四十二話「別れ、奇しくもなく幕間」
三者三様のお土産選び、それらは何だかんだで終着点へとたどり着いた。
お土産選びの方が最早付属物かのような扱いに成り下がった国際通りでのことの顛末は、それぞれが各々で胸にしまう形となった。
「今日の事、お兄ちゃんには言わないで下さいよー、メガネ教授」
「言わないよ。逆に、言うような口の軽い男に見える?」
「まあ、大丈夫だとは思ってますけどねー。というか、言ったらメガネ教授が泣きかけてたこともいいますから」
脅しになっているのか否か分からないが、大輔は「それは怖い」と両手を挙げて見せる。当然、大輔としても今日のことを、くるみの考えを、わざわざ祐介に伝えようなどとは思わなかった。
「くるみちゃんが苦しくないなら――いつまでだって、高橋くんを騙したらいいと思う」
「そうですねー。私、賢くていい女なので、男を騙すなんてちょちょいのちょいですよ」
「悪意ある切り抜きを恐れるべき言い方だね、それは」
大輔はそういうが、しかしくるみは何も気にしていない様子でちらと前方を確認。そして、「ではお先にー」とだけ残してその場を走り去った。大輔はくるみの突然の行動に驚きつつも、しかしくるみの視線の先を追って、なるほどと納得する。
視界の先で、くるみに抱き着かれて驚きの叫びをあげている祐介が見えた。それを微笑ましいと、そう思えるのはくるみの話を聞いたからだろうか。
「何だかんだ、良い関係だと思うよ――ほんとに」
ふと漏れた大輔の呟きは、先程の名残もあって関西弁ではなかった。
*
国際通りでのお土産選びは終わり、全員が集まって――。
沖縄旅行も、終了の時が近づいていた。先程おばぁに感謝と別れの言葉を伝え、空港に到着した一行。そして、そこではもう一つの別れがある。
「くるみ……あいつは、良いやつやった。狂ってたけど、良いやつやったよ……」
「死んでませんからねー? あと狂ってるとか本人の目の前で言いますかね」
「これは多分、議長の照れ隠しならぬ悲し隠しだと思うよ」
苦笑いを浮かべているくるみに、大輔が耳打ちする。その言葉を耳聡く聞き取って、里奈が大輔につかみかかった。まさにカオス。ちなみに、この場所は初日、祐介が入っていると知ったくるみが突撃しようとしていたトイレ前である。
恐らく、この面々でカオスな別れにならないことはあり得ない。そして、シリアスで感動的な別れなど、どうしてもないのだろう。
「っまあ! 私は今日で終わりと思いませんから! また、絶対に会いましょうねー!!」
「ぉう……いつかな」
くるみの真ん前でその言葉を受け止めているのは里奈だった。祐介は何だかんだ否定しつつも後方兄貴面、大輔は後方保護者面である。そのほか健美ペアは少し後ろで状況を静かに見守っていた。
くるみが一切の涙もなく、悲しそうな表情もなく――ただ爽やかな笑顔のみを浮かべて、別れを告げる。そして、再会の約束を交わした。多分それは、どれだけ時間がかかるとしても、お互いがかなえようとするだろう。
「狂ってるところはあると思うけど、お前と過ごした日々は楽しかったわ」
「日々っていうほど日数多くなかったですけどね」
「受け取っておけよ、最高の議長様のお言葉やぞ」
「それはそうですね、里奈先輩」
ネタとして送った言葉に対して返ってきたくるみの言葉に、里奈はえ、と声を漏らす。
よくよく思い出してみれば、くるみが人の名前を正しく読んだのは、これが初めてだったりするのではなかろうか。
「お前……名前憶えてたんやな」
「覚えてますってー。議長こと里奈先輩、メガネ教授こと鈴木先輩、エイリアンこと佐藤先輩、部長こと美穂先輩――そして、お兄ちゃんっ!!」
