↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄金を抱いて魔翔べ  作者: ふんばる観察機
1章『旧き金貨が砕けるときに』
6/18

006『異世界じゃ精密な器械って貴重なんですよ~? 高いんですよ~?』

 手続き上の問題がないことを確認し、受領の印章を捺す。

「あのじじい、アウレリアをどうにかして何があるんだ?」

 ベンカントの署名が入った正式な令状に、衛士長が首をかしげる。


 地下の牢屋に、異端審問官と上級拷問吏ら計4人を通していく。

「ザナディニアの守り手が『金姫』の尋問に協力してくださるとは、聖都としては情けない話ですが、私としては光栄ですよ」

 中年の衛兵についていき、同年代の異端審問官は笑う。

「さようか」

 黒ローブで姿を隠す若葉色の上級拷問吏は、若い女であることは明白だ。

 側仕えの拷問吏2人も年若い娘だろう。

――無垢に盲信と矛のみを与える、末恐ろしい。

 中年の異端審問官は顔をしかめる。

「ところで上級拷問吏殿、いかように『金姫』を責め上げるのか」

「どうせ死罪は免れぬ。だから手足を落とすぐらいのことはする」

 ますますと、神官服の中の股間が縮み上がった。

「あの」

 中年の衛兵がアウレリアのみ入った牢房を指し、審問官に鍵束を預けた。

「自分は結構ですので。いかようにもしてください」

 そそくさと牢屋の扉を閉めてしまう。

 房の中では海老反りに吊るされたアウレリアが、威嚇の猫か狼かライオンか、とにかく唸っている。

「かつては栄光にあった華やかな公爵令嬢も、今は神をも背信し穢らわしい野盗となり、ただの獣と堕ちたか……」

 異端審問官にも思うところはあった。

 しかし、その罪は相応に返るべきとも正義感があった。

 3人の拷問吏の言うとおりに、房の檻を閉める。

 まもなく始まる、絹を裂くような純潔の悲鳴を背に、ことが終わるのを切実に待ったのだった。

 鞭に次々剥かれていくアウレリアは、最期に雷撃のような衝撃を食らったのだった。

 ――私が何をした。

 アウレリアは憎んだ。怒った。

 ――無駄だ。叫んだところでもう誰も助けない。私は触れてはいけないものに触れてしまった。

 もう、終わりだ。

 終わり。

 おわ り



 ……ふざけるな。

 終わるなんて嫌だ!!!!


