008『私はデクスです』『私がシニスだ』『『一緒くたにしたなテンプレ野郎』』
若葉色の女がカーテンからわずかに身を出しているのを、トリヌは見逃さなかった。
「先に行け!!」
軽トラから飛び降り、真っ先に茂みに転がり込む。
立ちはだかる領民に見つからないよう、右横に周る。
「お前達の指図はもう受けん!!!」
髭を剃ったドワーフの怒声が響き渡る。
コルトラータとソラにその場を任せた。
軽トラに注意を引きつける隙に、トリヌは裏手の地下に降りる。
開け放たれた脱出路を見つけて、周囲を瞬時に確かめていく。
――足跡も女ばかり4人分、それも真新しい。
しかし、空気を際限なく吸い込むのを頬で感知して追跡を諦める。
裏手の山肌に坑道の入口でもないか、トリヌは必死だ。
「どうか落ち着いて!!!」
コルトラータが叫んでいる。
タコ殴りの目に遭いべーべー悲鳴を上げている軽トラに、ソラだって泣き叫ぶ。
――あいつらはあいつらで何とかする。
今追いかけないと、『災仙』の手が霧中に消えてしまう。
自然に還ろうとしている茂みの中に、朽ちた木製レールを見つけ出す。
綿花で埋められる選鉱設備跡から、山肌に向かって伸びている。
注意しながら登っていくと、塞がれた大きな坑口に辿り着いた。
『ヴェルクリス西斜坑 天聖王283年11月27日採掘開始』という銘板が、もうすっかり緑に錆びついている。
坑口横にまだ新しい大きな祠がある。
黒底石に刻まれるその大半がかすれて読めないが、1500柱ほど刻まれている。
思わず苔を毟る。
最新49名が462年9月に刻まれたことまでは確認できる。
別の黒い石板はこう詩う。
『黄金の地に眠る者たちへ』
感傷を刹那と振りほどくと、どうにも出来ないとショートソードの柄を叩いた。
「何か道具は」
倒壊した管理小屋を見つけると、クラックハンマーを見つけて掘り出す。
朽ちゆくもオーク柄の健在を確かめて、握りしめる。
レンガの上からコンクリートの塗られた封鎖を、まずは上段から、そして遠心力を加えて中段と下段から、さらに遠心力と腕力の限りを尽くして大剣を扱うように薙ぎ払う。
とうとう一部が破れると、西斜坑への侵入を果たした。
ショートソードを抜く。
まずはじっと、先の闇を見張る。
視界の慣れていく間に、深部にわずかな光を感じた。
風の入る様子はそこまでなく、空気の淀みも感じられない。
――どこか、そう遠くないところで外と繋がっている。
フードを脱いで、褐色の耳を澄ませる。
その深部の光へ、軽い4人分の足音を確認できた。
そのうち1人の少し重めの足取りはとても朧気だ。
手負いか、本調子ではない女の足音だ。
トリヌの熱を感知して寄ってくる、ズリ入りの小さなスライムを、迂闊にぶちりと潰してしまった。
――ばっちー。
ローブの裾で靴底の残骸を拭う。
4人の足音が、奥の陽の当たる開天井の地点で停まっている。
4号準幹の脇に隠れる。
空気も動かぬ緩慢の動きで身を乗り出すと、陽の光の中身を確認する。
「肩車して」
アウレリアと、黒革のボンデージを着る若葉色の女がいる。
聖都で収監されているはずのアウレリアに驚くも、問題は破廉恥若葉色女の方だ。
――なぜ、冒険者ギルドの受付嬢が?
同じような破廉恥を着る、淡桃髪をボブに揃えた双子の娘を連れている。
俯くアウレリアを心配して、左右から背中を擦ったり、手袋を脱いだ手を額に当てたりしている。
少しの後、若葉色の女が右人差し指で小さな火を出して観察し、そのままランプに点けた。
「リーン様」「音がします」
――気づかれた。
「アウレリアを任せます」
ソラの同僚と全く同じ、少し重くかすれた声色だ。
アウレリアを連れる双子が、穴底へ伸びるレール付の螺旋階段を降りていく。
沈黙が経った。
若葉色の女は両手武器を、殿として待ち構えている。
――オレから出るしかない。
地面を蹴っ飛ばし、電光となって突っ込んでいく。
下段から鏃と突き立てるショートソードを左の得物で外に流された。
打突してくる右の得物をかわしきる。
ようやくトンファーと理解したトリヌが、間合いを広くとって坑口方向に下がる。
女があえて瞬きをする直前に猪突する。
電光石火を繰り出して女の真っ直ぐ正面へ、全く水平を保ったまま刺突の一手をかける。
ショートソードは黒革を深く掠る。
坑壁の直前で転換するために腰を捻って壁を蹴っ飛ばし、今度は宙から刺突をかける。
女のわずかな回避に対して、左の回し蹴りをその腰に叩き込む。
しかしトリヌの左足は逆手のトンファーで受け止められ、左脛に亀裂レベルの激痛を与えてしまった。
「あーあ、これ一張羅なのに。ひどいことしますね~」
腰を深く裂かれる出血を、治癒魔法で止めていく。
そのままトンファーを腰に収める。
スライドを壁で押し切ったPM-63短機関銃を、挫けるトリヌの額に突きつけた。
眉間を悔しさに歪ませてトリヌは見上げる。
女は左手に手榴弾を軽く握っていて、抜いた安全ピンを左小指で回して遊んでいた。
ピンヒールを加える高身長から、トリヌを高くから見下ろしている。
「私も急ぎますのでー。これは引き分けって、ことにしてくれません~?」
