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黄金を抱いて魔翔べ  作者: ふんばる観察機
1章『旧き金貨が砕けるときに』
9/18

009『だって声を上げたから、こうなったんでしょう?』

 黒セダンが盆地を下り、鉱山町を抜ける。

 鉱山事務所の下に到着した頃には、非番を含める警備兵が武装し集結した。

「オーナー、お手数おかけします」

「状況は?」

 開ける電動ウィンドウ越しに、報告を求める。

「鉱山事務所をバリケして、警備車両を奪い、立てこもり。中に警備兵が捕らわれています」

「確かにヒルロトなんだな」

「間違いありません」

 信用したトヨカワは、木目調のグローブボックスを開ける。

 ユニバーサルホルスターをベルト背に差し込んで、ベージュのダブルスーツの裾で隠す。

 鉱山事務所の坂を、黒革のプレーントゥで登っていく。

「駄目ですよ!! 連中、警備車両を奪ってるんです!! 機関銃でバリバリやられたらたまったものじゃないでしょう!!」

「使うつもりならとっくに蜂の巣だわい。いいから、まずヒルロトと話させろ」

 アローバルから引ったくる錫引きされた古いメガホン。

 細いタイヤ痕の新しい坂道を更に登っていく。

――領民達は、封じられる事務所の前道まで、未だ、よく手入れを欠かさない。

 形見を忘れぬよう、いつまでも残そうと躍起になっている。

 坂道を登って見渡すと、ボコボコになった軽トラには誰もいない。

 窓もカーテンから閉め切られている。

 鉛色の屋根にはドワーフのヒルロトではなく、聖王教会の若い司祭が立っていた。

「どちら様かな?」

 メガホンを構え、朗々と右手を後ろに組んだふりをして、ホルスターの中身に手をかける。

 皺だらけの瞼をパチクリとさせて、瞬きのたびに赤黒い瞳を周囲に散らす。

――包囲は済んだ。脅威は、この司祭だけということか。

 30代前半の背の高い優気な男だ。

 右手に閉じた聖典を携え、白襟を立たせた黒い略服を纏っている。

 その顔をトヨカワは老眼でじっと見上げる。

――怒りと悲しみが入り混じる。

 この魔族の老人を、神座から見下ろし続ける。

「どちら様かな?」

――名乗らん輩と、話すつもりはない。

「私は、聖王教会、財務枢機卿直属、書記司祭の、コルトラータ・ベンガルトンです」

――猊下はよく大熊で例えられる。

 それであればこの老魔族はワニだ。

 一度食われたら骨肉の噛み千切れるまで、抵抗なくなるまで地面に叩きつけて水場に沈める。

 名乗らなければ確実に噛みちぎられていた。

 コルトラータは青ざめる。

「はじめまして司祭様。私が、このヴェルクリス領を運営している、ナミユキ・トヨカワと申します」

――齢75か6といったところ、皺だらけの東蛮の似姿で、仙人のような白髭を生やしている。

 最近の黄金連合や魔導国の使節も着る、シンプルなベージュの背広を纏う魔族の老人だ。

「ところで」

 トヨカワは出た。

「困りますなぁ。そんなところから見下されては。背の低いわしと話すのなら、同じ目線に立っていただけないと」

 トヨカワはソフト帽を傾け、顔を隠した。

「それとも司祭様は、たくさんの信者の前で、壇上ばかりで説法する方が、お得意なのですかな?」

「……!」

 皮肉と侮蔑を尽くした挑発に、コルトラータは屋根伝いに降りていく。

 軽トラのそばまで歩み出たトヨカワに対し、毅然のふりをして立ち向かう。


 玄関扉のドアノブが下りる。

 立て籠もっていた領民が軽トラを中心にして、対峙する老若をとり囲んだ。

 血祭りだと吠え上がるテレークを、爆裂した怒声で制止させるドワーフ親方。

 トヨカワは問う。

「ヒルロトよ。司祭様はお前の差し金か? 金姫と共に聖王教会を脱退したお前が、いまさらこんな若者に頼るとは知らなんだ」

 ドワーフのヒルロトは、食わされた苦虫を砂利に唾棄する。

「そうだ。わしが教会に書簡をしたためた、調停の役にご足労いただいた」

 ヒルロトの言を虚偽だと悟る。

 しかし結果にしろ、部外がいたほうが楽だった。

「まあ……よいでしょう。ではコルトラータ君、あなたの同席を私も同意します。このまま話を進めてよろしいですな?」

 殺意にみなぎる領民の包囲にトヨカワは全く動じることはない。

 大きなメガホンを地面に置く。軽トラのあおりを開けて錆び荷台に腰掛ける。

 小さな星が升目に並ぶ白地のパッケージを叩いて、飛び出したタバコのフィルターを咥える。

 安いガスライターの石を何度も擦った。

「あの」

 か細い声をいっぱいにあげたソラの挙手を、トヨカワは一瞥して無視をした。

「経営陣は本件における一連の行為を、労働争議の準備段階における事態露呈だと判断している。して、経営者たるわしは、お前達にストライキならびに交渉権を与えたつもりはない。それは理解しているか?」