 真白いシーツからアウレリアが飛び起きる。

 口元を塞ぐ分厚い覆面を引っ剥がした。

「アウレリア様……!」

「ばあや……? ……ばあや!!」

 ホース付きの覆面が板張りに落ちる。

 痩せる老婦に抱きついたアウレリアが泣き止む頃に、ようやく状況が見えてきた。

「ここ、ヴェルクリスのお山?」

――ふかふかでちくちくする……。

 綿花を敷き詰めシーツを張っただけのシンプルなベッドから、覆面の正体を見る。

 分厚い馬革。両目の部分は脂でコーティングしたレンズが嵌められている。

 伸びる革ホースは背負い紐のついたバルブ付きの大きな銅円缶に繋がれている。

 坑内作業用の酸素ボンベだとわかった。

「それにしても……」

 真新しいチュニックのボタンを剥がして、体をよく観察する。

 折れた肋骨も砕けた膝皿も元通りだ。

 胸下部にあった鞭の大きな裂傷も消えている。

 痛みこそまだ鋭く残るも、治癒魔法で無理やり治したせいだとわかった。

「……私なんかのために、身代金を支払ったの? 治療費まで」

「まずは、よくお眠りくださいまし」

 アウレリアの問いを、ばあやは優しく横に払った。

「ばあやはこれより、お嬢様が目覚めたことを皆へ伝えに下ります。今は皆がアウレリアお嬢様をお守り致します」

「……」

「よろしいですね?」

「わかった」

 粗末で簡素な扉が閉められた。

 と、すぐに開いた。

「目覚めましたか~?」

 ボリボリと黒糖コーティングの焼菓子を、白い頬一杯に張っている。

 白綿のチュニックの下に、意味不明なほどタイトな黒革衣装をつける。

 若葉色のおさげを肩に垂らす若い女が、ずかずかとアウレリアに歩んできた。

「……お医者?」

「ではありませんが、医術の心得は一応ありますよ~?」

――まあ、動けるようになるなら一応の問題はない。

 法外な治療費を請求するなら、即刻叩き潰すまでだ。

「あまり怖い顔しないでくださいよ~。私はこれでも弱いんですから~」

 破廉恥の後腰にT字の何かを、左右互い違いに差している。

――トンファーという東方蛮族の武器だ。

 紫檀だろう、荒く削って作られている。

 もう1つの得物は……、ブーメランにしては分厚すぎる。

 容態をより詳しく見るため、若葉色が腰を捻って見えると、それが魔の銃だとわかる。

 後腰へ視線を感じて慌てて離れる若葉色の女は、扉すぐのチェストにベルトごと置いた。

 ふりふりと、わざとらしく振り尻に歩く後ろ姿に、感づいたアウレリアが殺意を蘇らせた。

「牢屋じゃよくも愉しく滑稽に散々ぱら痛めつけてくれたわね!!!」

 脳内のアドレナリンを一気に活性化させた。

 そばに置かれた血圧計を器具ごと握りしめて吶喊していく。

 しかし、膝を突き刺すような激痛が加わってよろけてしまう。

「ぐぇへッ!?」

 いつの間にか仕掛けられる透明の障壁に、ヒキガエルの鳴き声を情けなくあげる。

 そうして激痛に再び沈んだ。

 血圧計が割れ、黒い水銀が板張りにいくつも玉を作る。

「知ってますか~? 血圧計って、ドワーフでなく人間の職人が精確に造るからとっても高いんですよ~? それこそミスリル硬貨2枚ぐらいにはなります~」

 銀匙で器用に集める若葉色の女が、何重の紙片に入れていく。

「うるさい!!」

 扉を留め置くだけのドアノブが横にスライドする。

 同じ年頃の、やはり同じような衣装を着る淡桃髪の双子少女が、タオルと水桶と食事を持って入ってきた。

 悶えの激しいアウレリアの顔が、怒りの真っ赤を羞恥の真っ赤に染め直した。

「まだ寝ていないと」

 ヒキガエルの死骸になっているアウレリアが、双子がかりでベッドに戻される。

 少女の右片方の介助をなし崩しに受ける。

――雑穀とムング豆とバナナとケールと、わずかにヤギ肉の入ったヤギ乳のクリームシチュー。

 眩い銀スプーンで少しずつ飲まされる。

「うまいか?」

 左片方が槍目をアウレリアに向けている。

 鋭利だが、心配の入り混じる色を感じて、少なくとも安心できる。

「薄い……」

――ばあやの手料理だろう。相変わらず塩気が足りていない。

 坑道を掘る男衆が不満を口にするが、ばあやにとっては健康の秘訣だという。

「大人しく寝ていろ」

「……はい」

 こうしてアウレリアは、やっと大人しくなった。

「あ、そ~そ~。すっかり忘れていました~」

 出ていこうとする若葉色の女が、黒革の踵をアウレリアへ向き返す。

 胸元から引っこ抜く初代聖王の古代金貨のペンダントを、アウレリアの首にかけ直した。

「拾ってきてくれたの?」

「衛士長さんから~、形見だろうから副葬してやってくれと頼まれまして~。本当は駄目なんですけどね~、罪人は何かを持ったまま神の審判に立っちゃ駄目なのに~」

「……そう」

 アウレリアは深く俯く。

 俯いてから、傷だらけの表面についたくすみや汚れを吐息と袖でよく拭いていく。

――聖王などもう信じないが、でもこの金貨だけが最後に遺る。

 チュニックの胸元にしまう。


 ヴェルクリス峠の、荒廃した道への分岐に馬を置く。

 ソラとトリヌとコルトラータが、煮え湯で満腹なベンカントに言われて、アウレリアの襲撃地点を探っている。

――金姫のアウレリアの率いるアウレアールム団は、閉じられた金鉱をアジトにしているはずだ。

  道脇に除かれた横転の霊柩馬車を漁って、辺りを見渡す。

 苔生した道標。

 松の茂る、かつての公爵城が、停まったように見えている。

 軽い坂道を降りる。

 センダンやユーカリの生い茂る、ズリ山の合間を抜ける。

 聖都の内海から流れ出して洞窟を抜けるヴェルクリス川が、その盆地にある大きな鉱山町へ到達する。

 自然に戻っていく廃道を、トリヌの手を借りるソラがやっと歩いている。

「すみません」

 先頭のコルトラータにとって、ソラは足手まといだ。

 しかしトリヌがフードの奥から睨みつけると、コルトラータは黙って前方に顔を戻したのだった。

「本当にまだ住んでいるんですか?」

 事務仕事に最適化されるソラの細足に真新しいローファ。

 靴下を挟んで、靴擦れを起こしている。

「黄金連合が連れ出していなければな。オレも全然信じてないが」

 木陰を介して、フード越しに太陽が透けて見えている。

「おい、これ本当に人住んでいるのか? 人道はここだけだろう」

 トリヌの言に、ソラも嘆く。

 これは獣道だ。

「産出される鉱石は川に浮かべた無人の筏に載せて、下流のティーバートやアタラクトの港で回収するのです。この道がなくとも、ヴェルクリス領の者には問題ありません」

「逆はどうするんだよ。お前のいうような大きい町だったら、こんな道じゃ、とてもやりきれないだろう」

「舟ごと上流に登るためのインクラインが川沿いに敷かれて、ティーバートを中継してアタラクトまで続いています。それが物資を載せて上流へ運ばれている以上は、まだ領民は居住していますよ」