「……聞いていいか?」
「駄目です。自分で知って下さーい」
煌々と灯っているランプを、トリヌの目から逃さぬよう手前で置いていく。
残りの魚油をゆっくりと引火しないように撒き散らして、螺旋階段を下っていく。
1000年近い重厚な石造りは、石膏ボードと壁紙で強引に明るい室内へ変貌している。
角張りの卓上電話機が、書斎でよく鳴っている。
――これは、どうすれば良いか。
フロックコートの老人は、5コール目でやっと受話器を取り上げる。
「もうし、もし」
――魔導国の不思議な科学道具にまだ慣れない。
『あ、執事さん? 警備のアローバルです』
「アローバル殿。どうなされましたかな?」
――慣れないものは仕方がない。
80なりに朗々の声で用件を伺う。
『大変ですよ。鉱山事務所に集まった領民が警備兵を人質に武装して立てこもっています。それでオーナーに判断を仰ぎたく思いまして』
「ただいまお呼びいたします」
その場で傅いて、受話器を白いフックに戻した。
再び鳴り始めるベルにけたたましさを感じながら、庭でくつろぐ今の城主を呼びに廊下を静かに進む。
「ねえパパ、泳がないの? 涼しいよ?」
藍色のワンピースの水着を水浸しにする、灰髪を長いワンレングスにした面長の美少女だ。
白い磁器タイルで組まれた熱いプールサイドを裸足で歩いてくる。
「老体にはこのぐらいの暑さがちょうど心地良いのじゃ。それよりマルファや、お前もちょっとは休まんと、今に溺れてしまうぞ?」
白髭を蓄える魔族老人が、日傘の下で寝転んで笑っている。
「そしたらパパが助けてくれるんでしょ?」
「もうわしは齢なんだよ。マルファとて、もう子どもではない」
少女が老人の横にラタン椅子を引きずって座る。
足元のクーラーボックスから氷に浸かっていた缶を取り出した。
その冷たさを手肌に感じながらプルを切る。
「おいこら」
「だって甘いの苦手だもん。それにこっちのが喉の刺激がすごく気持ち良い」
「……医者の提案とはいえ、不味いノンアルコールに変えて、ある意味で良かったわい」
魔導国に残った主治医に、恨みと感謝と脳内での鬱陶しさをよく噛み締めた。
「父さん」
マルファが清涼を感じるところに、テクノカットの少年が、ノートと筆箱を携えてやってきた。
「おお、ロブレット。もうそんな時間かい?」
「うん。その時間」
「ここでも良いか?」
「マルファ姉がうるさくなければ」
灰髪の少年が、同じ色のワンレングスを親しみを込めて睨む。
「うむ、うるさくするんじゃないぞ」
老人が畳み掛けた。
「私だってガキじゃないんだから、今更ギャースカ言わないよ!」
それがギャースカなのだとロブレットはしんみり思う。
しかし約束はいつも守ってくれるので、テーブルにノートを広げた。
「ところで、前回はどこまでやったかな」
「テルセスタン銀行が発行するミスリル硬貨と魔界のルーブルとの信用建ての方法の違いを……」
マルファは無言と一緒に飲物を飲み干し、再び飛び込み台へ登ろうとした。
「約束するんじゃなかった」
――政治とか経済とか、そういうものは全くわからない。
だが弟が足りないものを補ってくれるのなら、その成長を守るだけだし、そのために爺さんの趣味に合わせるまでだ。
管パイプのタラップに手をかけると、老執事が、優雅な趣を保ってマルファにお辞儀した。
「あ、どうも」
会釈を返す。
「堅苦しいなぁー」
そのまま飛び込み台の一番上まで登ってしまう。
教鞭を執る魔族老人に対して、老執事は恐縮して傅いた。
「ご無礼をお許しくださいませ。ただいま、警備のアローバルよりお電話が入っております」
「ロブレット、すまんが今日はここまでだ」
「はい、父さん。ありがとうございました」
使い込んだノートの背表紙を揃え、離れの自室に機嫌よく戻っていく。
バスローブを羽織る老人だが、優美に先導する老執事を早速バタバタと追い越していく。
使用人部屋近くの電話を慌てて掴むと、アローバルへ4桁の電話番号を叩いた。
『ストライキです。警備兵を人質に鉱山事務所に立て籠もっています』
「誰が扇動している」
『ドワーフの親方ですよ』
休憩中だったところに挙動るメイド達に、背広の用意を手で示す。
「わしが直接行くから、それまで手を出すな。逃げようものなら撃て」
『了解しました』
受話器を下ろした電話台に立ったまま、メイドの用意したYシャツに腕を通してカフスを留め、幅広の濃紺と白のストライプになったネクタイを自ら結ぶ。
リネン地で仕立てた軽涼なダブルボタンに、ソフト帽を被る。
若いメイドがダブルボタンを留めようと無言で目の前に跪いたが、老人はこれを断った。
動揺するメイドを再び立たせて、「ありがとう」と会釈する。
最後に、メイド長がキーホルダーを手渡した。
「行ってらっしゃいませ」
「うむ、行ってくる」
そのまま玄関を出る。
真新しいガレージに停める黒セダンに乗り込んで、イグニッションを回す。
久しぶりに魔素ガスを噴射されるエンジンの、2,960ccの余裕を耳にかみしめる。
左手でドライブレンジに入れ、太いパワーステアリングを右になんなく回す。
町への石畳が傷まぬよう、アクセルをゆっくり踏んだ。