「理解しない。承知も承諾も一切しねえ。ここはヴェルクリス公爵家の領地で俺達の故郷だ。俺は魔族の事を差別はしない馬鹿にもしねえが、それでも貴様のような拝金主義者がヴェルクリスの城を乗っ取って、俺達から鉱山を奪う道理があるわけねえ」

「そうだ!」「そうだ!」と歓声が挙がる。

 この御旗の雄々しい翻りにコルトラータは感涙し、聖典を持つ右手に力を込めて頷く。

 しかしソラは、直感でまずい流れだとわかった。

 一団を離れて丘の下を覗く。

――警備兵は複数の軽トラを盾に展開して、待っているだけだ。隊長格が軽トラの一台に身を入れて何かやりとりしている。

 軽トラに積載される無線越しに、この会話を聞いているのだろう。

 ヒルロトはなお断ずる。

「黄金連合だかゴボウレンコンだか知らねえが、金の亡者はすぐに出ていけ。俺達に鉱山を返せ。そうすれば治まろう」

 また、歓声が沸き立つ。

 白熱する一団との温度差に、ソラの両腕に荒ぶ寒気を感じて身震いした。

「言いたいことは、それだけか?」

 トヨカワは静かに、冷ややかに、タバコの灰を風任せに落とした。

 領民の歓声を背にして、ヒルロトが御旗に立つ。

「してコルトラータ君。この証言をどう思われるか」

 トヨカワは紫煙をたっぷりと吐く、沈怒の目をコルトラータにつけた。

 コルトラータは正義を信じて、判決する。

 熱い信念に反比例して、トヨカワに対して冷たく言い放つ。

「ヒルロト殿の言がこの場で最も尊ぶべき、人間の言葉であると認める。故にトヨカワは速やかに領を離れ、魔の地へと帰るべきである」

 そして交渉は決した。

 吸い殻の火を革靴底で消し潰すトヨカワは、ゆっくりと、いよいよ立ち上がってメガホンを取る。

 この熱き意志に、負け犬の遠吠えを吐いてくれるのかと、ひどく期待が待ち望む。

 ソラにはわかってしまった。

 これは『交渉』ではないと、『裁判』だと気付いてしまった。

「お願いやめて!!!」

 トヨカワはメガホンで負けを認める代わりに、ヒルロトの脛を撃ち抜いた。

 脛だけでなく、右大腿を、左上腕を。逃げようと渾身に入った左手の甲をも撃ち抜いた。

 トヨカワの右手に握られるハマダ自動拳銃は、ヒルロトの致命傷をあえて外してパンパンと撃っていた。

 勝利の確信からまさかの暴挙。

 マカロフを弾こうとしたテレークの眉間が、遠方から撃ち抜かれる。

 鉱山事務所の左側の斜面を探す。

 しかし狙撃手はもう移動済みだ。

 少なくとも3組が展開しているのは、銃弾の斜角から明らかだ。

 狙撃は続く。

 武装する限り、老若男女を問うことをしない。

 鉄の悪臭と脂に満ちた血溜まりに、次々伏していく。

 生き残ったのは武装を途中で投げ捨てた者が8名だけ。

 仰向けに倒れるヒルロトが、息を荒げて空を見上げるばかり。

 コルトラータは激昂する。

 言葉として成立していない非難と断罪の限りをトヨカワに投げつけて聖典を黙唱する。

 浄化のための光球を溜め始める。

 

 虐殺のトヨカワは、唯一無二の正当性をメガホン越しに、ヒルロトとコルトラータへ言い渡した。

「ヒルロト一派にストライキ権も交渉権も存在しない!! 故に、その言葉に正義は存在しない!!! 契約条項に基づいて、かの者らは懲罰の対象である!!!」

 契約の悪魔に対して放ちかける『セラトロン』が、7.62mmライフル弾のたった一発であっという間に霧散する。

 聖典と一緒に、コルトラータの右手が撃ち抜かれた。

 そうしてトヨカワは、やっとソラへ目を向ける。

 土気色になって絞られる彼女の瞳を洞察する。

――マルファと齢の変わらない、童顔の娘だ。

 しかし彼女だけが、この正当性をよく理解している。

 コルトラータという稚拙な失格者よりは、話になるようだとトヨカワは判断した。

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