第五十五話「体育祭、魅せるはギャグマンガ時空」
日付の都合上過去類を見ない大ボリュームになった本日
本編ですよ
嘘じゃないですよ
――次のエリアでは、大玉を台車に乗せて運ぶらしい。
用意されていた台車の一つに運んできた大玉を載せて、里奈は勢いよく走り出した。大玉を転がすより、台車で運んだ方が力は少なく運べる。それは間違いない。けれど――
「バランスむっずかしいな?!」
『次のエリアはバランス地獄!! 台車の上から大玉を落とすと大きなタイムロスになります!』
一番の難関は何にもまして、そのバランスの難易度にある。
もはや大玉を地面の上で転がす方が楽なのではないかと思えるほど、台車の上で大玉を保持するのは難しい。バランスに気を遣っているとどうしても走力は落ち、結果として他選手との差は縮まっていくのだ。しかし逆に言えば、ここを上手く抜けていくことが出来れば圧倒的な差をつけてゴールテープを抜けられるということでもある。
「任せろ……!! 私は暇さえあればチョーク運びをしていた女! その私にはこの程度、何のそのや!!」
ここで、回想が入る。
里奈は、とても大人しい子供だった。
生徒会室で、暇になった彼女がすることと言えば、黒板アートを作るか、チョーク運びをするかというもの。生徒会副会長がするような、次の仕事を先にやっておくとか、そんな野蛮なことは一度だってしたことがない。
『一緒に黒板アートを描こうや』
そう言って、どうにか野蛮な遊びから手を引かせようと、副会長を説得しようとしたこともあった。しかし、彼の心は動かなかった。『い、いえ、議長の芸術を私の手で汚すわけにもいきません、から』と言って、彼は里奈を避けていた。
しかし、里奈は挫けなかった。晴耕雨読という言葉がある。晴れた日には畑を耕し、雨の日には本を読む、そう言った健やかな生活という意味だ。その言葉に倣って、里奈は黒板アートを描き切って黒板を『芸術』で埋め尽くした後はチョーク運びに勤しんだ。
『里奈、それは何をやってるん……?』
『なんでか生徒会室に一つだけあるキャスター付きの椅子にチョークを乗せて、絶対に落とさんように運ぶ練習よ』
『里奈、それは何をやってるん……?』
『チョーク運びって言ってな、なんでか生徒会に一つだけあるキャスター付きの椅子にチョークを乗せて、絶対に落とさんように運ぶ練習よ』
聞かれたことには真面目に答え、健全な日常を一緒に過ごしてくれる仲間を集めようともした。しかし、彼女の考え方はあまりに先進的過ぎたのか、誰もそれに共感して賛同してくれることはなかった。
そうして時期は体育祭準備の時期になり、暇な時間が減ったことによって里奈もチョーク運びに時間を割くことが出来なくなっていった。だが、その経験は今も彼女の血となり肉となり、残っている。
ここで回想終了。
「だから私は!! 絶対に、負けられない!!!」
傍から見れば『チョーク運び』などという意味不明な発言をして目を瞑り、一瞬で目を開けて勝利宣言をしただけである。ここまで順調に実況を進行していた生徒会本部の面々もあまりに急すぎる展開に実況の声が止まった。
しかし、本人にしてみればその一瞬にこそ意味がある。その一瞬が、里奈の全力を――完全に、引き出したのである。
「――ギャグマンガ時空・特別フォーム!!」
『おぉっと、ギャグマンガ時空・特別フォームだぁ!! なんなんですかそれぇ……?』
里奈の宣言に、観客たちの間でざわめきが広がった。完全な困惑のどよめきである。
しかし一人だけ、里奈の言葉を完全に理解した男がいた。
「説明しよう!!」
「お兄ちゃん、まさか分かったの?!」
今回の体育祭、観客に徹することしかできない以上、説明解説の役目を一挙に引き受けた祐介。今の彼に、説明できない死角など存在しない。どんなに意味不明で、理解不能な言葉であろうと、行動であろうと、彼には全てが説明できる。
「ギャグマンガ時空・特別フォームとは――学校の二階から飛び降りても頭にたんこぶ一つだったり、顔のパーツが置いてけぼりになるくらい速く走れたりといった、いわゆるギャグマンガ時空の能力を手に入れる能力……だとあいつが勝手に思い込んでいる形態である!!」
「つ、つまりお兄ちゃん……それって!!」
「いつもの伊藤里奈!! 何も変わらず!!」
聞き逃せない暴露が観客席ではなされていたが、しかしその声は里奈には届かず。
人にとってね、一番重要なのは自分が自分をどう思うかなんです。里奈は今、自分はギャグマンガ時空にいると思っている。それで、人間離れした運動神経を発揮できると思っている。じゃあ、それでいいじゃありませんか。実際に里奈は凄まじい速度でほかの選手たちを置き去りにしているのですから。
『何ということだ、先程の特別フォームは本当に意味があったのか――?! 凄まじい速度です!! 流石は陸上部と水泳教室を兼業していた水陸両用の議長だ!!』
「副会長はあとでしばかなあかんな」
大輔の身には危機が迫っていたが、その代わりというべきか――里奈は圧倒的な差をつけた圧勝で、ゴールテープを切った。




