第二章 仲間にしてほしい少女
私は朝からずっと、自室のベッドでうずくまっていた。ジャスティスマックスを利用する手の込んだ自殺が失敗して一週間。ますます深まる自己嫌悪の中で、私は新たな殺され方を模索していた。どうもああいう正義の味方を相手するには、単独犯では務まらないらしい。古今東西様々な参考文献をグーグル検索で読み漁った結果、私は悪の組織の首領になることにした。
組織を名乗るからには、少なくとも部下と呼べる人物が一人はいなければならない。部下をスカウトするため、私は街へ出た。ラウンドアバウトに囲まれた中央広場まで来て、ある致命的な自身の欠陥を思い出した。私、他人に話しかけるの苦手なんだった。そもそもここには沢山の人がいるけれど、十五歳の私が部下にできる人なんているの? 見回しても、平日昼の広場には休憩中のオフィスワーカーしか見当たらない。
場所を変えよう。ビルの陰になっている細い裏路地を進んでみる。誰かいる気配。そっと覗いてみると、小さな女の子が野良猫の食事シーンをやや遠目に眺めていた。明らかに私より歳下だ。あの子なら話しかけられそう。話しかける私が先手を打てるわけだし。
「ねえ」
「きゃっ!」
多分、私は影が薄いんだと思う。後ろから話しかけるときは大抵こういうリアクションをされるから。
「こんなところで何してるの? 学校は?」
学校はどうしたなんて、私が言えた台詞じゃないけれど。
「私は……家出してきたんです。ミュンヘンから」
両親の厳しい教育方針が嫌になって、今朝の列車でミュンヘンの自宅から逃げてきたのだという。終点のヴァレンシュタインまで来たはいいものの、財布の金が底を尽きて困り果てていたところだったらしい。年齢は八歳だった。
「あの……」
その女の子は『カミラ・ヘンケルス』と鉛筆で手書きされたカードを差し出した。
「こういう者です。お返しはいつか必ずしますから、どうか助けて……友達になってもらえませんか?」
悪の組織の部下を探していたら歳下の家出娘から友達になるよう依頼された。自分でも何を言っているのかわからない。でも、チャンスは逃したくない。
「それはいいけれど、実は私、ある正義の味方の敵なのよねー」
「え? それって、ここのお姫様を守ったっていう、あの?」
揺さぶるつもりだったのに、私が驚かされた。
「ジャスティスマックスを知っているの?」
「はい。ミュンヘンでも有名なので」
「ふ、ふぅーん。その有名なジャスティスマックスの敵と友達になるのよ? いいの?」
カミラはにこっと笑った。
「はい!」
この子、本当に理解してくれたのかな?
「……まあ、そこまで言うなら。私はアニカ・ベッカー。よろしくね」
部下と呼ぶには頼りないけれど、組織の一員ができたところで、早速ジャスティスマックスをおびき寄せることにした。
私が殺された後のカミラのことも考えて、今日はパン屋を襲う。個人経営の小さなパン屋。カミラに死なれては困るから、あくまで私の隣にいてもらうだけ。ナイフを持って、いざ店内に入ろうとしたとき、視界の上からメタリックホワイトの物体が落下してきた。
「ナイフを持って何しに来たんだ? このパン屋は切り売りなんかやっていないぞ!」
「ジャスティスマックス! どうしてここに?」
カミラは初めて見るジャスティスマックスに驚きを隠せないようだけれど、私も先回りされているとは思わなかった。
「ジャスティスマックスの名を呼ぶ人の声は聞き逃さないようになっているんだ。ジャスティス・イヤーは地獄耳ってな」
左耳の部分を人差し指でトントンと叩いて言う。っていうか、ジャスティスマックスって言ったの私じゃん!
「お姉さん、ここは引いたほうが……」
カミラが目一杯背伸びして私に耳打ちする。確かにここは一度体勢を立て直さないと。
「逃げるわよ!」
ジャスティスマックスはパン屋さえ守れれば良しとばかりに、私たちを追って来なかった。別に逃げる必要なんてなかったと気づいたのは、その夜のことだった。




