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付き合っていないと言いつつイチャつくカップルが面白い  作者: masterpiece (村右衛門&モ虐)
<中学2年生--2学期>

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IF 「脱兎、転じて窮鼠」

 関西倉北中学校には裏でありとあらゆる噂話が流れ、人を陥れたり騙したり、あるいは弱みを握ったりとそんな事をしたいと思う最低な人間がたくさんいる。

 それを牛耳ろうとしている3人の人間から構築された情報組織"マウスコム"。

 その名前を知るものはほぼいない。

 しかし、秘匿されているだけで知らず知らずのうちに噂を広げたり持ってきたりする役を沢山の人が日常会話の中で買って出ていたりして、実態としてはかなり巨大な組織として機能している。


 その考案者でありボスの■■(???)の弱みを握っていたのは3人のうちのもう1人であり、幹部の高橋祐介。

 今、目の前で倒れている■■(ボス)に揺さぶりをかけながら脅している最中である。

 単純なフィジカルでは勝てない為不意打ちで倒れさせているだけの状態はいつまで続くかは分からない。それは祐介本人も自覚している。



ーーーそう。自覚している、だけである。



 速やかに片付ければいい、という甘い認識が。

 下準備を念入りに行なった分の慢心が。

 祐介の計画の脆弱性であり詰めの甘い唯一の部分だ。


 よろけながらも、■■が立ち上がる。

 鳩尾へ一撃を決め込む余裕はなく、逆に足を取られて投げられてしまった。

 体勢を崩したタイミングでさらなる追撃の蹴りが鳩尾と股間に直撃する。

 背中を踏まれ、肺に酸素を入れようと必死な祐介の体は悲鳴を上げる。


 ひとしきり咳込んだ祐介の目の前に立って、■■はスマホを取り出し、操作をし始める。

「お前の持ってる写真を消せとは言わん。どうせお前、そのスマホからは消せない場所にも保存してバックアップを何重にかしてるやろ?」

 諦めた、というより割り切っているといった様子だ。

 まるで写真のことなんてどうでもいい、気にしてはいない。そんな勢い。祐介はそれを、■■のただの虚勢だと思っていた。


 

 ■■はスマホの画面を祐介に見せつけるように向けると、その画面に映っているものを祐介は信じられなかった。

「去年のクリスマスに話題になっていた高橋の彼女、なんと家に連れ込まれてたどころか、彼女の親もいない中で高橋の家に外泊していた。

そんなの何が起きてるかなんて…………考えなくてもわかるよな?」

 という文面が、偽物ではない本物の学年用ラインに流され大ニュースとして扱われてしまった。

 去年、クリスマスのイルミネーションを従兄妹のくるみと見に行ったことで彼女と勘違いされ騒がれたことをここにきて大きく蒸し返された。


 しかもタチの悪いことに、何もやましいことが無いことを除けば何一つ嘘はないのだ。

 強いて言うなら、襲われそうなのはどちらかというと祐介である点だ。

 ただそこに関しては何か明記したわけではないため、■■は好きなように言い訳できる。

 言い方に含みがあるだけなのは都合がいい。

 普段からよく使う手法なのだから祐介はよく理解している。


 ■■の行動はブラフでも何でもなかった。

 本当にどうでもいいのだ。何をどう足掻いても祐介には勝ち目がない。


「マウスコム辞めたければ辞めろよ。

お前が頑張ってる意味も、もうすぐ壊したるし」

 と吐き捨て、■■はその場を去った。


 祐介のスマホから通知音が鳴る。「学年ラインに流れている噂は聞いたよ。見た、という表現の方がやや適切かもしれないけどね。

とりあえず事情を聞かせてもらおうか」

 その時大輔から届いたメッセージは学年ラインを見て、俺を完全に疑っている様子だった。

 もう仕方ないことではある。

 くるみと面識がない上に、あの伝わり方なら裕介は犯罪者扱いでもなんらおかしくないのだから。




ーーーその瞬間、高橋裕介の胸の内を埋め尽くしたのは

 どうしようもない絶望と孤立感であった。



 大輔にすら疑われてしまった。 

 これは祐介の精神に大きくヒビを入れるには十分すぎるきっかけであった。

 学校や親に相談してどうこうなる問題ではない。

 従兄妹であるとはいえ、法的には結婚が許される間柄である上に、くるみに「何かされなかったか?」などと聞けば「むしろ私がお兄ちゃんを襲いました」などと言い出しかねない怖さもある。

 くるみは余計に事をややこしくするため助けを求めるのはもはや論外だろうと諦めるがそうなればいよいよ祐介のことを誰も助けられなくなる。


 学校では、年下……しかも中1の女の子を家に連れ込んで手を出したド変態として扱われ、大輔ですらあの疑いようだ。

 家族は「まぁくるみちゃんやしええんやけど……運悪かったな」で済ませてくるだろうし、

 くるみは論外。



「…………夜逃げか?」



 祐介にはそれしか思いつくものが無かった。

 中学生だ。一度卑猥な方向に物事を勘違いしてしまえば二度と被害者側から誤解は解けない。

 ご近所で噂が流れたりしても困る。まぁ、これに関しては■■が裏で糸を引けば容易に行えることな気もするのでもう手遅れと言っていい。


「…………心配、されるんかな」

 少なくとも親には迷惑をかけるだろう。

 犯罪臭がする噂を耳にして、「くるみのことか」と察するとは思うが、そのまま息子が失踪してしまえば大変な話になってしまう。

 とはいえ、祐介の両親もかなり適当な方だ。

 ここに留まっていて、親に助けを求めたところで誤解を解くのに尽力してくれるかと問われればかなり怪しい。


 大輔にすら信じてもらえなかったのだ。

 彼らにはくるみの写真を見せていたし、関係性は伝えているはずだ。なのに、疑われてしまったのだから。


 祐介は■■に負けた。

 ■■の社会的生命の抹殺と代償にマウスコムの解体と、ある人物を人知れず救う事を望んでいた。

 しかし祐介の社会的生命を抹殺された今、祐介はマウスコムへの干渉がほぼ不可能になり、救おうとしてた人物がどうなるのかなんて考えたくも無い話になってくるのだ。

 

 もうここで生きていくのは厳しいだろう。

 そう思った。


 幸い、というべきか

 祐介は中学生にしては身長も高いし声ももうかなり低くなっている。大輔もそうだが、かなり大人と間違われる率も高いので職質に引っかかることはほとんど無い。

 深夜のコンビニダッシュの際にそれは確認済みだ。


「どうせ、誰も俺を心配したりはせんやろな」

 祐介は、決断した。

 今ある全てを捨て切って、新しい場所で生きて、全てを諦め、受け入れることを。


 家に戻ると塾に行った時のカバンから荷物を全て出して、ノートパソコンとモバイルバッテリー、タンス貯金の中身、スマホの充電器、イヤホンをカバンに詰めておく。

 そして、早朝。

 誰も起きていない事を確認すると祐介は荷物を持ってこっそりと家を出た。


 

