しかしなぜか二人の足並みは完全に揃っていた。走る速度こそ大して速くはなかったが、精度は他と比べるべくもない。
まるで段違いの正確性で、他が躓かないように慎重になるなか、トップスピードを維持した健美はあまりに強かった。
「そして一着――!!」
「まあ、当然ですね」
「あいつらは俺が育てた」
「後方腕組保護者面の私たち」
「ついでに後方腕組後輩面もしておきま〜す」
久しぶりの健美成分を摂取して、ほくほくな面々であったとさ。




