四十三話「始業式、魅せるは転校生」
「遂に来たるーは、新学期~♪」
「努めぬくーは、学業と部活動~♪」
「空の青さに眩まずーに~♪」
「羽ばたけ、大空に~♪」
「知識と経験ー、積み重ね~♪」
「青春の倉庫ー、関西倉北~♪」
――以上、関西倉北中学校校歌・新学期ショートヴァージョン。
***
夏祭りと沖縄旅行。その二大イベントを経て、想像以上に密度の凄まじかった中学校二年生の夏休みは終わった。そして、健太と美穂、大輔と里奈、そして祐介は沖縄旅行の思い出も薄れぬままに、今日の始業式に参加している。
何故か複数ヴァージョン存在する校歌を斉唱し、校長の長い話と生徒指導の厳しい話を経て、そろそろ閉会の運びとなっていた。
「(早く終わらんかな……)」
そして、その始業式の終わりを待ち望む生徒がいた。それは当然、始業式なんてイベント、生徒たちにとっては特段の特別感もない。入学式や卒業式、せめて新学年となった最初の始業式だというならまだしも、夏休みが終わってすぐの始業式なんてただ単に体育館に集められ、放送でも進行可能だろうというような話を長々と聞かされるだけ。残暑の厳しい時期に大勢が一か所に集められる強制イベントだ。
それ故に、当然多くの生徒たちが早く終われと呪詛にもなりかねない念を先生方に贈っていることだろう。だが、その珍しくもない思念に、今回ばかりは珍しさがあった。というのも――、
「(そろそろ終わってくれんと……)」
その念を送っている張本人は、生徒会本部副会長、鈴木大輔。まあ、簡単に言えば優等生で通っている生徒の代表格だった。ちなみに、他の生徒会本部役員は勿論、成績がよく人当たりも良い瀬崎だとか、カッコいい二つ名を付けられている『蒼い学士』キリュー・ケント、『深翠女史』ミヤベ・ジュンコだとか、そう言った生徒たちもまた、優等生で通っている人間たちだ。
優等生、というのは当然、始業式のような強制イベントでも嫌な顔一つも見せずに滔々とこなす。これまでの大輔もそうだった。真面目そうな表情を崩さず席に座っているし、三年生に上がるときの始業式では生徒会代表として挨拶もする予定だった。しかし、今回の始業式ばかりはそうもいかない。
「(早く終わらんと、高橋くんが……!!)」
今の大輔には、始業式よ早く終われと、そう強い呪詛を送らねばならない理由がある。
それが、彼の視界に映る男、高橋祐介の存在。始業式が始まったころから苦しそうに頭を抑え、式が進行されるにつれてその苦しみ悶える程度が強まっている彼は、間違いなく体調が悪かった。というか、体調が悪いという言葉に収まらないんじゃないかと思わせるほどに、かなりしんどそうだった。
「来る……来ちまう……」と幻覚も見始めている様子で、大輔はそろそろ祐介を心配するどころか今すぐにでも救急車か何か呼んだ方がいいのではないかと思い始めてきた。とはいえ、そろそろ始業式も終わる。終わり次第、祐介のところに駆け寄ってでも彼を休ませなければ、と大輔は覚悟して――、
「――最後に、転校生を紹介します」
ふと、あまり聞きなれない単語に、大輔は視線を珍しく壇上へと向けた。そして、登壇する少女に、目を奪われる。それは、恋愛要素を孕まないが、しかし、確かに大輔は彼女から視線を外せなくなった。
「埼玉の学校から、転校されました――比嘉くるみさんです」
――同時に、健太と美穂、里奈が反応する。全員、そろそろ疲れて壇上なんて見ていなかったが、そんな疲れも吹き飛んだ様子で視線を壇上の少女に固定している。
大輔はというと。驚きはなかった。それよりも、納得があった。
『では皆さんっ!! ――またいつか!!』
そう、別れの言葉を締めくくったくるみの表情を、大輔はよく覚えている。清々しく爽やかで、別れを悔やんだり悲しんでいる様子はなかった。それは恐らく、本当に次の時を見据えて、絶対にまた会えるのだという確信からくるものなのだろうと、大輔は思っていたわけだが。
それは、ある意味正しかったのだろう。本当に、くるみは確信していたのだ。もう一度、会えると。
「(大いに、騙されたね――くるみちゃん)」
してやられた、と。大輔がそういう視線をくるみに向ける。それに気づいたか否かは分からないが、くるみは、大輔と目を合わせて、そして沖縄旅行での面々全員を見回して、最後に微笑んだ。
*
――時は、二日前に遡る。
「海外転勤するんやって――比嘉家」
突然知らされた、その事実に。祐介は、嘘偽り無く言うなら、箸を二本落とした。
またいつか、と――そう告げて別れを締めくくったくるみが、まさか海外に行ってしまう。それは、これから会うことがほぼ不可能となったことと半ば同義だ。それは、沖縄旅行の終わりに訪れた別れとは規模の違う別れ。
感情が寂寥に染まり、言葉に尽くしがたい虚無感が祐介の胸を満たして――、
「――ということで!! 今日からお世話になりますっ!!」
吹っ飛んだ。全部吹っ飛んだ。寂寥も虚無感も、ついでにリビングの端に積まれていた布団も、吹っ飛んだ。
今更ながらにこんなところに布団を積んでいたのはコイツを隠すためだったのだと祐介は気づく。
「一応、聞こうか……なんでお前がいる」
「そりゃ勿論! 両親が海外転勤することになりまして、中学生とはいえ未成年者が一人暮らしは論外、海外に移住するにしても環境の変化に耐えられない――だから、ご迷惑とは知りつつ……」
「ぅぐ……」
急にしおらしく、同時に理性的になったくるみに、祐介は言葉を失う。変な奴とはいえ、これでも祐介にとっては第二の妹のようなものだ。本当の意味で無碍にすることは出来ない。ちなみに、祐介は間違いなく一人っ子なので第一の妹は空席である。
「私たちのことは第二の家族と思ってくれたらいいからね、くるみちゃん」
「はいっ!! ということなので――よろしくね、お兄ちゃんっ」
お兄ちゃん呼びの必然性、ここに得たりとくるみがこれ見よがしに祐介の方に笑みを向けてくる。
祐介としても、両親が、少なくとも母はくるみを迎えることに大賛成であり、同時にこの話がくるみの適当ではなく、既に打ち合わされた決定事項なのだと悟り、苦笑いしか浮かばない。
大変なことになりそうだし、騒がしくなりそうだ、と。
祐介は、これからの日常に溜息をつく。とはいえ、その心中、全くもって不快、というわけではないあたり、祐介とくるみの相性は悪くもないのかもしれなかった。
【祐介】新学期ショートヴァジョンってこんなんやっけ?
【大輔】去年も2回歌ったでしょ? これであってると思うよ
【里奈】普通は何パターンも校歌がある時点でおかしいんやで?ショートヴァージョンですら新学期と新年度で分かれてて、ロングヴァージョンもさらに2パターンやから…………
【大輔】計6パターンです
【祐介】考えたやつの頭どうかしてるやろ




