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黄金を抱いて魔翔べ  作者: ふんばる観察機
1章『旧き金貨が砕けるときに』
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002『お気に入りのお店って、気付いたらすぐに潰れているもんよ』

 手負いの輸送隊はティーバートの城門を通過し、旅の負傷者を治療院に預けてから黒騎士セヴァスは依頼者と別れた。

 見慣れない魔族の文字で書かれた署名入りの依頼達成書を手に、冒険者ギルドへ向かう。

「お疲れ様でした。こちらが今回までの報酬になります」

 若い受付嬢が、大げさな作り笑みでセヴァスを見上げる。

 カウンターにはトレイに載ったティーバートの紙幣が、報酬相当分差し出されている。

「ところでセヴァス様、更新月ですので金札1枚、頂きたく存じます。登録されているステータスの登録更新も必要ですから、しばらくお待ちくださいませ」

「はあ」

 ――物入りだ。それに時間も取られる。

 そこまで急いでいないから良いものの……。


 しかし、ミスリル硬貨が台頭してから現れた小額決済紙幣に、セヴァスはいつまでも慣れなかった。

 地域の銀行ごとに発行された紙幣は共通に使えるものではなく、両替に行けば必ず手数料で目減りする。

 各紙幣ごとに取引値が変動しているので、儲かることもあればえらく減ることもある。

 そこにミスリル硬貨の取引値が加わるのだから、相場というのがよくわからないのだ。

 セヴァスにとって、この紙幣は何より軽い。あまりにも軽すぎた。

 ――吹けば文字通り飛ぶ紙切れに命を託している気がして、魔族を相手するより恐ろしい。

 だがそこそこの額にはなっていた。少なくともこの町で武具を整える程度にはある。

 懐の温かいセヴァスは、職人街にあるヴァルツという剣匠の営む武具工房を探したが、職人街自体がひどく閑散とし、目当ての工房も廃墟になっていた。

 仕方がないと割り切って、セヴァスは覚えのあるラーラ商会へ向かった。町の中央、噴水広場の付近に大きな店を構えている。

 あそこなら魔族産の安武具まで一通り扱っていたはずだ。

「それは3年前の話ですよ騎士様。うちで揃えるのはもう魔族産の安武具ではない、正真正銘本物の逸品ですからね」

 小汚れたセヴァスを前にして、若い店員の笑顔がとても冷たい。

「街道のモンスター相手に使い潰せる程度でいいのだ。持ち合わせが心もとない」

「いやいや騎士様。騎士様ほどの実力者が二束三文の悪い武具をわざわざお求めになる必要はございません。今持ち合わせがないのであれば、分割払いの相談を承っておりますし」

「私は司祭なのだ。借金は認められない……」

 店員はまったく意に介さない。

「こちらのバスタードソードはいかがでしょう。最新の錬金術の成果、そして高度な魔法の付与により従来品より耐久性に優れ、刃こぼれも決して起こさない至高の逸品です」

「すまないが、なかったことにしてくれ」

 ――ひどく趣味の悪い過剰装飾のバスタードソードだ。とてもじゃないが使いたくない。

 細かな手入れ用品を布袋に入れて退店するセヴァスの背に店員が舌打ちをかましている。

「貧乏人め」と言わんばかりに、侮蔑の目を向けている。

 セヴァスは4年前のラーラ商会の様子を思い出そうとして、やめた。

「セヴァス様、お待ちを」

 牛のような懐かしい声がした。

 セヴァスが振り向くと、舌打ち店員より2倍の横幅はありそうなすごい恰幅の老齢の男が、のっそりと立っていた。

 ――そうだ。4年前は彼に接客してもらったんだ。

「私が引き継ぐから下がっていなさい」

「は、はい。店主」

 セヴァスは店の奥、応接室に通された。小間使いの少年がぎくしゃくと茶を用意する。

「2年前の大戦闘で聖騎士団は壊滅したと聞き諦めておりましたが、まさかセヴァス様が生き残ってらしたとは。きっと神のお導きでしょうな」

「そうだな」

 セヴァスは出された黒い茶を訝しみながらミルクを注ぎ、ゆっくりと口にする。

 不思議な苦味と香ばしい匂いが、口の中に広がっていく。

「コーヒーという飲み物です。流行りに任せて専門店をはじめましてね。若者を中心に盛況なのですよ」

「癖になる不思議な香りだ」

「まあ、茶を静かに楽しむより議論の激を飛ばす輩ばかりですがね」

「信心深さだけでは束になった若者の激情など抑えきれないものだ」

「セヴァス様はとても寛容でいらっしゃる。ところで、これまでは何を?」

「一度聖都に落ち延び、膠着してからは宣教という名の放浪者……というところだ」

 熱いコーヒーを啜りながら、老商人はセヴァスの目を見て離さない。

「昔は商人などノミのモンスターより性質が悪いと言われ、守銭奴と金の亡者だと蔑まれたものです。しかし、だからといって立場が逆転した今、お客様を蔑む理由にはなりませぬ。それは申し訳ない」

