第七章 弱者に刃を向けたい弱者
どうしてジャスティスマックスは私を殺してくれないの? 私の行動が甘いから? 幼稚園で殺してくれていれば、パン屋も遊園地もサッカー場も病院も、危険に晒されずに済んだのに! カミラが私に利用されることもなかったのに! ジャスティスマックスが無駄な時間を使うこともなかったのに!
「お姉さん、ここはどこですか?」
カミラが私に尋ねる。カミラなりに不穏な何かを感じ取ったのかもしれない。知的障害者福祉施設の前で、私はカミラにもわかるように障害者を説明する。
「ここはね、色々な事情で普通の暮らしができない人たちが住んでいる場所なの。そういうかわいそうな人が近くにいれば、ジャスティスマックスも下手に動くことはできないと思わない?」
口ではそう言いながら、内心では自嘲していた。普通の暮らしだなんて、誰の尺度での評価なのだろう。障害者がかわいそうだと、誰が決めたのだろう。
十五歳の私と八歳のカミラが二人だけで襲撃できる場所は限られている。死刑制度のないこの国で、殺されるには殺人犯の餌食になるのを待つくらいしかない。冗談のような楽天主義国家に突然現れた例外、私が殺される確率を大幅に上げてくれる希望の星、それがジャスティスマックスだった。なのに、平和主義者を気取っているのか、ジャスティスマックスは私を殺そうとしない。無駄に生かしておくから被害が増えるということがわからないのかもしれない。
水をいっぱいに入れた水筒でドアのガラスを破壊し、職員の注目を浴びる。壁、窓、手当たり次第に傷をつけたり粉々にしたり。女性職員の叫びを皮切りに、福祉施設は怒号や悲鳴が飛び交う戦場へ変わった。
「待て!」
大騒ぎの中、その悪魔の声だけは明瞭に聞こえた。
「この前の病院もそうだったが、ストレス発散のおふざけじゃ済まされないぞ!」
「お姉さんはそんな理由でここに来たんじゃありません! あなたを倒しに来たんです!」
「倒される理由に心当たりはないが、俺が目的なら他の人に迷惑をかけるな! 呼ばれれば行くと言っただろう!」
「えっ? あ、確かに……。あれ? じゃあどうして今までこんなことを……?」
カミラが初めて私の行動の矛盾に気付いた。
「アニカ・ベッカー。君はなぜこんなことをするんだ?」
どうしてこんなことを。正義の味方を気取るヒーローの常套句。返答は用意してある。
「普通の生活もできないかわいそうな人は、いっそ死んだほうがいいから」
ジャスティスマックスが一歩一歩、私たちに近づく。
「普通の生活というのは何だ? ここにいる人たちがかわいそうだと誰が決めたんだ? 死んだほうがいいと、なぜ言えるんだ!」
「知ってるよ!」
目の前まで来てもまだ何か言おうとしたジャスティスマックスを、私の声が遮った。カミラはすっかり怯えてしまって、その瞳を潤ませている。
「普通の生活も、かわいそうな人も、考え方ひとつで全部変わる! 一番かわいそうなのはそれがわからない人! それが私なの! 実際生きてても辛いだけだもの! 私を殺してよ! どうして殺してくれないの? この悪魔!」
ジャスティスマックスは、私の話にもなっていない言葉の羅列を最後まで聞いてくれた。
「俺は人を殺すことはできない」
「宇宙人と私と何が違うの?」
「俺は人間だ。君も人間だ」
「……悪魔」
「……なんとでも言ってくれ。ただ、誰かを巻き込むのはやめてくれ」
黙って聞いてくれるのをいいことに、思い浮かんだ言葉を全て言った私は、放心してその場に座りこんだ。
ジャスティスマックスにタクシーを呼んでもらい、お金まで借りて家に帰ってきた。『返せるようになったら呼んでくれ』と言っていた。
「……泣いてましたよね」
眠る前、カミラが話しかけてきた。
「私が? あんまり覚えてないや」
「いえ、白い悪魔さんが。声、震えてましたよ」
私は気づいていなかった。ジャスティスマックスだって暴言を吐かれれば、人並みに傷つくらしい。