 電車で向かう先は、大阪にある恐らく関西で一番有名なお菓子の看板の近く。通常グリ下。

 ひとまず始発で行くのは京都駅。ここに来たのは乗り換えの目的だけではない。

 通勤ラッシュの人混みに紛れることができれば、もし家出として警察に探される羽目になったとしても難易度を上げることができる。

 そのため駅に着いてもすぐには出発しないかもしれない。


 わざわざ切符を買って改札を通り、ICカードの履歴の追跡を防ぎながら進む。

 我ながら用意周到、と祐介は少しずつ自分を鼓舞しながらホームを歩く。

 家の冷蔵庫から持ってきたウイダーゼリーを飲みながら、駅で乗り換えの電車を待つ。

 京都駅で、大阪方面へとなると6時過ぎでもたくさん人は集まるものだ。


 大阪へ向かう電車が来た。

 ホームにいた人たちが乗るとかなり満員だ。

 祐介もそこに乗り込み、目的地に難なく到着したはいいものの、今は午前7時。流石に暇な上に、眠い。


 だがひとまずやらねばならないことがある。

 この近辺に何があるのか調査しておきたい。

 スマホのマップを見たところで土地勘は養われない上に、目で見ないと分からないことだってあるだろう。


 ペンギンが目印の某激安店、

 今はいないピエロ風のキャラがネットで人気な某ハンバーガーチェーン、

 昔は7時〜夜11時までの営業だった某コンビニ、

 間違い探しが有名な某格安イタリアンチェーン、

 なぜそんなに安いのか分からないくらい安いカラオケ店などなど……

 歩いて行ける範囲のお店や施設の確認に15時くらいまで時間をかけた。


 ハンバーガーチェーンに入り、初めて3階席に座った。

 ポテトだけ注文し、つまみながらPCを起動する。

 そして、コンセントを拝借してスマホの充電も同時に行っておく。

 今まで使っていたSNSのアカウントからは全てログアウトしているためスマホにもパソコンにも新しく連絡は来ていないが、新しくアカウントを作るのを忘れていた。

 メールアドレスから新調し、電話番号とIPアドレス意外は変更できた。


 これで地元の人達からの連絡が来なくなる上、こちらで出会う人達に万が一祐介の地元に共通の知り合いがいた、なんてことがあった時に連絡されるリスクは減る。


 充電中のスマホを腕で囲み、うつ伏せになって仮眠をとる。カバンは足元でしっかりつかんでおいて、スリに遭遇する確率を極限まで減らす。


 お年玉を貯めていたタンス貯金はかなりの金額になるため、持ち歩くのが怖かったので小分けにして少しずつスマホのキャッシュレス決済の残高として入れてある。

 一括で入れたら怪しい動きとして見られてしまう可能性があったので、複数のアプリに分けてもいる。

 銀行にお金を預けることができれば理想的だったが、今ある、ほぼお金が入っていない口座にお金の動きがあれば探されている場合リスクが高まる。

 今から口座を作るなんて自殺行為に近いので論外だ。


 かなりの財産をキャッシュレス化しているとはいえ使えない場所があることも考慮して現金も残してある。スリにあうと本当に困るのだ。カバンもスマホもしっかり守って寝ることにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 夜もすっかり更けてきて、現在午後18時半

 3時間程度の仮眠を終え、祐介は店を出て橋の下へ向かった。

 テレビやネットで見た光景、というのはまぁそうなのだ。

 関西の夕方のニュースなら、遠くからあの看板が映っていたりするものでよく知る景色ではある。

 

 グリ下に関しても、特集を組んでいたのを見たことがあるので見たことはある。

 ただ、想像以上に人がいた。

 いわゆる地雷系のようなファッションが多めという印象だ。

 川の反対側を見ると、警官に職質されている女がいた。祐介と同年代か少し年上といったところだろう。

 その状況でなぜか彼女はかなりぽーっとしている。


 それを遠目から見ていると、「ここ来たん初めて?」20代前半くらいの男に声をかけられた。

 白を基調とした服装に白いキャップ。この季節に真っ白な服装をしているのは意図的だとしたら凄い……と言いたいところだが長袖長ズボンだ。暑さ対策になっているのかはかなり怪しい。まぁおそらくファッションだろう。


「初めてっす……」

「そっかぁ……まぁ、ゆっくりしてけよ。

家庭環境終わってて帰る場所がない奴とか、ただ単に親と喧嘩して出てった奴とか、ここが楽しくている奴とか、いろんな奴がいる。

年齢的には家出?でもケガとかはないし家庭環境とかではないな…………」

 鋭い洞察力だった。恐らくここでたくさんの人に出会って培われた観察眼なんだろう。


「まぁいじめに近いですね…………

完全にハメられて、年下の女を家に連れ込んで手出したみたいに仕立て上げられて、それが瞬く間に拡散されて…………」

 マウスコム、その名は出さなかった。

 祐介達でも薄々思っていたがその実態はあまりにも厨二臭い。

 しかも、その話を出すだけで信じてもらえる確率が下がるとすら祐介は考えていた。

 嘘はつかずありのまま、ただし余計なことは話さない。

 あくまで彼のポリシーを徹底した行動である。


「かなり微妙な立ち位置やな…………でもまぁ、未成年なら夜の道頓堀をほっつき歩いてるだけで補導対象やからなぁ」

 と言いながら男の視線は、先ほど祐介が見ていた女に移る。

「あんなのは一発で補導対象やぞ。オーバードーズとかみんな割とやってるけど、やらんやつはやらん。お前やったことなさそうやし、悪いことは言わんからやらんほうがええぞ」

 女に詰め寄っていた警察は声を荒げていたが、もうしばらくして警察はなぜか去っていった。

 意識が朦朧としている上、夜中ではないため諦めたのか……真相はわからないが。


「今日はまた一段と詰められてたなぁ」

 男は、警察が去ったのを見計らって女のもとに近づいた。

「諦めてたのにアレで酷いほうなんや……」


「まぁ……連れてかれんかったのは現行犯じゃなかった上に薬のゴミは警察に見つかる前に俺が回収してあげてたからってだけやしな。」

 男は女の方を見て苦い顔をしていた。

「コヒー……もう今日はおとなしくしとけよ?」

 コヒー、と呼ばれたその女は「えー、多分あとでまたパキるで〜?」と言っていた。


 少しすると、コピーは見慣れぬ祐介の顔に気付いて

「ここ初めてきたん?名前は〜?あ、本名じゃなくて」と質問してきた。

「え?本名じゃなくて?」

 名前は?と聞いて本名を聞かないことってあるんだ、と祐介は心のなかでツッコミを入れ、なんと答えるべきか悩んでいた。

 Hige(ハイジ)と答えるのは楽なのだ。

 というか、本名以外で名乗るなら自分の持つ名前はこれくらいだ。

 しかし、この名前は大輔達とゲームした時に使っていたアカウントの名前であるため万が一のことがあれば居場所がバレてしまう…………「あ、そういうことか」


 家出した少年少女も多いこの場所で本名を使えば、見つかってしまうリスクが格段に上がってしまう。

「ちなみに俺はシノな。んでそっちの女の子がコヒー」

 仮名というよりガッツリHN(ハンドルネーム)を決めるノリで決めて良さそうだ。

「じゃあ――」

「そういやお前何歳なん?家出少年なのと学生なのは知ってるけど、ちゃんと年齢聞いてなかった」


 唐突すぎる質問に祐介は驚きながら「中2……いや、14っすけど」と恐る恐るといった表情で返した。

 それに対しコヒーは「え!?同い年!マジ?」と目を輝かせていた。

「じゃあ、俺らは14歳って呼ぶ。ほかの人に名乗る名前決めとくなら決めときや。また14歳になるで」

 そのあと、自分の性格とは正反対である(ゆう)と名乗ることを決めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「14歳これから何すんの〜?」

「ほんまに14歳呼びで続けるんすか?」

「14歳、グリ下では界隈民に敬語はいらんで」

「わかったけど、え、ほんまに14歳呼び?」

 恐らくここから呼び名を変えさせることはかなり困難だと判断した祐介は14歳呼びについては一旦諦めた。


「まぁとりあえず……夜の道頓堀の景色を見て回ろかなって

しばらくこの辺りでホームレスするわけやし」

 未成年のうちは、親の同意のない宿泊は不可能なので例えどんなにバイトでお金を稼ごうがネカフェ生活すら難しい。

 それに、宿泊費なんてバカにならない金額を毎日稼いだ上で食いつなぐ必要もある。しばらくはホームレス確定ということでいいだろう。


「なぁ14歳、カラオケ泊まらんの?」

「コヒーも14歳やろ

てか俺ら未成年やのに夜にカラオケなんか入れるん?」

「それはなぁ、裏技があるんよ」


 コヒーが説明してた裏技を要約すると、

 どうやら、カラオケのフリータイムが夜22時〜翌5時は500円という破格の値段であるため毎晩泊まってる未成年がいるらしいのだが、当然未成年が部屋を取ることは不可能だ。

