第五十六話「体育祭、魅せるは苦肉の策」
「さてと、次は――ああ、苦肉の策か」
大玉トライアスロンの実況を終え、諸事の連絡を終えた大輔はマイクの電源を落としてからそう呟いた。彼の視線が向けられるのは実況テーブルにマイクと並ぶよう置かれた体育祭の実行要綱である。当然そこには競技の内容と順番も記されており、大輔の意識はそこに向けられていた。
大玉トライアスロンという中々な変わり種の競技が終わり、塩梅を調整するかのように次の競技として決められているのは学年別リレーだ。
『この、学年別リレーですよね。問題は』
大輔の懸念は、体育祭が始まる前、体育祭の準備が始まる当初からあった。
当然、その懸念点については生徒会本部内でも話し合いが行われている。それも、二度だ。一度結論が出たはずだったのだが、しかしそれでは解決できないという結末が分かって、二度目の会合までが行われた。そして、大輔の言う『苦肉の策』が採られることとなったのだ。
『――石井さん、議長。学年別リレーについては少し話しておきましょうか』
話は、体育祭準備期間の初期にまでさかのぼる。
*
「学年別リレー? そんな、いつの時代も変わらずあったような定番競技に話し合う余地ってあったっけ」
「学年別リレーについて、というのは少し語弊がありましたね。『学年別リレーが行われている間の実況について』という表現が正しいです」
大輔が言い直した内容に、里奈と美緒が「あっ」という表情をする。体育祭の準備も始まって間もなくだからあまり意識してはいなかっただろうが、その競技には重要な懸念点があるのだ。
というのも、『学年別』リレーなのである。ここが厄介だ。
「ご存じの通り――というか、我々生徒会本部は役員全員が二年生です」
「つまり、学年別リレーが二年生の順番になった時に、実況する人がいない、ってことやんな」
「石井さん、ご名答です。――体育祭準備は激務だから人手不足が顕著に……という話は少し前から上がっていましたが、それだけではありませんよ」
「どうにかして別学年の役員をゲットしないと、学年別リレーの実況が成り立たへんのか」
問題点に気づいた面々がそれぞれ重い表情で思い悩む。
本来なら、生徒会本部役員というのは学年をまたいで募集されるものなのだから、メンバーも同様に学年をまたぐはずだった。しかし今年は、あまりにも生徒会本部役員として集まった人数が少なかったのだ。最低人数だけは推薦なども利用して集められたが、それは言葉通りの最低人数だ。
「――やっぱ、本部役員の追加募集とか検討したほうがいいんちゃう?」
「私も、その方向性で考えたいと思っています。ただし、先生にも申請を通さなくてはならない案件ですし……早めに動いたほうが良さそうですね」
「……事前の根回しとか考えてそうな顔やな、副会長」
里奈がいたずらっぽく指摘したことに、副会長と呼ばれた大輔は「何のことやら」と笑顔で返す。さらに「当然、合法でやりますよ? 校則的にも」と付け加える彼の言葉には根回しに対する否定が含まれていなかった。
「では、本部役員の追加募集に関しては先生に申請を出すということでよろしいですか?」
「異議なーし」「右に同じく」
「では、全会一致によりこの件は可決ですね」
「三人しかいないと多数決は取りやすいよな」
そうして、生徒会本部はその役員を追加募集するとの公布を出した。大輔の根回しとして活躍した里奈や美緒、そしてくるみ――加えてポスター制作には美術部の力も得て、果報は寝て待てという状況まで持ち込んだ彼らであった……が、
「では、もう一度……学年別リレーについての会議を始めます」
人手として参集したのはたった一人、蒼井拓也のみであった。しかも彼は大輔らと同じ学年――結局のところ学年別リレーの実況に関する問題は振り出しに戻った。
生徒会室の正面にも貼られたポスター、その締切の欄には昨日の日付が記されている。一度終わった追加募集を再開するというのは、不可能だ。生徒会本部の威厳を必要以上に損なうことになるという理由もあるし、それ以前に選挙管理委員会がそんなことを認めないだろう。
「もうここまで来たら、全部私たちでやるってのも難しいんちゃうかな」
「そうですね……現実的に考えて、二年生のリレーの実況だけは難しそうです」
「誰に頼むか、やんね。――僕の知り合いに、実況くらいやってくれそうな人もいるけど」
「いや……蒼井くんの申し出は嬉しいけど、それは難しいだろうね。実況に用いる放送機器はすべて、生徒会本部のものだから、一生徒に対して特別措置で使用を許可するというのは難しいんだ」
「そこも――選管?」
美緒の短い問いかけに大輔は静かに頷く。どこまでも選管が……と言いたいところだが、この件に関しては正論なので黙らざるを得ない。
しかし、何の立場もない生徒に貸し出すことが難しいとなった現状で、頼れる人なんて限られる。それこそ、関西倉北中学にも放送部があればよかったのだが、そんな部活は存在しない。あって『レトロなダンス部』くらいだ。
「仕方ありません。木村先生を頼りましょう。一番生徒会本部に近い先生ですし」
「ま、そうなるよな」
「異議なーし」
「賛成ー」
苦肉の策ではあった。しかし、そうする以外に選択肢がなかったのだから仕方がない。先生に頼らざるを得なかったという意味では生徒会本部の威信を失うかもしれないが――それでも、生徒たちの楽しみの一つである体育祭を成功させることはより優先されるべきことだ。
*
――そして、時間軸が戻ってくる。
「っはぁ……鈴木くん!! ヤバいことになった!!」
拓也が駆け足で本部テントに戻ってくる。それは、厄介な報せだった。
「どうしよう、木村先生が……! こっそり焼き鳥を十本食べてお腹壊したって!!」
「今日って夏祭りか何かやっけ……?」
「あと、ベビーカステラもバケツ半分食べたらしい!」
「やっぱ夏祭りやんね?!」




