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黄金を抱いて魔翔べ  作者: ふんばる観察機
1章『旧き金貨が砕けるときに』
10/18

010『プレミアだってダブつくと、ワゴンセールでも売れ残るのよ』

 トヨカワが咳払う。

 メガホンを持つ左拳を後ろ手にすると、やっとソラを存在させた。

 右手のハマダ式拳銃を、少なくともソラに対して向ける気配はない。

「君もシュラヴィが、とても恐ろしい口かな?」

「……はい、恐ろしいです」

 ソラは喟然に躊躇って答えた。

「それはシュラヴィが、魔の者だからかね?」

 トヨカワの赤黒い瞳が、ソラを捉えて離さない。

「異なる常識と、異なる倫理の下にあるからです。それを『魔』と呼ぶのであれば、私は確かに魔を恐れています」

「わしには異なる者より、語ろうとしない人間のほうが、よほど恐ろしいと思うがね」

 トヨカワは喟然に、しかし戸惑いはなく答えた。

「ではトヨカワさん。あなたは私が恐ろしいですか?」

「そうだね。しかし別の意味で恐ろしいよ。だからわしは、こうして君に発言を許した」

 ソラはまっすぐトヨカワを向いた。

「では、お伺いしてもよろしいのですね」

「そこらに転がる、馬鹿どもへの返答も兼ねて良いのなら」

 トヨカワが一瞥すると、ヒルロトが激痛でわずかに呻くだけだった。

「ではお聞きします。あなたは本当に黄金連合の手の者ですか?」

「仮に、そうだと言ったら?」

「だとしたら、あなたは狂気に侵されていることになります」

 ソラはこの魔族の凶行に、全く狂気を感じない。

「わしは黄金連合から領地の払い下げを受けただけの老いぼれだよ。実業家には違いないがね。連合さんとは確かに根深く付き合っておるが、これは別物だ」

「なぜ払い下げを? 魔族との戦争が続いているのですよ?」

「戦争はもうすぐ終わる。だから今のうちに宙に浮いた権利を手に入れて、ここを保養地として開発しようと思った。ついでにわしの終の棲家にしようと思ってな」

 鉱山事務所の周辺でも生い茂る木々や遠くの山肌、そして黄昏に染まる空。

 今やこの魔族の財産だ。

「ヴェルクリスとは、赤道近い熱帯地域なのに随分と清涼だ。それにな、あれだけの金が採掘できるということは、温泉もおそらく出るとにらんでな。手は早いほど良い」

「それで、温泉は出ましたか?」

「それについては期待外れだった。ここらはもう死火山だった。効能のある冷泉は多少出たがな。……まあ、沸かして入るより、そのままプールに使うのがちょうど良い」

――この問いしかない。

 ソラが可憐の声を張った。

「では、ヴェルクリス領に遺された価値というのは従来通り鉱山しかないはずです。あなたはここを、金以外掘れないものと思っているのですか?」

 トヨカワはやっとホルスターへ納めると、顎髭を撫ぜながら答える。

「わしだって知識こそ持ち合わせの少ないがな。代わりに財力があるし、事業の資料だって山程譲られた。有能な学者を雇って調査と検証を行うことは簡単だ。金を上回るほどに銅や錫が産出できることは科学的にもわかっておる」

「では、なぜ大して育たないケシ花や悪質の綿花なんかを、領民に育てさせているのですか?」

 核心を問う。

「ほう。それを聞くのか」

「はい、お聞きしています」

「なぜ聞いた?」

 メガホンを置くトヨカワは、後ろ手でソラへ近づく。

「あなたは先ほど、私に発言を許しました。そして事実、質問に答えてくださっています。ですから、これも答えて下さい。納得の行く答えを」

「……ふむ」

 トヨカワは後ろ手を前へ組み直す。

「少し長くなるが、それでも良いかな?」

「構いません。聞かせて下さい」

 ソラの許可を得て、「そうさな……」とばかり、トヨカワは辺りをゆっくり歩き回る。

「前提としてお聞きするが、死呪金貨といったか……あれが出回る前の物価というのを覚えているかね?」

「物価、……ですか?」

「例えばそうだな。馬の値段は、いかほどだったろう」

「えっと……」

「……聖王金貨ですと、75枚程度です」

 非常用ポーションを飲んで治癒していくコルトラータが、冷静を取り戻してソラに助言する。

「75枚だそうです」

「ふむ。ではその10年前の馬の値はいくらだったかな、コルトラータ君」

 今度はトヨカワが、助言者としてのコルトラータを認めた。

 コルトラータはすかさず応える。

「5枚です」

「5枚? ……え、それって」

「天聖王520年頃に金貨5枚で手に入った馬が、10年後には75枚も必要になっている」

 ソラの計算と、それに基づく予測は絶している。

「つまり死呪金貨の大災厄がなくとも、黄金は地の底に堕ちる運命にあった。ということですか?」

 コルトラータは愕然とする。

「そう。死呪金貨の直前には、聖王金貨は年31%ものインフレーションが発生していた」

 トヨカワがわずかに首を振る。

「崩国に至るだろうこの問題が表立たなかったのは、教国勢力圏の経済が多大な犠牲を伴いながらも上向きにあって、なおかつヴェルクリス領が馬鹿みたいな産出量を維持し続けたからだ」