 そのため、毎晩ある男が常に部屋を開放していて誰でもその男の連れを名乗っていいそうだ。

 成人した人なら連れを名乗れば通れるが、未経験はやはり年齢確認を避けて通れない。

 そのため、仲間の成人が連れを名乗って、伝票をカウンターで受け取り部屋に入って伝票を置いて途中退出しておく。

 そしてその伝票があるので、泊まりたい未成年は途中退出から帰ってきたテイで部屋に入る。

 伝票を出せば、一度年齢確認を通れたということになるので年齢確認はされない。

 もちろんこんな荒業は店側も把握しているが、この裏技による収入がかなり多い上、一度年齢確認をするという義務は達成している以上、騙してるのはあくまで客側であり明らかに店側に非はないためこの現状に待機で見て見ぬふりをしている。


…………と、いうことらしい。

 しかも、伝票を持っていれば「〇〇号室に移ります」とカウンターに言いに行くことで部屋を移動することが可能なので実質的に未成年が一人で宿泊ということを実現できるらしい。


 ギリ何かの法律には引っかかってそうなことだけは祐介にも理解できる。

 ただ、具体的にどこがどう法に触れているのか。あるいはギリギリでくぐり抜けている脱法手段であるのか……そこの判断は祐介には不可能だった。

 祐介の頭の回転は、あくまで自分の頭にある情報を総動員してそのタイミングに最適な回避手段を行うことに長けているだけだ。

 大輔のように無限の知識から千手観音のような手数と文字数で畳み掛ける論述のタコ固めはできないのだ。


 大きく分けれるなら『一般常識・教養』、『縦型動画で培ったしょうもない雑学』、『責任転嫁・回避』、『ハマっているゲームに対する攻略サイト並みの情報』。

 法律に関するはここには含まれない。


(作者注:

 作者は両者ともに法律にはあまり明るくありません。

 これが犯罪に問われるか明言できませんが、仮に犯罪には問われないとしても普通に各都道府県の条例には違反しているため99%黒なグレー、くらいは確定です。

 決して真似しないでください。この作品、及びこの描写は非行を推奨するものではありません。)


 ここで生きるためだと、潔白に生きることを祐介は諦め、カラオケでの寝泊まりをすることに決めた祐介はひとまず22時までの暇つぶしも兼ねて、夜の道頓堀を散策することにした。


 夜になると、観光地というより繁華街としての一色がかなり引き立てられるイメージが強いのがグリ下周辺……道頓堀の印象だ。

 たくさんのキャッチの人が声をかけている。バーや居酒屋、風俗店やホストなど……

 もちろん祐介には縁のないものであり、手の出す気のないものではある。

 

 祐介は決して優等生ではないが変なところで真面目だったりして、今回も真っ当に生きるのを諦めると言いながら「酒、タバコ、ギャンブル、クスリ、風俗には手出さねぇ」と断言している。

 まぁ警察に捕まるリスクを極限まで下げるという目的もあるが、それ以前に彼がそのハードルを飛び越えるのがあまりにも怖いからという部分もかなりある。


 彼は親戚の集まりですら今まで徹底して一滴たりとも酒を飲まなかった男だ。

 酒があれば人付き合いが円滑に進む、と言うがそもそも酒を飲んだことも、酔った時に自分がどうなるかも分かっていない人間は論外だ。むしろ悪化しかねない。


 人付き合いのためにも、やっている方が印象はいいだろう。

 地元ならともかく、ここでなら間違いない。

 でもそんなことは気にせず、シノは道中、終始ここの案内をしてくれた。

ゲーセンに入り「暇を潰すならここがオススメや」とか言ってその後少しクレーンゲームや音ゲーをしたり、「夜は結構ここに溜まってる奴も多い」とか言って別の橋を眺めてみたり、「夜行バス乗る奴はこの駅からあの電車に乗るんだ」とか言って駅の入口を見たり。

 道案内をしてもらうだけじゃなく、しっかり有益な情報が沢山手に入った。


「あ、ここにもド●キあるんや……」

 後々、服装を変えないとと思っていたところだったのだ。

 着替えは何個か持っているが、親の知らないものを買って変装をしておけば警察や親本人に見つかるリスクは格段に下がる。

「ここはまぁ………コヒーとかくらいの年の子らが結構色んなものを盗み………いや、買いに来てるイメージあるな」

 盗み。

 これはもちろんどう考えてもアウトだ。


 さっきコヒーから聞いた激安カラオケ店の話とは訳が違う。

 アレも間違いなく善悪で言うと悪寄りではある。

 だが祐介は、それが何の法に触れているのかが明確に判別できない。

 そもそも犯罪なのかすら、彼は知らない。

 ただし、窃盗は確実に犯罪であることも何がいけないのかもしっかり理解している。

 知らなければ犯罪に手を染めていいと言う訳ではないが、「知らなかったんです〜」と言うことすらできないのだ。


「聞かんかったことにしとこかな」

 とだけ言うとシノは申し訳なさそうな苦笑いをしてそのまま歩き出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ここは大阪。粉ものやソースが美味しい街だ。

 成長期で、食欲旺盛な年頃の祐介が、お腹が空かないわけがない。


 変な時間に食べたポテトMサイズなんかでは夕飯を抜きにできるわけもなく腹の虫も大きく喚き始めた。

「…………14歳、飯は?」

「まだ食ってへん」

「ならコンビニ行くかっ!」

 シノはそう言うと近くのコンビニに足を踏み入れた。

 シノは祐介に1500円手渡して、「これでなんか好きなもん買え」と背中を叩いた。

 道案内といい、なんだかゲームのチュートリアルのような流れになってきているなと思いながら祐介は「いや……え?いいんですか?」とためらう演技(フリ)のワンクッションを踏んでから金を受け取る。


 祐介に対する、シノからの口封じ代的な意味合いもあるのだろうと察して素直に祐介は金を受け取った。


 祐介はカップ焼きそば、生ハム、乾燥生ハムをカゴに入れた。

 カップ焼きそばと生ハムは完全に個人的な味の趣味嗜好。乾燥生ハムも多少は趣味嗜好が反映されているが、よく噛んで食べるので満腹中枢が刺激されるから、そしてこまめにつまめることなどから選ばれていた。最後にカロリーメイトを追加してレジに向かおうとした祐介の肩をシノが叩く。


「水は持っとけ」と、2Lの水のペットボトルをカゴに入れてシノはそのままレジへと促した。

 外に出て、シノは「すぐ橋の下まで戻るし、そこで食お」と言いながら歩き出す。


 戎橋まで戻ってきて、祐介はどこか不思議な安心感を覚えた。

 安全とはとても言えない場所で、そこにいるのは今日出会ったばかりの知らない人達。

 それでよかった。

 居場所があるだけで、祐介も、ここの住民もそれで満足なのだ。

「お腹すいた〜まだ22時でもないし補導は余裕でされへんなよ……な…………?」

「14歳……これすごいデジャヴな感じせんか?」

 祐介とシノが橋に戻ってきた時には、コヒーが地面に倒れていた。


「倒れてる状態で警察に見つかったら……」

「さっきも倒れてたとこを見つかってん」

「学べよ!!」

 まだ22時になってないためフリータイムとして入るには早すぎるという時間的な問題もあるが、倒れた人間をカラオケに連れ込むなんて常軌を逸した行動は流石にできない。

 コヒーを叩き起こすまではカラオケに入ることも逃がすことも難しいわけだが、

「コヒーーーー!起きてーー」

 何度揺さぶっても起きない。


 その時、祐介やコピーよりも一回り小さい女児と20代前半くらいの男が歩いてきたのが見えた。

「なんか初めて見る顔やなぁ……シノ、そいつ誰〜?」

「今日初めてここ来たっていう家出少年」

「ふーん…………」

 その男は、聞いておきながら興味なさげに電子タバコに火をつけた。

「コヒー倒れてるやん。警察(ポリ)に見つからへんの?」

「さっき捕まってたんやけど埒開かんからって解放されたのに、またこれ…………」


 そしてその女児も自分から聞いておいて話半分という感じで、男とイチャついていた。

 何か犯罪臭がしなくもない年の差カップルのキスに驚いているとシノは「ノアとクロ。あのカップル犯罪臭するけど純愛やからクロを通報したりはせんといたげて」と祐介に耳打ちした。

 もはやこの光景を受け入れてるあたり、ここに長くいる"慣れ"なのだろうと祐介は感じた。


 しばらく話していたタイミングだ。

「なんか警察(ポリ)見えてるけど大丈夫そ〜?

