春の風(3)※挿絵あり
挿絵があります。苦手な方はオフにしてください。
「……兄上、義姉上。レオンハルトが生きていたんです。特別な転移魔法を使って、兄上達に会いに来てくれましたよ」
再び、最初に飛んできた地点へ。
立派な石の祭壇の最奥に、シグルドさんウルスラさんのお墓があった。
石碑には2人の名前と、"どうか安らかに。もう何者も、ふたりの幸せを壊すことはできない"という言葉が刻まれている……。
墓前に花束を添え祈ったあと、アウグストさんとアウローラさんがこちらに向き直る。
「……待たせた。さあ、兄に顔を見せてやってくれ」
その言葉を受け、わたし達は墓前に歩み寄り、ひざまずく。
お花を用意していなかったので、近辺に咲く野花を摘んで供えた。
「………………」
ふたり、目を閉じ、手を組み合わせ、祈る。
――シグルドさん、ウルスラさん。
わたし、この人と結婚します。
絶対にふたりで幸せになってみせますから、どうか安らかに眠ってください。
いつかわたし達の間に子供が生まれたら、見てください。
……また、来ますね。
そこで目を開けグレンさんの方を見ると、彼はまだ目を閉じたままだった。
――今、何を思っているのかな。ご両親に、何を伝えているのかな……。
そんなことを考えていると、彼の手の紋章が光り出した。それと同時に、突風が吹いた。
「きゃっ……」
強すぎる風に目を閉じた。ザァ……と、木々と草がざわめく音が耳に入る。
――瞬間、風とはちがう"何か"がそばを横切っていく気配を感じた。
目を開けてみると、そこには銀髪の青年が立っていた。
「え……」
「兄上……っ!?」
アウグストさんが叫ぶ。
そう。現れたのはアウグストさんの兄であり、グレンさんの父親――シグルド・ベルセリウスさんだった。
シグルドさんの身体は透けていて、どう見てもこの世の存在ではない。それに、意識の闇の中と違ってシグルドさん側はこちらを認識していないように思える。
シグルドさんは辺りをキョロキョロ見渡し、すぐに何かに気付いてにっこりと笑う。
彼の目線の先にはブランコがあり、そこには黒髪の女性が座っている。
「ウルスラ……お姉様……」
ウルスラさんがブランコをゆるやかに動かしている。シグルドさんがそこに向かって歩んでいき、それに気付いたウルスラさんが嬉しそうに笑う。
――……これは幻? それとも、夢?
ううん……違う。
レスターさんが言っていた。
"モノ"が持つ記憶と思い出は、それが消滅しない限り不変だ――と。
わたし達は今、この"場所"が持つ記憶を見ているんだ。
主が死んでも、この場所の時が過ぎ、季節は巡る。カエデの葉は散り、草や花は枯れ……でも、滅びたわけじゃない。新しく生まれ変わって、ずっとずっと引き継いでいる。
かつてここにいた、幸せなふたりの記憶と思い出を……。
シグルドさんはウルスラさんの前でうやうやしくお辞儀をしてからひざまずき、手を差し出す。
ウルスラさんがその手を取って立ち上がるとシグルドさんもゆっくり立ち上がり、ふたり、抱き合う。
やがて彼らの周りに光の粒子が発生して、ふたりを優しく包み込む。
しばらくのち、シグルドさんとウルスラさんは抱き合ったまま、光とともに少しずつ消えていった……。
◇
「……ありがとう、兄に会わせてくれて」
「俺は、何も……」
「本当に……感謝しているんだ。呪術師の言う通りに兄を祀り、祈り、語りかけてきた。だがそんなことをしても兄は戻らないし、兄の無念が晴れることもない。……無意味なことをしているのではないかと、ずっと思っていた……」
そう言うとアウグストさんは拳を握り、うなだれる。
――この人達もずっと苦しんでいたんだ。
オッシさんのようにずっと人の――兄の死を悔やみ、悼み。彼ら自身に咎はないのに、何も背負わない人達の代わりにずっと背負い続けてきた……。
しばらくして、アウグストさんが首を振りながら顔を上げた。
「……君は、5月生まれだったな」
「はい」
「ノルデンの春は短い。5月――ちょうど今時分から温かくなり始めるんだ。冷たく長い冬の時代を過ごしてきた兄と義姉にとって、君の誕生は春の訪れそのものだったろうな……」
「アウグストさん……」
「またいつでも来てくれ。兄も義姉も、それにこの土地も……皆、君を歓迎している」
「ありがとうございます」
アウグストさんが手を差し出し、グレンさんがその手を取る。
「グレン。ありがとう、ここへ来てくれて。……生きていて、くれて……」
グレンさんの手を強く握り、アウグストさんが微笑む。そばにいるアウローラさんも笑顔を見せている。
冷たい印象だった2人が初めて見せる、優しい笑顔だ。
――ああ、この人達の長い冬も、やっと終わったんだ。
(シグルドさん、ウルスラさん……)
"冬"が終わりましたよ。
わたしと彼、そしてアウグストさん、アウローラさん……みんなが幸せをつかめるよう、見守っていてくださいね。
心の中でそう唱えると、風がまたふわりと吹いた。
やわらかく温かい、春の風だ……。
「……いい風ですね」
「ああ」
――風がシグルドさん達の代わりに答えてくれたのかな。
ちょっと、乙女チックすぎる?
……でも、そうだといいな……。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
お読みいただき、ありがとうございます。
「カラスとすずらん」はあと2回で最終回を迎えます。
最後までお付き合いいただけると幸いです。
次回の更新は1月13日(土)です。