 しかしコルトラータも半信半疑だ。

 以前からの報告では、上りのインクラインに積み込まれる物資は雑穀だけで、他の生活必需品がほとんどない。

 下りてくる筏の中身の情報が、コルトラータでもまったく掴めないことが引っかかる。


 しばらく歩んで、人の気配をようやく見つけた。

 何だったら筏の中身も推測しえた。

 両脇のズリ山の斜面が緩やかになると、雑草も綺麗に除かれた手入れの良い畑になっていた。

 等間隔に植えられる淡緑だったり黄色の株は、直径6cmから大きくても14cm。

 葉は鋸歯をもって、内巻き気味の長楕円形で最大は6cm程度。

 短い茎は直立できず、白く粉の吹いた畑に、放射状に葉を潰してへばり付いている。

 朽ちた株痕か。ひび割れて銀粉の撒かれたような畑は、ところどころ虫食いになっている。

「ケシのようですね」

 観察したコルトラータが言い当てた。

「ケシ……アヘンの材料ってことですか?」

 貫くような悪寒をソラは覚える。

「これは芽が出て1ヶ月ほどでしょう。育ちはよくなさそうですが、これでも高値の麻薬が出来ます」

「聖都やティーバートの貧民窟で流行っているやつか?」

「整合するに、そうでしょうね」

「……くそ!」

 言葉にならない悪態に呻くトリヌが、ケシ畑に吐き捨てる。

 道端に置かれた大八車に、いくつかの小鎌や手鍬を見たコルトラータが声を潜める。

「領民に見つかってはなりません」

「だがな。こんなのに加担させるわけには」

「今は抑えなさい」

 ガラガラと、何かが素早くこちらに向かっているのにソラが気づく。

 先に気付いたトリヌが、2人を未開墾の茂みに入れる。

「あれは?」

 魔界軍のポビック……いや、魔導国製の小さなトラックだった。

 錆の浮く白ボディに、まだらに白くなった黒い樹脂バンパー。

 横に長細い電気のカンテラが、双瞳として前だけを見ている。

 錆つきの荷台の下につく鉄の心臓から、穏やかな吐息の音が繰り返されている。

 乾いた圧縮音。わずかな金属振動が混じる。

 低く軽い脈動が、懐く犬のように静かに震わせている。

 黄色い登録ナンバープレートに意味を求めるも、ソラの出張りすぎを、トリヌが強引に茂みへ押し込んだ。

 キャブオーバーレイアウトの運転席に、チュニックを着たオーラ人の青年が乗っている。

 開けた窓から双眼鏡で、拓けた畑を監視している。

 カラシニコフPKM汎用機関銃を握る麦わら帽子を被る魔族の大男が、荷台の上から、小さな双眼鏡で見回している。

「こらーレックス、あんま遠く行っちゃだめだって」

 番犬の無軌道に大声をあげる小ざっぱりな日焼けのエルフ女が、AK-74の負い紐をカバンを持つように遊ばせた。

 コルトラータはエルフ女に目を細めて容姿を確認する。

――聞き及んだ軽薄エルフの様相ではない。

「魔界兵ですか?」

「黄金連合が雇っている警備兵でしょう」

 ソラとコルトラータが観察するばかりなのを他所に、トリヌはもうショートソードを抜剣している。

「コルトラータ、結界を張れ。犬に注意しろ」

「わかりました」

 聖典を開くコルトラータが、空間遮断のための結界を張る。

 胸を締め上げられるソラが、杖にしては短い棒を腰から抜く。

 手元のボタンを押して伸長に展開させ、刺突に特化する細身ショートスピアを5年ぶりに握りしめると、生暖かい空気を吐く。

 番犬は鼻をくんくん嗅いでいく。

 茂みに入ろうとするところを、非常口糧の干し肉を見せつけて、遠くに投げる。

「バーカ」

 何かに釣られて走っていく犬を、慌てるエルフ女が取り押さえようと走った。

