春の風(1)
話のあと、わたし達はまた孤児院裏庭の大きな木のところへ。
レスターさんが木の周りを囲むようにして地面に魔法陣を書き、「よし」と一息つく。
「……さあ、ここに立ってみて」
グレンさんがレスターさんの言葉に従い、魔法陣の中心へ。
「これは一般的には瞑想――魔力回復に使うものだけど、本来は魔法の集中力を高めるものなんだ。この木と木の陰が魔器になって、君の転移魔法の力を増幅してくれる。普通の転移魔法と違って呪文が必要になってくると思うけど」
「呪文……真名か」
「そう。紋章を発動してから真名を唱え、君の記憶の中にある楓の葉とブランコをイメージすれば、モノと場所が君を引き寄せてくれる――」
「全部仮説で、確証はないんだけどね」と付け加え、レスターさんは肩をすくませ笑う。
でも……すごい。なんだか本当に行ける気がする。
グレンさんが一旦カバンを地面に置き、中からご両親の写真を取り出した。ご両親が手助けしてくれると考えたのかもしれない。
カバンを閉じたあと、彼がわたしの方に手を差し出してきた。わたしがその手を取ると同時に彼が目を閉じ、紋章を光らせる。
「……俺の名は、グレン・マクロード。そして、レオンハルト・ベルセリウス……」
「!」
2つの真名に呼応するように、紋章がさらにまばゆい光を放つ。
しばらくして、彼が目を見開いた。
「……行ける……」
「ほんと!?」
「ああ……!」
――すごい。正直、雲をつかむようなことだと思っていた。
レスターさん達のおかげだ――同じことを考えたのか、グレンさんが彼らの方を見て笑った。
「レスター、ノア、エマ……ありがとう。恩に着る」
「お役に立てて何より。……幸運を祈るよ」
「気を付けるのよ、2人とも」
「ヤバいと思ったら引き返すんだぞー。ノルデンの奥なんて、何がどうなってるか分からねえからな」
繋いでいた手を一度離し、グレンさんが3人に向けて手を上げた。
そのあとまたわたしの手を取ってうなずいたので、わたしもそれに応える。
「行こう」
「はい……!」
グレンさんが目を閉じると魔法陣を覆うようにして光が拡がり、視界からリューベ村が消えていった……。
◇
「きゃっ……!」
「……くっ!」
視界が別の景色に切り替わったと思った次の瞬間、わたし達は下に落下した。
どうやら空中に転移したらしい。
「いたたた~……」
「……っ、ごめん。知らない土地に飛んだからだな……」
「うう……」
うなりながら散らばった荷物を拾い、辺りを見回す。
「ここがノルデン、リネアの街……?」
「たぶん。……でも、街というか……」
「森みたいですよね」
「ああ。想像と全然違う」
彼の言う通り、辿り着いた場所は学校の授業で習った"ノルデン"とはまるで様相が違っていた。
「大災害のあと草も木も育たない死の大地になった」という話だったのに、ここには草木があり、花も咲いている。
どこかの木で、鳥がさえずっている。青い蝶が野花に止まって蜜を吸い、また飛んでいく。
空気も温かい。5月とはいえノルデンの最北端なら、もっと寒くてもおかしくないはずなのに……。
「レイチェル、あそこ」
「!」
グレンさんが指さす方向に、大きな楓の木があった。
根元には古びた木製のブランコが置いてある。
「これが、夢に出てきてたやつですか?」
「ああ。夢で見たのと違って、随分朽ち果ててるけど。……それより、これは一体……」
ブランコの周りを囲むように銀の杭が数本立ててあり、同じく銀色をした細い鎖が杭と杭を結んでいる。
ブランコのそばには小さな石碑が置いてある。石碑には『何人もこの地を侵すべからず ベルセリウスの名において、この地を封印す』と刻まれている……。
「誰だ!」
「!!」
穏やかな空気を切り裂くような怒声が響く――声の方に目をやると、銀髪の男性と女性が立っていた。
銀髪……ノルデン貴族の人だ。
「何者だ……どうやってここへ来た。ここは禁足地だ、今すぐに立ち去れ!」
男性が杖をつきながらこちらに向かってくる。
足が悪いようでその歩みは遅い。けれど、遠くからでも分かるくらい威圧感がある。
連れの女性もそれに続く。顔の半分を長い前髪で隠したその女性は、男性ほどの威圧感はないけれど、やはり厳しい表情をしている。
その手には花束を持っている――一体、この人達は……?
「……申し訳ありません。私達は――」
「え……」
男性と女性が間近に迫ったところでグレンさんが声を発すると、2人の歩みがピタリと止まった。
女性が持っていた花束を取り落とし、口元を手で覆う。
男性もまた驚愕の表情を浮かべている。
「そ……その声、それに、顔……。君は……君の、名前は……?」
男性が唇を震わせ、すがるようにグレンさんの名を尋ねる。
「レオンハルト・ベルセリウス」
「あ、あ……!」
驚きからか男性は杖から手を離してしまい、その場に倒れ込んだ。
グレンさんが男性のそばに寄り、「大丈夫ですか」と彼を助け起こした。わたしもそこへ駆け寄り、杖を拾って男性に手渡す。
「ありがとう、すまない」
「私達はこの地を侵しにきたのではありません。お聞きしてよろしいでしょうか。ここは、"リネア"という場所ですか」
「ああ、そうだ。……私からも聞かせてくれ。君は、レオンハルト。……父の名はシグルド、母の名はウルスラ。……そうだな?」
「はい。ここで両親が眠っていると聞いて」
そう言ってグレンさんが、持っていた写真の冊子を開いて男性に見せた。
「そ、それは……! 頼む、もっと……よく見せてくれ……」
泣きそうな顔で懇願してくる男性に戸惑いつつ、グレンさんは写真を手渡した。
男性の後ろにいた女性が、男性の肩越しにそれをのぞき込む。写真を見た女性の目から涙がこぼれる。
「シグルド……兄様……」
「……兄上……こんなにも若く、幼かったのか……」
「でも……とてもいい顔」
「そうだな……」
写真を見る2人の表情は嬉しそうで懐かしそうで、……だけどどこか悲痛だ。
「……兄上、とは? あなた方は、一体……」
グレンさんの言葉に、2人が顔を上げる。
「……すまない、我々の自己紹介がまだだった。私はアウグスト。アウグスト・ベルセリウスという」
「アウローラ・ベルセリウスよ」
「ベルセリウス……」
「私達は君の父シグルドの、腹違いの兄弟なんだ。レオンハルト……よく生きて、ここまで帰って来てくれた。兄も義姉も、喜んでいることだろう」
そう言うとアウグストさんは写真の冊子を名残惜しそうにそっと閉じ、グレンさんに返した。
「レオンハルト。一度、私達の屋敷へ来てもらえないだろうか。……話をしよう。兄シグルドと義姉ウルスラの話を」
どうするつもりだろう、とグレンさんを見上げると、ちょうど目が合った。
グレンさんは少し目を細めてからうなずき、アウグストさん達の方に向き直って「分かりました」と返した。
(…………)
――一瞬、断るかと思った。
だってシグルドさんは魔法の力を持たないことで、家族それに召使いからすら虐げられていたと聞いたから。
けど、こうも聞いた。
「シグルドさんの死後、彼を虐げた人は"例外なく"死んだ」と。
でも、この2人は生きている。写真を見る彼らの表情からも、兄シグルドさんへの侮蔑の意思は感じられなかった。
つまり、彼らはシグルドさんを虐げていない。だからこうやって生き伸びているんだ……。
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次回の更新は、12/30(土)です。
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