「いえ、気になさらないでいただきたい。無理を申した私も悪い」

 部屋のドアを閉めた小間使いを確認すると、老商人はティーテーブルから身を乗り出して、シワだらけの目を細くしてセヴァスを見つめた。

「うむ……。セヴァス様も、随分と苦労なされている」

 目の下の隈の具合か、肌の血色でも見たのだろうか。そこまで悪くはなっていないと思っていたが……。

「それでも、民よりは良い生活をしている」

 ――放浪生活の中では、司祭という特権もあり食べる分には困っていない。

 飢餓に遭っても信仰のために施そうとする人間がいるので、断る手法には苦労しているが……。

「下を見て安堵してはなりません。いずれ上の重みに耐えかねて、今に自分達まで地の底に追いやられるのです」

 だから求められている清貧より下の生活になっていく。

 徐々に削られ擦り切れる感覚が、セヴァスも心のどこかで感じている。

「セヴァス様」

 改まって老商人は姿勢を正す。

「私めドバ・ラーラは誠心誠意をモットーとする古き商人であります。ですからセヴァス様、ここだけの話で済ませてほしいのです」

 セヴァスも息を飲んで姿勢を正して臨んだ。

「魔族の製品は市井では手に入りません。なにせ黄金連合の御用商人が魔族製品を見つけ次第ミスリル硬貨を積み上げて馬鹿みたいな値で買い取っていますから、出回ることはもうないですな。それにあれが出回ったせいで大陸中の工房が潰れたのです。それはどうかご理解ください」

「そうか……」

 各地を渡り歩く中で、そうであろうとセヴァスは感じていた。

 だが黄金連合の手による買い占めが起こっていたとは、思いもしなかった。

「代わりと言ってはなんですが、錆止めの塗料でしたら先ほどお買いになられた品より良いものを差し上げたいと思います。買い取りを免れた魔界軍の品で、赤錆を黒い錆に変えてしまう素晴らしい代物です」

「それは助かる。神の加護が付与されているとはいえ、年代物で最近は腐食が激しくやまなくて……」

「魔族は我々より遥かに進んだ文明を有している。彼らに神の加護はないが、悪魔の力なしにただの錬金術で膨大な金貨に死の呪いをかけることすらできる。もはや信仰と戦だけでは勝てぬでしょう」

「耳の痛い話だ」

「そうですな。私としてもさみしい話です」

 ドバ・ラーラは立ち上がって、窓辺に佇み、苦渋の顔で総括した。

「これが、ミスリルがもたらす新たなる時代の姿、なのでしょうな。人のさらなる高みにおいては変革というものは必要不可欠ですが、それであっても、ここに神はおられるのだろうかな。と」

「私にも、それはわかりかねる」

 ――信仰が揺らぐわけではない、神も確実に存在しておられる。

 ただ、神蹟がなくなったのは事実だ。

「そうです。セヴァス様ほどのお方が迷うほどなのです。だから皆、新たに現れた青い輝きにしがみつく。神も悪魔も見捨てた新時代において、人間も魔族も俗人も聖職者も悪党であってもそれにしか縋れないのでしょう。青い輝きは確かに皆を平等に照らしたが、決して平等には扱わないだろうに」

「しかし金貨の時代はもっとひどかったであろう。本物も偽物も見分けがつかず、時に騙され、時に奪われていた。今のほうが世の中は安定している」

「それでも、ですよ。……少なくとも聖王の金貨には魂が宿っていた。教えが込められていた。いろいろな思いがあった。だからこそ、金貨を汚した魔族の王が許せないし、それ以上にミスリルがもたらしている世界の変革には心底反吐が出る」

「……」

「ま、時代に取り残された年寄りの哀れな戯言と聞いてくださいませ」

 老商人はさみしい目を外に向けた。

 ――よりキレイな町並みになったはずなのに、なぜか荒んでみえてくる。

「一つ、よろしいか? 職人街にヴァルツという剣匠の工房があったはずだ、しかし見当たらなくて」

「ああ、はぐれドワーフの爺さんですか。あれでしたら2年前に工房を閉めて今は貧民窟で隠居していますよ。行かれるのでしたら小間使いに案内させますが」

「いや大丈夫。ありがとう」


 宿に戻ったセヴァスは、錆粉をわずかに撒きながら黒騎士鎧を脱ぎ、得物のバスタードソードを粗末なズタ袋に入れて背負う。

 スティレットのみ脇差した木綿のチュニック姿で東の貧民窟に出向いた。

 貧民窟はセヴァスの想像以上に膨れ上がって過密になっており、道を訪ねたりチンピラに囲まれたりで、ヴァルツの住所へたどり着くのにもう日が暮れてしまった。

「ヴァルツ殿、私だ。聖騎士セヴァスティアン・エイドリスだ」

 朽ちかけた扉をぎぃっと開ける。もわりと埃や蜘蛛の巣がセヴァスの顔にかかる。

 暗く荒廃した室内に、食べ物の腐敗とは違う酢酸臭が立ち込めている。

「誰だね」

 茶色い液体の滴る銀食器を直接炙って、葦管を口に咥えたボロボロの老ドワーフが起き上がった。

 テーブルの蝋燭火のみで照らされた室内で、濁った目をセヴァスに向けた。

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