――後ろから茂みに引き込んで昏倒させる。

 バカは犬だけじゃなく、残った2人の男らもそうだ。

「エイベルの奴、漏らしかけたのか?」

「逆ナン相手にサキュバスを移されたのかもな。男の食い過ぎでもう尻尾生えてたりして」

「おーこわ」

 魔族の大男とオーラ人の青年が、げらげら下品に談笑している。

『ゲッペイ、定時連絡まだか?』

 インパネにつけられた無線機ががなった。

「こちらゲッペイ組、街道入口です。異状はありません。今エイベルが小便しに離れているぐらいです」

 手に取るマイクに、人間の男が報告する。

『鉱山事務所に住民の出入りが認められる。お前らが近いから見てきてくれ』

「了解、ちょっとかかります。通信終わり」

 マイクをフックに戻した人間の男は、タンとクラクションを鳴らした。

「奴隷どもが何かやっているらしい」

 兵隊崩れの軽い身の熟しで荷台から降りる魔族男。

 着剣するAK-74のセレクターを一番下に下ろして、エルフ女が犬を追いかけた方へ歩いていく。

「おいエイベル、仕事だぞー。レックスお前もだー」

 トリヌは先に、車に残る青年を制圧することにした。

 回り込んだ助手席から窓を突き破る。

 身に戻したショートソードを突き立てて、ケシ畑に逃げ込む男の背中から身ごと突っ込む。

――ショートソードの柄でぎりぎりと抑えつける。

「ほへ」

 ケシ畑の柔らかい土に埋もれて、気絶した。

 残された魔族は、とても簡単だった。

 ガラスの破砕音を聞き、反射的に茂みへ転がる。

 AK-74を伏せ撃ちに構え、トラックを見、畑を見、何か食べ終えてスキップする犬を見、やっと侵入者を察知する。

 だが通報手段はトラックのインパネに内蔵される無線機だけ。

 忍び足のソラの鋒に溜められる弱い雷撃を食らって、意識をそこまでにして倒れ込む。


 3人と1頭を茂みの奥の太いアカシアに、トリヌとコルトラータが2人がかりで縛り終えて出てくる。

 開け放たれたトラックの運転席にソラが座っている。

 ハンドルを触って軽くひねって、ペダル位置やマニュアルシフトのパターンを手探りして、確信の上で、2人を呼んだ。

「トリヌ君は荷台へ、コルトラータ様はそちらの席に座って、横の帯を締めて下さい」

「操れるのか?」

「わかります。その鉱山事務所ってどう行けば」

 車内のガラス片を外に払って、運転席のシートベルトをぱちんと留める。

 ハンドルを前に、黒樹脂の白くなったサイドミラーとバックミラーを調節する。

「岩肌の出ている辺りのようです」

 コルトラータが、200年前の古地図を確認する。

 トラックの後ろ、鉱山町より向こうの岩肌が露出している斜面を示す。

 ソラは左手を手探って、サイドブレーキを外した。

 ビリヤード玉のようなシフトノブをリバースに入れると、電圧の足りない歪んだ電子音をピーピー鳴らす。

「うわ!」

 ステアリングをギリギリ回して、トラックを後進させて方向転換させていく。

「町を突っ切ったほうが怪しまれないでしょう。トリヌ君しっかり捕まって!!」

 1速にシフトを入れる。

 ローファ越しにアクセルを踏み込む。

 弾け飛ぶような発進で、荷台の鳥居にしがみつくトリヌを振り落とそうとする。

「ちょちょ、ちょっと!!」

 12インチの小さいタイヤが、4輪駆動で畦道の砂利を蹴飛ばす。

 スーパーチャージャー付きの直列4気筒、660ccの魔素ガス対応エンジンが高らかに吹き上がった。

 鉛色に煤ける市街地へ向けて、軽トラックが爆走していく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。