この感じやと、曲がってこっち向かってきそうやで」

 ノアの一言に全員が反応する。

 時間は21時半を回った程度。警察は、祐介達が橋の下に集まっていること自体にはまだとやかく言える時間ではない。

 しかし、コヒーが起きそうで起きない。

 


 ――つまりそれが何を意味するか。



「おい、コヒー背負って逃げれるか?」

 クロから、祐介への問いだった。

 Noだなんて言えないとか、なすりつけたとかそう言う話じゃない。

「…………まともに動けるのが俺だけやもんなぁ」

 シノとクロはODの影響でフラフラだ。

 ノアは小柄な女の子だ。到底任せられない。

 消去法で考えれば祐介しかいない。


「逃げるっつっても、走ったら余計怪しまれるから歩くだけや。

 背負って歩け、14歳」

 はいはい、と言いながら祐介はコヒーを背中に背負って立ち上がる。

 軽い。驚くほど痩せている。

 祐介はくるみを背負ったこともあるが、ここまで軽くはなかった。


 くるみに対する悪口ではない。

 くるみだってスタイルはそれなりにいい方なのだ。太ってもいない。

 コヒーがあまりにも痩せすぎているのだ。


 おかげで、自分の荷物を運びながらでもなんとか背負えた。

 シノの歩く方向に向かって歩きながら、「そういえば、なんで走ったらあかんの?余計怪しまれるって何?」と祐介が問いかけると、クロが呆れた顔で彼を見ていた。


「たとえ警察が見えてもやましいことがない奴は逃げへんやろ?

 パトカーのサイレンが鳴っても、自分が何もしてないって思ってる奴は慌てて逃げたり隠れたりせーへんねん」

 言われてみれば当然の理論ではあった。


 だから、歩いて平然としていればバレないということか。

 その後しばらく歩いたシノ一行と祐介はカラオケ店付近の道端に座り込む。

 シノ達は、恐らく仲間であろう男女6人組と話していた。

 断片的に聞こえる内容的に、今晩のカラオケの部屋を抑えてくれるらしい。

 今日この場にいる未成年は祐介、コヒー、ノアの3人。

 ここにいる誰も、家に帰る気は微塵もない。


 ちなみに、そのコヒーもまだ意識はなく、適当に寝かせるわけにも祐介が背負い続けるわけにもいかないので祐介が膝枕して寝かせていた。

 少しずつ顔色は良くなっているため、起きるのも時間の問題なのかもしれない。


 などと祐介が考えている間に、コヒーが目を覚ました。

「ん…………?なんでカラオケ?もう時間?」

「コヒーおはよ。警察(ポリ)から逃げるんやっつって

みんなフラフラやから俺が背負ってきたんよ」

「へ、へぇ……」

 顔色が一気に良くなり、コヒーの顔がかなり赤くなる。

 祐介は突然起き上がったコヒーを心配して見ていたが、「顔色良くなってるし……元気やしまぁいいか」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 一度橋の下に戻り、しばらく時間を潰すことにした。

 もうすぐ22時ではあるのだが、さっきの男達がカラオケに入って少しして一時退出してから(祐介達が)戻ってくるというやり方をするため少し時間をあけなければならない。


ODし(パキっ)ていい?」

「良いわけ無いやろ」

 何度倒れても一切懲りないコヒーに対し、カラオケに入らないと生き延びられない祐介は必死だった。

 別にコヒーがいなくても困ることはないが、ここで仲間を失うのは祐介にとってかなりの不安につながるのだ。

 同い年で、境遇は知らないがきっと何かから逃げてここに来たのだ。


 そんな仲間を、失いたくない。

 それをどこまでここの住民が思っているのかは知らない。

 だが、少なくとも祐介はそうなのだ。


 本名を聞かない、というのも警察に捕まった時にポロっと話してしまわないようにというのも含まれていると思う。

 祐介は周りに名前を決められてしまっているが、他の人は自分で名前をつけて名乗っている。まるでネトゲのハンドルネームのような、という表現がどこまで適切かはわからない。

 ただ、少なくとも辛かった現実から目を背けようとしてやって来たものにとっては救いになっているのかもしれない。


「家出少年〜、コピーのことぶっちゃけどう思ってんの?

今アイツフリーだよ?」

 部屋を確保してくれたグループのうちの1人の女が、祐介に耳打ちした。

 祐介よりはかなり年上に見える。大学生くらいだろうか。

 スラッとした身長、長く伸ばした金髪、タトゥー、そして電子タバコ。ここではかなりモテていそうな格好をしたお姉さんっぽい感じの人だった。


「どうって…………まぁ、懲りない奴だなぁとは見てて思いますが」

「そうじゃないんよ〜あの子のこと好き?結構かわいいやんあの子!

あ、2人は別の部屋取ってるから安心してな」

「余計なおs…………部屋取ってくれたことはありがとうございます」

 ニヤニヤして祐介を見つめる女を見て呆れたシノが

「やめときぃやミヤコ

…………え、ほんまに別にしたりしてないやんな?」

 と、助け舟を出してくれたのだが

「したよ?

 あの子どうせすぐODし(パキっ)て意識失うやろうし、いうてわからんって」

「「はぁ!?」」


 その後、しっかり伝票を持って、移動するという旨を受付に伝えに行った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 とりあえずカラオケには入ったものの、祐介は一つやるべき事を忘れていた。

 着替えだ。

 祐介が行方不明になってからかなりの時間が経っているため、もし祐介の両親に探す気があるのなら、そろそろ警察による捜索が始まっているはずだ。

 別の都道府県に行ってるとはいえ、このままだと居場所がバレるのも時間の問題だ。


 ひとまず変装。

 …………と、思ったのだが今祐介は外に出られない。出たら最悪の場合捕まるのだ。

 さっきと違って今回は明確な理由がある。

 コンビニダッシュの時に補導されなかったのは、警察がいたとはいえ遠目にしか見られなかったからだろうし、まじまじと見つめられたら、多少大人っぽいだけの中学生である祐介は間違いなく補導されるだろう。


「ド●キ行くけどなんか欲しいもんある人〜」

 あまりにもタイミングが良過ぎるミヤコの発言だが、かなりありがたい。ミヤコの発言なのは少し不安だが。

 ミヤコは恐らく、祐介と同じく「大事なことはそこまでやらないくせに変なことには思い切りのいいタイプ」だ。

 現に、いきなりコヒーと二人部屋にされて気まずい空気にされるところだった。


「あとでお金払うんで、服一式買ってきてくれると助かります。

できればリュックも新調したいです」

「え〜リュックかぁ……めんどいな…………とりあえず服は了解」


 着替えて朝に外に出ることができれば、最悪リュックなんていつでも調達できる。

 ひとまず服一式だけミヤコに任せて祐介はカラオケのソファに腰掛ける。


 ヤニ臭くて酒臭くて、空き缶、吸い殻、市販薬が入っていたであろう包み……なんでも転がっている。

 ドリンクバーで飲み物を持ってきていたり、ペットボトルに飲み物を入れていたり……もはや何でもアリだ。


「●ンキかぁ……うちもなんかお菓子頼めばよかったかも」

「どうせコヒーはまた朝にでもとりに行く(・・・・・)やろ」

「まぁそやけどさ…………あそこほぼ取り放題やんもう」

「…………え?」

 ノアとコヒーの発言に耳を疑ってしまった。

 アンジャッシュ的な間違いをしていなければ、彼女達は万引き常習犯ということでほぼ間違いないだろう。


 ミヤコがリュックをめんどくさいと言ったのもまさか…………と祐介が冷や汗をかいているのに気がついたシノは

「まぁ……多分お前が思ってる意味であってるで。

バレてしょっぴかれるやつもまぁまぁおるしな……まぁ家出少女なんて金無いから、万引きしたりパパ活したりで食いつないでるんよ」

 チクるなよ?みたいな目で祐介を見つめたシノに対し、そんなことできるわけないといった目線で返した祐介は


「ただいまーーーー!!」

 ミヤコのお使いを純粋な善意とは思えなくなってしまった。


「はい、14歳の分な」

「ありがとうございます」

 事前にタグは切られていた。

「あ……お金払いますね」

「あ〜……お金は……まぁ…………いいよいいよ。

ウチのほうが年上なんやし、奢らせて?」

 その時に泳いでる目…………もう踏み込まない方が良さそうだ、と諦めたタイミングで、


「ミヤコ、それ盗って(・・・)きたん?」

「ちょ、シノさん…………」

 ミヤコはそっぽを向いて気まずそうに口笛を吹いた。


「「頼むから否定しろ(してください)!!」」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 みんなで歌ってはしゃいでるうちに眠たくなって寝落ちしていた祐介は、店員の声で起こされた。