「俺だけ名前憶えてないのかよ!!」
どっ、と笑いが起こる。その笑い声のせいか、くるみが小さく「祐介お兄ちゃん」と呟いた声は、誰の耳朶を打つこともなかった。
くるみが名前を呼んだ順に、それぞれの顔を見る。そして、一瞬見せた名残惜しそうな表情を隠してから、もう一度、爽やかに笑った。
「では皆さんっ!! ――またいつか!!」
「「「「「また、いつか」」」」」
而して、沖縄旅行は――くるみとの日々は、幕を閉じた。しかしこれは、劇の終幕ではない。恐らくこれは、幕間なのだ。次に、彼らが会う時、集まるとき、幕がもう一度上がる時までの。
それまで、一度幕は下りる。もう一度幕を上げるために、下りるのだ。
*
「――ただいまー」
「おかえり、くるみ」
飛行機に乗り、自宅に帰ってきたくるみ。家に入れば、空港に迎えに来た母の代わりに準備を行っていたのであろう父が慌ただしくしていた。母も、その父の手伝いを始める。
こんなに慌ただしいタイミングで我儘を言ったのは、くるみとしても少しばかり後悔していた。
「ごめんなさい、急に我儘言って――」
「いいんだよ。くるみには、無理させることになるからね。このくらいの我儘は言ってくれた方がうれしいんだ」
父がくるみの謝罪に即答する。その答えにくるみとしても安堵しながら、しかしこれからのことを思えば少しばかり表情が曇った。
今回、家族が慌ただしい状況で、しかしくるみが一人で沖縄旅行をする、というのはくるみの完全なる我儘であった。しかし、それが認められたのは、これからのことについて、両親がくるみに対して、罪悪感を抱いていたから。少しでも、くるみの我儘を叶えることが贖罪になるのなら、と思ったのだ。
「くるみ。部屋の片づけは大体終わっているから。他に必要なものはないか、最後に確認しておいてくれる?」
「うん、分かった。――出発は、いつになるの?」
「明後日、かな。……ごめんな、急で」
「……パパのせいじゃないよ。転勤は、これまでもあったもん。――海外は、初めてだけど」
くるみが漏らした言葉に、三人の表情が暗くなる。
彼らは、引っ越しの準備をしていた。転勤族である父について行く形で様々なところに居住地を変更してきたこれまで。しかし、今回は少し違った。
父に命じられたのは海外転勤。しかも、数か月や一年程度ではない、期間の分からない、ものだった。
「日本には、いつ帰ってこれるか……」
いつまで、海外に居なければならないのか。分からない。
この海外転勤が、くるみと大切な人たちを切裂くことだと理解していて、しかし両親はその決定を、せざるを得なかった。くるみを傷つけて、得られるものがくるみの、経済的な安寧だという事実が、皮肉だった。
「――お仕事、頑張ってね」
「っ……ああ、頑張るよ」
くるみがふと浮かべた笑顔に、父は歯噛みしながら、どうにか笑顔を返した。
くるみの引っ越しの事実を、里奈や大輔らは勿論、祐介すらも知らない。くるみが、伝えないと決めたのだ。気づいたころには、くるみたちは引っ越している。これは、くるみの、サプライズなのだから。
【くるみ】お兄ちゃん、私が海外に行くなんて言ったらなんて反応するんだろうね
【おばあ】まぁ、あぬっくゎー案外くるみぬくとぅでーじなちょーくとぅなんだかんだ言らがちーしわするはじやー
【くるみ】強がって何でもない様な顔してホントはめちゃくちゃ心配してくれるお兄ちゃんのツンデレっぷり…………めちゃくちゃ想像できる………えへへ
【おばあ】いかなしん、くり以上あぬっくゎんかい迷惑かけいしぇーやみてぃとぅらしやーさぁ?
【くるみ】それはおばあちゃんに頼まれても無理な相談かもな〜