――これがヴェルクリス領が堕ちた第一の理由。

「……これが、鉱山を閉めさせた理由ですか」

「そうだ」

――得心を得る。

 しかしまだ、事項は残っている。

「わかりました。まずは半分、納得しました」

「残りの半分を答えるかね?」

「はい、トヨカワさん。あなた自身の言葉で、ヒルロトさんに答えて下さい」

 それが最良だ。

「無駄だと思うがな」

「それでもです」

 ソラは後を、トヨカワとヒルロトに任せた。

 回復しきったコルトラータの腕を引き、使命感を思いとどまらせる。

「アウレリアに逃げられた。そっちは決着したのか?」

 左足が折れて現れるトリヌを、ソラとコルトラータで鉱山事務所に連れて行く。

「あの支配者を潰すんじゃねえのかよ」

「あとは彼らの問題です」

 そうして残るのはトヨカワとヒルロトだった。

「ではヒルロトよ、お前は西の斜坑が稼働していた頃より選鉱技術者として働いていたそうじゃないか」

「……それがなんだってんだ」

 動けなくともヒルロトは噛みつく。

「金鉱石の放つ黄金の色が好きでたまらないのだろう」

「だからなんだってんだ!!」

「愛おしいのだろう」

「ああそうさ。愛おしくて今は恋しい限りだ!! それを貴様が奪ってくれた!! 事業が不採算なのはわかったさ、だが俺達にアヘンを作らせて、死ぬギリギリまで餓えさせる道理はねえ!!!」

 トヨカワは残酷の現実を答える。

「お前らは黄金をケツに敷きっぱなしでおごりと贅沢が過ぎたのだ。だから奪ってやった。そのままではかつての威光に自滅していくばかりだったろう。それに飢えたところで死ぬことがないようには、手心を常に弁えていた」

「手心だぁ!!? ふざけやがって!! 俺達は俺達で食っていく!!! もう貴様の指図など」

「アウレリア・ヴェルクリスの指図なら受けるというのかな? だがあの娘も、わしの成り代わりになるだけか、それか若さに負けて無能に墜ちると思うぞ」

――そのアウレリアをよくは知らないが、善き主なら、わしと同じ残酷を示すだろう。

「アウレリアお嬢様を愚弄するか!!! アウレリア様は、黄金を愛しておられる!!!」

「アウレリア嬢を愚弄しているのは貴様だ馬鹿どもが!!! いつまで黄金色の白昼夢に浸っていやがれば気が済むんだ!!!!」

 再び剥かれる浜田式。

 三度目の激痛を予感してヒルロトが無意識に身構える。

 眼下に構えて、トヨカワは続ける。

「確かにわしは、貴様らを貶すために枯れかけのケシを栽培させている。そして当然、近場の聖王は黙ってはいない。ケシの栽培の作業をしているのは貴様らだ。貴様らが加担しているのだ。貴様らが考えず、黄金に浸かりっぱなしで何もしないからこういうことになった。なにより最初の交渉を全く放棄した。これは貴様らの無責任が招いた最悪だ」

「交渉などなかった!! 常に貴様の盤の上で転がされるばかりだった!!!」

 ヒルロトは認めない。

「わしは一番最初に交渉のテーブルをしっかり用意していた。なにせわしも良好な関係を築きたいばかりだ、日時も伝えていたはずだ。しかしヒルロト、貴様はその弁があるにも関わらず領民を代表し臨もうともせず、金鉱に戻って採掘を続けるばかりで、しかもわしを愚弄した。よって領地の権利をもってわしの思う通りにさせてもらった。放棄したのは貴様だヒルロト」

 無駄だった。もはや対話を否するドワーフに、余地はない。

 手負いなどさっさと撃って、決着させる。

 恰幅の良い腹部を撃たれたヒルロトは痛がるばかり。

 トヨカワの諭しなど、もうどうでもよいのだ。


 狙撃班の報告を受けていたアローバルがトヨカワを出迎える。

「行方不明のゲッペイ組ですが、最後の応答をした辺りで縛られていました」

「そうか」

 黒セダンの運転席に座り、やっと脱力を得るトヨカワだ。

「それでですね……領民の何人かが教国への街道を登っていったと」

「わかった。脱走者については捨てておけ。もう間に合わん」

「しかし」

「それがわしの限界なんだよ」

――理解をしたくないほどの無能だ。

「それよりアローバル、お前はクビだ」

「やっぱ、そうっすよねー」

「そうだ。警備兵としてお前達は役立たずだった。だからさっさと逃げなさい」

「どうするんです?」

「どうもしない。2日もすれば、ここに神を信じる狼どもが群れをなしてやってくる。そいつらに食われたくなければインクラインで下りろ」

 唖然とするアローバルへ、苦笑いのトヨカワが頼んだ。

「マルファとロブレットを適当に騙すから、アタラクトの黄金連合支部に誘導してくれ。シルバー冒険者と見込んで依頼する。頼んだぞ」


1章完

お楽しみいただけたかな?|巴・ω・)だいぶ以前に書いたのだから、もろもろ拙いけれども。

『ミツバチ社畜お姉さんの対ファンタジーライフ』と、交互で続きを書いていく感じです。

ということで(これ20日に予約した投稿なので)そろそろミツバチの3章を出せるかな?

地獄絵図ばかりですけど、楽しめそうならなによりです|巴・ω・)よかった

追記 明日28日からはミツバチ社畜お姉さんの3章をどうにか。途中で止まらないよう急いでます。

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