 時計を見ると、まだ4時半だ。

 コヒー、ノアが俺の目の前に立っていて、他は寝ている。

「えーーっと………もうすぐ警察が来ちゃうんですよ。

なんでも……家出少年の捜索、とのことで。

キミかもしれないからね。逃げるなら今のうちだよってことで警告しに来た。今逃げるならお代は要らない。こちらとしても泊まってないことにしておきたいし、こちらのお嬢さん達にも同じ条件を伝えてある」


 と言われてカラオケを出たその日は、ゲーセンで少し遊んでみたり、コヒーが橋の上で「お金ください」と書いた段ボールを持っていたり、

 サイゼにみんなで入ったり、橋の下でコヒーが倒れていたり、好き勝手過ごしていた。

 恐らく祐介を探していたであろう警官達は、両親から聞いていた格好とあまりにかけ離れていた祐介を見事にスルーしていた。


 変装はもちろん、祐介の社交性が高すぎるのもあり周りに溶け込みすぎていたのだ。

 まるで、最初からそこにいたか(・・・・・・・・・・)のような(・・・・)立ち振る舞いは警察の目を欺くには十分すぎたのだ。


 祐介たちはその日の夜、橋の下で駄弁っていた。

 今日はたくさん人も集まっているのでこのまま外でオールしようかという流れになった。

 彼らは交代交代で警察を警戒して、ODの影響で倒れているコヒーやそもそも未成年である祐介、コヒー、ノアが即座に逃げられるように準備をしていた。


 そんな中、シノが言った。


「なぁ、お前畿内から来たんよな?

なら、ここには長居せんほうがいい。

帰れ、っていうのがあまりにもしんどいっていうならとりあえずはトー横にいけ」


 ーーーートー横。

 東京は新宿、TO●Oシネマズのゴ●ラ像付近。

 家出した少年少女、パ●活目的の不純な輩、ホームレス……

 言わずと知れた有名な地である。


「県は違う、いうてもここくらいならすぐ捜索の手は伸びるし、期間さえ経てばお前の変装もあんま意味はなくなる。

それに、変装前のお前がここに来てることくらいは調べがついてるやろうからな。」

 確かにそうだ。

 バレるリスクは低くなる、ということはたくさんしているがそれが完全に足取りを消すものではないことくらい祐介にはわかる。


「明日、夜行バス乗り。

コヒーがな、友達と行く予定やってんけどその友達が家族に見つかって連れてかれてな。チケット余っとんねん」

 シノが渡してきたチケットは、男の名前で取られたチケット。

 どうもボーイッシュな見た目をしていた人らしく、身元を隠す目的がこもっていたらしいがそんなことはどうでもいい。


 祐介にとって、一番都合のいいチケットが手に入った。

 夜行バスが出る駅までは歩いていける圏内だ。

 コヒーを連れてトー横で生活…………正直かなり不安だが、グリ下(こっち)でできた仲間みたいにすぐどうにかなるだろう。


 コヒーが起きた時に詳しく話をしよう。

 と思って祐介はその日、橋の下で夜を明かした。



 道頓堀で見た夜明けには、とても形容できない美しさがあった。


 教師も親もいない、自分の力で生き延びなければならない世界で、夜明けを生で見た。

 ここに、祐介はなんとなく価値を見出した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 そんなわけでヌルっと始まった3日目。

 今日は明確な目標がある。

 夜行バスに乗ることだ。


 そしてその前に済ませておくべきことがいくつかある。

 今祐介とコヒーはネットカフェにいる。

 シャワーを浴びることにした。


 仮にも夏に、2日間風呂に入っていない状態でバスに乗るのはマナー違反が過ぎるというものだ。

 そして、それに加えてこれ以上の外出は祐介が警察に見つかるリスクを格段に上げる可能性が出てくるため二人の安全のために屋内施設に立てこもることにした。

 ノアに関しては、クロが付いているから大丈夫だろうという話だった。


 シャワーを浴びたら、トー横の事をネットで調べてみる。

 もちろん堂々と記事に載っているわけではないが、SNSで"界隈民"と呼ばれる人達のアカウントを覗けばある程度把握できるのではないだろうか?

 などと考えながらネットサーフィンをしてかなりの時間が過ぎた。

 サイゼリヤでご飯を食べながら、作戦会議をすることにした。

 サイゼリヤばかりじゃないか、と言いたい気持ちはわかるが、値段を考えるとコンビニかサイゼリヤしかないのだ。


「俺らがおとつい泊まったカラオケみたいに、ホテル代わりの場所があっちにもあることが分かったし、ひとまずはそこを目指そう………時間ギリギリやからマジ頑張ろな」


 そんな事を言いながら、早めに食事を切り上げ、駅に向かって歩き出すところだったが、その前にせめてシノに挨拶くらいはしておこうと橋の下に寄ってから歩き出すことにした。


「――おい!14歳!こっちにオッサンが走って来てるのってまさか…………」

「…………!?」

 祐介の父、浩介だ。

 不幸中の幸い、珍しくコヒーが歩ける状態だし、ノアが気づいてくれた事によって多少逃げる余地はある。


「シノさん!ありがとう!!」

「シノ!ノア!また連絡するし、うちともまた遊んでな〜」

 走りながら別れの言葉を告げて駅の方向とは逆向きに走る。

 目的地がバレては困る。撒いてから急ぎ足で駅に向かえばいい。


 ただ、祐介は大阪の人の多さを舐めていた。

 人混みの中は、追いかけっこにはあまりにも不向きであることに今更気付いたのだ。

「コヒー…………ごめん」

 また、このチケットが無駄になってしまう…………


 そう思いながら人の波に呑まれ、そのまま祐介は父親に捕まり、自宅に強制的に連れ帰られた。

 シノから渡された新宿行きの夜行バスのチケットは、祐介のポケットの中で紙切れになってしまった。



 浩介によって連れ帰られた祐介は、かなり心を消耗していた。

 第一に、二度と帰ってきたくないから逃げたのだ。それをいとも簡単に打ち砕かれたこと。

 第二に、行った場所が場所ではあるので、大輔にはもう距離を置かれてしまったということ。

 そして最後に、案の定犯罪者扱いされてる以上、学校になんてもう行きたくない。


 全てが祐介にとってストレスだった。

 児相や警察との話、学校との話、全て祐介の神経を逆撫でするように見事に綺麗に地雷を踏み抜いていく。


 そんな頃だった。

 くるみから突如連絡があった。「お兄ちゃん、私と沖縄で一つ屋根の下で暮らさない?同棲?シェアハウス?ゆくゆくは結婚するのもありかもね!!!」

 いつもなら絶対にあしらっていた。

 だが、今回ばかりは……「どゆこと?」

 話を聞いてやることにした。


 どうやら伯父さん夫妻が海外転勤で遠くに行ってしまうためくるみを沖縄の祖母の家に預けることになったらしいのだが「多分このまま沖縄に定住するからぁ〜お兄ちゃんと一緒にイチャイチャラブラブの生活を一生送ろうと思ってぇ」とくるみが俺に求婚してきたわけだ。


