春の風(2)
話をするため、転移魔法で森の近くにある屋敷へ飛んできた。
アウローラさんが用意してくれた飲み物を飲みながら、グレンさんがここへ来た経緯を話した。
「……そのオッシという者には感謝せねばならないな。リネアの屋敷の者にも……。写真を撮ってもらえて、兄も嬉しかっただろう。兄は写真を撮ったことがないから」
「お二方は、父とどういう関係だったのですか」
「私達とシグルド兄上は10歳違いの兄弟。出会ってからずっと、兄は私達の遊び相手をしてくれていた。……私もアウローラも、優しい兄上が大好きだった」
「出会って、から……?」
妙だと思った言葉を、そのまま復唱してしまう。
だって、おかしい。お兄さんなんだから、物心がついた時にはそばにいるはず。なのに、どうして「出会う」なんだろう?
「兄は私達の誕生と同時に、屋敷の離れの塔で暮らすことを命じられた。窓からほとんど光も射さない、牢獄のような塔だ。私達が兄の存在を知ったのは、私達が5歳、兄が15歳の時だった。私達が庭を探検している時にそこに迷い込んでしまって……そこで初めて出会ったんだ」
――アウグストさん達は、優しいシグルドさんが大好きだった。
だけど出会ってから数年後、シグルドさんはいなくなってしまう。
シグルドさんは18歳――成人を機に結婚。
その後、公爵の命で住居をリースベット地方・リネアの街に移した。
そこは寒さが厳しい北方の僻地。かつては流刑地、強制労働の地でもあったという。
屋敷があったけれど、公爵家のそれとは比べものにならないほど狭い。召使いは10人にも満たず、そのほとんどが魔法を持たない黒髪の平民。
名家の長男としては考えられない冷遇――それは"結婚"の名を冠した"追放"だった。
「お兄様がいなくなって、とても寂しく悲しかったけれど……奥様のウルスラ様は優しい方だったし、きっと2人幸せに暮らしている……そう思うことにしたのよ。だけど……」
だけど、彼らの幸せは長く続かなかった。
突然やってきた謎の集団に赤ん坊を奪われ、自分達も命を落としてしまったのだ。
「兄が死んだ正確な日付は分からない。だが……おそらくそれと時を同じくして、公爵家に不幸が起こり始めた」
グレンさんが聞いた話と同じだ。シグルドさんを虐げ不当な扱いをした人間が不幸に見舞われた……と。
「私達にはシグルド兄上とは別に、2人の兄がいた。異変はその兄の奥方に起こった。何度妊娠をしても必ず流れてしまう。『"畑"が悪いに違いない』と別の女性に手をつけても同じ……そのうち、誰を相手にしても全く子に恵まれなくなった」
それを皮切りにして、召使いを含む公爵家の人間に次々に不幸が降りかかる。
当時ノルデンでは、民による反乱が起きていた。のちに言う「ノルデン革命」だ――反乱鎮圧のため、アウグストさん達の2人の兄も出征した。けど、彼らの属する軍が出る日は必ず悪天候となり、それが原因でたびたび敗北。
それに続き、公爵家の者全員が魔法を使えなくなった。そればかりか、公爵家の者が近づくと、ある一定の範囲内の者全員が魔法を使えなくなるという奇怪なトラブルまで起こり、やがてベルセリウス家の人間は「無能を伝搬する疫病神」と忌避されるようになってしまう。
さすがにおかしいと思ったルドルフ公爵は、相次ぐ不幸の原因を探らせるため呪術師を呼びつけた。
やってきた呪術師は開口一番に「お前達一族は呪われている」と言った……。
『怨嗟の声が聞こえる。子を奪われた親の嘆きの声だ。新月の夜、1人の男が紋章を用い、命と引き換えにおぬし達に呪いをかけた。男の名はシグルド――無念を晴らさない限り災いは続く。奪われた彼の子を探し出し、彼らの死地には祠を建てよ。家族全員で罪を認め、祈りを捧げるのだ』――。
アウグストさんとアウローラさんはそこで初めて、兄の死と甥の存在、父ルドルフの凶行を知る。
2人は父を責めつつ、「赤ちゃんを探して兄上に謝ってください」と訴えた。けれど、ルドルフ公爵はそれを聞き入れることはなかった。
「な……なぜ……?」
「『魔法を持たぬ者は家畜以下の害獣だ、人間が獣に頭を下げる道理はない』と。母も兄2人も同じ考えだった。……それを境に、ついに死者まで出はじめたが、それでも父は言うとおりにしなかった」
それからも不幸は起こり続け、ノルデン大災害が起こる頃に、呪いがついに彼らの身体と命を喰らい始めた。
死因はすべて、暴行の末の殺人。遺体はいずれも激しく損傷しており、人としての尊厳はなかった。
ルドルフ公爵とアウグストさん達はノルデン大災害を生き延び、ディオールに逃れた。
その頃のルドルフ公爵は呪いのせいなのか身体が痩せ細り、ことあるごとに高熱で寝込んでいた。
アウグストさん達が「兄上への償いをしましょう」と繰り返し訴えるもやはり聞き入れず、毎日のように「あいつが生まれてきたせいでこんなことに」とシグルドさんへの恨み言を吐いていたという。
「父の最期は惨めなものだったわ。心臓の発作が起きたけれど誰にも気付かれず……私が父の部屋に行ったときにはすでに冷たくなっていたの。……遺体の状況から見て、発作が起きたのは召使いが巡回しているはずの時間だった。父は横暴で差別発言と侮辱を繰り返して召使いに嫌われていた。……発作で苦しんでいるところに遭遇して、そのまま放置されたのでしょうね」
「真相を探ったりはしなかったのですか?」
わたしの質問に、アウローラさんが静かに首を振る。
「……疲れていたのよ。私もアウグストも、『早く死んでほしい』としか思っていなかったから。それより、これでやっとシグルド兄様の弔いができるって……その気持ちでいっぱいだったの」
――その後、アウグストさん達は呪術師の言葉通り、まずはシグルドさんの住んでいた土地へ。
オッシさんがお墓を作ってくれていたけれど、大地震のため墓標代わりの木の杭は倒れており、また、地面の掘りが浅かったためか遺体の一部が露出していたという。
アウグストさん達は召使いとともにそれを全て掘り起こし、新たに作った墓地に埋葬し直した。
シグルドさんウルスラさん夫婦の遺体は、一番景観のいいところに祭壇を築いて埋葬したという――。
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