 どうせ地元(ここ)にいてもろくなことはないだろう、と思い「結婚はともかく……沖縄で一緒に住むのはこちらとしても願ったり叶ったりな話ではあるからありがたい。よろしく。

伯母さんと伯父さんにもよろしく伝えておいてくれると助かる」と送っておいた。

 どうやら祐介の両親にはすでに話が行っていたらしく、祐介とくるみは沖縄で祖父母に面倒を見てもらうことになった。


 次の日。


 引っ越し屋の段ボールがリビングに積んであるのを見ながら祐介は優雅に朝食を食べ、家出の計画が頓挫した虚無感にも襲われながらあとで乗る飛行機と電車の時間を確認していたのだが…………


 吹っ飛んだ。全部吹っ飛んだ。優雅さも虚無感も、ついでにリビングの端に積まれていた段ボールも、吹っ飛んだ。


 今更ながらにこんなところに段ボールを積んでいたのはコイツを隠すためだったのだと祐介は気づく。




「一応、聞こうか……なんでお前がいる」

「お兄ちゃんをこのまま一人で電車に乗せたらまたどっか行っちゃいそうだし……って思って私が迎えに来た」

「お前なら俺がどこに行こうと喜んで付いて来るだろうからどう考えても不適任じゃん」


 てか段ボールで遊ぶなそれ業者のやつだろ、とツッコミを連発しつつ祐介はくるみを見つめる。

「まぁそりゃついていくけどさ………てかお兄ちゃんどうしたの?

今日の私そんなにかわいい?そんな見つめられると照れるんだけど」


「まぁ、客観的に見ればお前"黙ってれば可愛い"タイプやろ?

モテるんちゃう知らんけど」

「えへへ………そんなふうに言われても何も出てこないよ………?(自主規制)くらいしか」

「調子乗んな。

てかお前がそれやるとあとで怒られるの作者やからやめてくれ」


 くるみがどうして祐介をそこまで気にかけるのか

 それが祐介にはわからなかった。


 比嘉くるみ。

 祐介の母の姉、久美子の娘…………つまり祐介の従妹(いとこ)にあたる存在である。

 現在中学1年生。

 祐介の1歳年下にあたる。

 去年、高橋家に祐介とイチャイチャしながら共に帰宅する姿が■■(ボス)目撃された結果「高橋が小学生を自分の家に連れ込んだ」というギリ間違ってはない(・・・・・・・・・)噂が流れてしまった。

 当然、中学生男子がこんな情報を耳にすれば「いや、従妹やで」という反論が通じるわけもなく、いかがわしい誤解を生んでしまった、その元凶そのものだ。



「てか、空港行くよ。

万が一お兄ちゃんが飛行機に乗りそびれでもしたら私がいろんな方面から怒られるんだから」

 というくるみの一言で、引きづられるように空港に連れていかれてしまった。

「あぁ…………部屋に置いてあるマンガが……てかノートPCは旅行カバンに詰め込めたけどデスクトップはどう運ぶかまだ決めてない」

「いや、引っ越し屋さんの段ボールに入れてたじゃん

沖縄行くの嫌だっけ?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 伊丹空港。

 キャリーケースと大きなリュックを持った中学生2人は、他人から目線だととんでもなくイチャついているようにしか見えなかった。

 腕にひっついてきているくるみを祐介が振り払おうとしてる、といった状況ならともかく…………くるみが真正面から祐介に抱きついて離れていない状況ならもう誰も疑う余地はない。冤罪だが。


「お兄ちゃん、やっと一緒に住めるね♡♡

同棲楽しみだなぁ……何する?あ、私はお兄ちゃんとならなんでも…………」

「頬を赤らめるなしばくぞ」

「え、お兄ちゃん叩いてくれるの?」

「やっぱなし」

 何年もくるみとは関わっているはずなのに、扱いには一生慣れず振り回されっぱなしなため、祐介はこの状況が客観的にどう映るかを理解した上で打破できずにいるのだ。


「同棲じゃねぇよ……おばぁんちに居候するんだろ?」

「私がお兄ちゃんに手料理作って、お風呂では私が背中流して、夜は同じベッドで…………」

「料理はともかく、風呂もベッドも一人で入るからな」

 えぇ……とヘソを曲げるくるみを放って、祐介は搭乗ゲートを通って飛行機に乗り込む。


 荷物を置いて席に座り、シートベルトを締めて、「非常時に備えて」的な動画を見て、離陸直前。

「くるみ…………手繋いで」

 祐介は飛行機の離陸がどうも苦手なのだ。

 去年の帰省の際は父親の手を握りしめていた祐介であるが、今は握れる手がくるみの手しかない。


 当然祐介だって、こんなことを言えばくるみが調子に乗ることなんて百も承知だが、幼少期の頃からの根源的恐怖に抗うことは不可能だ。

「お兄ちゃん…………この場でイチャつきたいとはなかなかの度ky」

「離陸が怖いんだよ…………言わせんな恥ずかしい」

 ニヤニヤしながら祐介の手を取り恋人繋ぎを始めたくるみは「えぇ〜もうしょうがないなぁお兄ちゃんはぁ」ともう興奮を隠す気がない

「ノリノリじゃねぇか」

「私はいつでも手離していいんだけど?お兄ちゃんがお願いしたんでしょ?」

「離さないでください……」

「かわいい♡」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ――ということで、無事に、とは言い難いが沖縄上陸である。


「はぁ……やっと着いたぁ……」

 一度背伸びをして、椅子に座っていたせいで固まっていた体をほぐす。

 空港での手続きを全て済ませ、祐介の祖母が迎えに来る時までは一旦待機である。


「もう二度と飛行機には乗らない…………少なくとも、くるみと2人きりの時は」

「飛行機に乗らないならデートしていいよってこと?」

「んな話はしてねぇ」

 気分が最悪な祐介とは反対に、久々に祐介と手を繋げてくるみは異常なほど上機嫌だった。


「あ……良かった、おばぁ〜!」

 味方(えんぐん)がやって来た。

 おばぁは、くるみの服の襟をつかんで持ち上げて行動不能にするという、アニメでしかお目にかかれない技術をなぜか会得した超人だ。

 祐介がくるみに手を焼いているのは比嘉家全体周知の事実であるため、くるみの感情が暴走した時のセーフティとしておばぁにかなり助けられているのだ。


「久しぶり。とりあえず車乗って家帰ろうか(沖」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 祖母の家に着いた祐介とくるみだったが……

 荷解きをしていて目を離した隙に、おばぁが大量の魚を抱えていた。

「何この量の魚…………おばあちゃんマグロ漁船にでも乗ったの?」

前伊礼門(まえいれじょう)さんが持ってきてくれた(沖」

「誰だよ前伊礼門さん……てかくるみ、こん中に1匹もマグロいねぇだろ」


 なんでも前伊礼門さんの趣味は釣りらしく、釣れすぎた魚を持ってきてくれたらしい。

 アジ、キハダ、カンパチ等……到底3人で食べきる量ではない。

 食べ盛りの祐介や、よく食べる方ではあるくるみがいるとはいえ……流石に無理だろう。

 くるみもどうやら同じ考えらしく、

「叔父さんちに持ってく……?」と言い出した。


 おばぁの子供は3人いる。

 長女でありくるみの母の久美子。

 次女であり祐介の母の裕子。

 そしてもう一人末っ子の長男、勇斗がいるのだ。

「海斗にもここ最近会えてないし、アリかもな。

叔父さん魚捌けたっけ?おばぁ捌けないだろ」


 というわけで、おばぁの家から徒歩5分の位置にある、勇斗の家に車で向かった。

 魚の量が多すぎるから車で運ぶほうが楽なのだ。持って歩いてもいいが、重い。

 インターホンを押して出てきたのは勇斗の奥さんである、海咲(みさき)だ。

 「あ、叔母さんご無沙汰してます……めちゃ魚あって困ってるんですけど叔父さん魚捌けましたっけ?」と、祐介が魚を玄関に少し置くと


「え…………何その量の魚」

 ーーーードン引きされた。

 当然だ。

 デカい魚が5匹いるのだ。

 今日中に全部食べる必要は無いが、この量の魚を仮に捌けたとしても保管する場所はあるのか。

 そう考えると7〜8割は食べてしまいたいと思うものだ。

 


「前伊礼門さんが釣ってきたんだよ〜

しかも全部一本釣り」

「あぁ〜前伊礼門さんか……なら美味しさも期待できそうだね」

「だから何者なんだよ前伊礼門さん……なんでしれっと品質まで保証されてんの?」


 前伊礼門さんが釣ってきた魚をおばぁがトランクから取り出して、祐介が玄関まで運び込んで、海咲とくるみがキッチンへ運び込み、勇斗とおばぁの共同作業で捌く。

 バケツリレーの完成だ。

 まぁもっとも、ものの数分で祐介、海咲、くるみの役目はほぼなくなるので…………

「くるみ、俺達がするべきなのは海斗の相手をする係(ほぼサボり)だ。

年の差を俺達のアイデンティティ(たいぎめいぶん)として、全力で海斗(たてまえ)と向き合おう」とくるみに耳打ちして、


「海斗〜久しぶり!!」

 と、白々しく従弟に声をかけると「兄貴ー!!」と駆け寄ってきたのは小学生四年生のクソガキだ。

「ス●ブラしよ!」

「それはいいけど、この前俺のクラウドにハメ倒されて泣いてただろお前」

「今度は勝つし!課金してカ●ヤ買ったし」

「じゃあステ●ーブで蹂躙してやるよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「兄貴強すぎるって!チート使った!?」

「お前のゲーム機だろうが……この一瞬で手品のように改造プログラムを組めるような技術はねぇよ」

 結局10連勝してしまった。

 3ストック制だが、祐介はまだ1回も死んでいない


「身動き封じるハメ技多すぎるって!やめて!?」

「TNTをスマッシュで飛ばすな!」

「トロッコ乗せて落とすな!」

「復帰妨害やめて!?」

「組み合わせるな!!」

 など数々の褒め言葉をもらいながら祐介は順調に、海斗をフルボッコにしながらのサボりに成功している。


「私も混ぜて〜海斗くんと一緒にお兄ちゃんを倒す!」

 などと言い、ちゃっかり自分のサボりの完璧ポジションを見つけたくるみも参戦してリビングは大盛り上がりだ。

「容赦も大人げもなく私達をフルボッコにするお兄ちゃん………それもまたいい!!」などと噛み締めるようにニヤニヤしている変態(くるみ)をわき目に見ながら祐介は再びくるみと海斗を同時に相手する。


「お兄ちゃん……そんないきなり襲い掛かって………んん!?そこだめぇ!!ちょ、二人同時とか…………凄すぎでしょ………!!」

「誤解しか招かないからやめろ!ませてんじゃねぇ!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 祐介達がサボってる間にいつの間にか特大の豪華舟盛りが完成していた。

 わさびと醤油と白米と味噌汁を各々持って、たくさん刺身を食べた。

 なんで一般家庭にあの舟があるのか?

 そんなもんは祐介が一番聞きたかったところである。


「この魚うまいな……」

「ねぇおばあちゃん……前伊礼門さんって農家だよね?もう漁師も兼業できるんじゃない?」

 前伊礼門さんは農家のようで、その知識に祐介以外はまるで当然のように頷いているが、祐介にとってはなぜか前伊礼門さんの情報は限りなく0に近いのだ。

 くるみなんて祐介より沖縄にいる時間は若干少ないんじゃないかというレベルなのに、だ。

 

「そうだよ。俺なんか子供の頃前伊礼門さんちのサトウキビ畑通りかかった時に時々友達と一緒に吸ってたよ?」

「勇斗おじさんの発言って現在のコンプライアンスとのギャップとか県民性を感じるよな」

 勇斗が当然のように話していることも、祐介はもう諦めてスルーすることにした。

 親戚と舟盛を食べながら談笑している祐介は少しずつ笑顔が増えてきて、それを見たくるみは安心して笑っていた。


「お兄ちゃんさ……好き?」

「ここにある刺身は大好きやで」

「あれ、私は?…………って冗談はよすとして

どう?沖縄は好き?」

 今日したことといえば、ス●ブラで海斗を多彩な手口でハメ倒したことくらいで……まぁ祐介は性格が悪いのでそれ自体はめちゃくちゃ楽しんでいた。

 小学生相手に、割と自由度の高いキャラを使って祐介の狡猾さをうまく駆使してもはやいじめのようなレベルでボコボコにしていた。


 でもそういうことではない。

 オンライン部屋でくるみのことをボコボコにすること自体は少なくないため、スマ●ラ自体に新鮮味は特にないのだ。

「あれはただただスティー●でコンボ決めてるのが気持ちいいだけだろ」

「兄貴も大人げないし、姉貴はなんかキモかった」

「身内にキモいって言われるって…………私そんなにキモかった?」

 

 祐介は精神的な療養も兼ねて沖縄に来ているのだ。

 決して遊びに来たわけではない。

「お兄ちゃん、明日私とデートしよっか」

「唐突だな」

「姉貴、キモいのってそういうとこだよ」

 祐介は決して、遊びに来たわけではない。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 沖縄生活二日目。

 祐介は朝から国際通りにいる。

 くるみが、療養というのを名目に祐介を外出(デート)に連行したのだ。

 今までの奇行があまりにも目立ち過ぎるため勘違いされても困るので一応補足しておくが、くるみはあくまでも祐介の従妹(いとこ)である。

 それ故にマウスコムに核兵器レベルの武器を与えることにもなったのだが……


「お兄ちゃ〜ん、待ったぁ?」

「お前ついさっきまでトイレ行ってただけだろうが……なんだこの茶番」

 くるみが起きないから一生待ちぼうけを食らった祐介だが、集合はそこで済んでいるのだ。

 デートでよくある「待ったぁ〜?」からの「今来たとこだよ」みたいなのはリアルに無い。

「お前と一緒に来てんだし…………『今来たとこ〜』って返しがリアルに成立するんだろ?

俺は性格悪いからんな気の利いた返事はしねぇぞ?」


 祐介が呆れかけていたその瞬間、祐介はある匂いに気づいた。

「おい……その保冷バックってもしかして…………」

「ベーコンチーズマッシュサンド、カーリーフライ、オレンジジュース。もちろん二つずつ」

 祐介はほんとだな?と確認を取ると、くるみの頭を撫で、「よくやった」と褒め……

「さっき茶番がなんだとか…………」

「ぜ〜んぜん待ってねぇよ?」

 掌をクルッと返した。


 くるみとは距離を置かないと大変な目に遭う祐介だが、祐介はくるみと趣味が合ってしまうのだ。

 ご飯、ゲーム、マンガ、大抵の好みが合うせいで仲良くしてしまうのだ。


 掌を返したおかげで祐介はくるみから自分の昼食が入った紙袋を受け取れたのだが。

「しっかしこうも好みが合うのももはや怖えな……」

 祐介は、単純にジュースを飲みたいだけならルートビアを選択するし、もし選択肢になければ基本は炭酸の入ったジュースを飲むことが多い。

 A&Wにルートビアが置いていないなんて有り得ないので、くるみの思考は一見祐介の思考から逸脱している、つまり祐介を理解していないように見える。


 だがむしろその逆だ。

 祐介はA&Wのオレンジジュースがすごく好きで、ルートビアはここ以外でも飲めるから、とA&Wでは必ずと言っていいレベルでオレンジジュースを飲んでいるのだ。

「ここでオレンジジュースを選ばない人はお兄ちゃん検定準2級すら持てないよ」

「準2級の難易度がわかんねぇ……」

「どの級の難易度も英検の級とだいたい同じだよ」

 ちなみに、英検準2級は高校中級程度のレベルであり、1次試験の合格率は3人に1人と言われている。

 準2級でこれだ。1級の試験はマウスコム等の知識がもはや前提になっていないとおかしいレベルだろう。


「ねぇ、アイス食べに行く?」

 沖縄を中心に展開しているアイスクリーム店「ブルーシール」いろんな味と種類があって祐介はここの店がかなりお気に入りで、夏休みに沖縄へ行かない年はよくおばぁに頼んで家に送ってもらっていたほどだ。

 一応関西にも店舗自体あるにはあるのだが、そのどれもが祐介の家からは絶妙に遠かったのだ。

 くるみの家の近所にはあったので、くるみは「私が送ろうか!?愛情というおまけ付きで!!」などと言い出し騒いでいたのは祐介の記憶に新しい。

「味は?」

「塩ちんすこう」

「よく言った」


 ブルーシールのNo. 1メニュー。普段、人気と謳われるものに対しては逆張りしてしまうことのある祐介だが今回だけはそうしていない。

「クッキー&クリームとはまた違うんだよなぁ…………」

 と言いながら、従兄妹は同時にアイスの蓋を開けてスプーンを突っ込む。

 この日の気温は32℃。沖縄の気温にしてはトップクラスに高いであろう季節の中食べるアイスは絶品だった。

「お兄ちゃん……この後どこいきたい?なんか見たいお店とかある?

グヘヘ……特になければ二人でラブh……」

「よし一回黙れマセガキ」

 頬を赤らめながら思いっきりかさぶたをめくってきた従妹を一旦黙らせて


「ド◯キでも行く……?日用品色々買いたい」

「お兄ちゃん…………私と一緒に何買うの?」

「のれんをくぐってピンクな空間に行くことはありえねぇから安心すればいいわ」

 シャンプー、ボディソープ、洗顔、お菓子、絶妙に足りない文房具などをカゴに入れたカートを押す。

 普通に、足りない日用品の買い足しだ。

「ちぇ……ほんとに買い物じゃんつまんない」

「お前は今回のお出かけに何を期待してんだよ逆に」

 前伊礼門さんに貰った魚の刺身が今もまだ微妙に残っているため、ご飯は食べてくるなと言われている。

「インスタントのタコライスいる?」

「私も食べたいから買う」

「だよな」


 夜食を買うなとは、言われていない。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 夜中。

 ゲームをしていた祐介は、おもむろにキッチンへ向かい冷蔵庫を開ける。

 絶妙に残っていた刺身の残り。

「ギリ2食分、ってとこかなぁ…………2回できたらいい方やな」

「私が起きてきたから1回になっちゃったね、お兄ちゃん」

「えぇ…………お前も食うんかよ」


 くるみも食べると言い出したなら仕方ない。

 真夜中簡単夜食クッキング。

 今回は贅沢にも刺身が余っている場合の調理法だ。


 冷凍してある白米をレンジに入れ、その後刺身も解凍する。

 ポッドでお湯を入れ、緑茶のティーパックを準備する。


 チンできたご飯に解凍した刺身を乗せると、醤油と天かすをかけ、そのまま緑茶を注ぐと海鮮茶漬けの出来上がりだ。

 レトルトのタコライスの具を夜食用の備蓄として大量購入したが、刺身があるうちはこれを美味しく調理して食べたいものだ。中々こんな上質な魚は冷蔵庫に余らないだろう。


「おぉ〜美味しそう…………意外とこういう家庭的なとこあるからなぁお兄ちゃん」

「意外とってなんだよ」

 夜食がジャンキーになりすぎないように、というのは割と常々考えていることだ。

 元々あまり太らない体質なこと、不健康メシが大好きなことも祐介は自覚している。しかし頻繁に食べると確実に太るので月1のジャンキーメシを除いて祐介は夜食にはある程度気を配っている。


 カップ焼きそば、冷凍ピザも、月1だ。

 タコライスは野菜が入っているからジャンキー判定ではない。レタスやトマトの存在は意外とデカいので、チーズがいてもお構いなしだ。

 そもそも夜食自体が良くないのだから、野菜があるだけ幾分マシだと思うべきだ。


「おいしいね」

「前伊礼門さんに感謝だな……刺身うま」

「お兄ちゃんのデキる男感もすごい」


 今まで適当なお茶漬けを作ったことはあるが、微妙に残ってた鮭や若干余ってた鯛めしなどがベースであり、どデカく刺身を使ったことなんてなかった。

「夜食で刺身ってとんでもない贅沢だよな」

 海鮮茶漬けは店で商品にされていることもあるが大抵かなり高額であることが多い。


「釣り行って魚ゲットできたら、こういうの毎日食えるんかな」

「どうだろ」

 ちなみに、ゴミしか釣れなくて3日で諦めたが前伊礼門さんが時々魚をくれた。

 しかしなぜかタイミングが悪く祐介は前伊礼門さんの顔を見ていない。

 

「お兄ちゃん……好きだよ」

「……あっそ」


 キスしようとするくるみを軽く殴って制止すると……「えへへ……お兄ちゃんに殴られたぁ」

 なんか嬉しそうで怖い。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 転校初日。

「美男美女が引っ越してきたって聞いたけどどんな人達だろ」

「これ、転校生とのラブコメじゃなくて転校生同士でラブコメ始まるんじゃね?」


 転校生、というワードに心を躍らせた周りの生徒は、くるみと祐介を見るなり2人を取り囲んだ。

「私は比嘉くるみ。で、こっちが私の最愛の人であり彼氏であり旦那さんでありお兄ちゃんの、高橋祐介くん!」

「は?お前何勝手なこと…………」


 この先はもう地獄絵図であった。

 黙っていれば可愛いタイプであるくるみの外見に目を惹かれやってきた男子どもは阿鼻叫喚の騒ぎ、

女子達は質問攻めだ。

祐介もツッコむが…………


「付き合って何ヶ月なの!?」「1年前くらいから猛烈アプローチかけて、その3日後にはご両親(おばさんふうふ)の同意も得ました!」

「そりゃ小6の従兄弟が『お兄ちゃんと結婚する!』とか言い出して真に受けるわけないだろ!!

母さん達、お前が本気だって分かって焦ってたんだからな!?」



「どこまでいったの!?」「もうお泊りデートも何回かしてるし、同じ布団で寝たことだって……………」

「一人で寝たはずなのに朝起きたら横でお前が添い寝してて戦慄したわ!!

身の危険ってこういうことなんだなってよぉ!!」


 祐介のキレキレのツッコミは誰も聞く耳を持たず、くるみとなけ恋バナをしているかのようなノリで話し、くるみは流れるように話を盛り…………


「あぁ……もう終わったわ…………もう学校いけねぇよお前のせいでよ…………」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そして2学期2日目の朝、

「学校もう行きたくねぇ…………」


「え、なんで?」

「なんでも何もお前だよ!!」

 話はまた、振り出しに戻ってしまったかもしれない……


 ここ最近、ひどいのだ。

 四六時中抱きついてくるしことあるごとにキスしてくるし、くるみの「お兄ちゃん大好き」という感情がどんどん肥大化しているのだ。

 祐介も今までそれを止めるのとができなかった手前もう今更止めようだなんて思わないが、それはすなわちくるみからの愛を受け止めるということに他ならない。


 しかし、考えてみればくるみからの愛を祐介が拒めば、外に出ない引きこもりの祐介が、恋愛という面倒な手順を踏んでまで自分を愛してくべる人を探すことは確実にしないだろう。

 元々、自分を愛する人間はくるみ(こいつ)だったんだと思うと祐介はなんだか納得したような気がしてしまった。


 くるみが抱きついて、「好き〜大好き〜」と連呼しているのを祐介は拒まなかった。

 祐介はくるみの背中に腕を回し、祐介からも抱きしめた。


「え……………?

お兄ちゃんから過去最大級のデレが出たんだけど!?」

「うるせぇよ

俺別に今までお前のこと邪険には扱ってなかったろ」


 その瞬間、くるみの中のリミッターが壊れた。

 二人の関係と祐介の安否はご想像にお任せする。

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