表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄金を抱いて魔翔べ  作者: ふんばる観察機
1章『旧き金貨が砕けるときに』
1/5

001『世紀の大野盗だけど元貴族令嬢だし義賊っぽくてよくない?』

 谷間の風が、今や失われた遺産を背負った少女の髪を揺らす。

 彼女は死体の数だけ積み上げた計画を、静かに、そして確実に進めるのだった。


 アウレリア・ヴェルクリスは、かつては聖都を外縁する山地に金鉱山を持つヴェルグリス家の令嬢だった。

 しかし魔族との永い戦争の最中に家族と死別、破壊工作により金が無価値となった今となっては、タダ同然に領地を差し押さえられた哀れな没落貴族の生き残り。

 かつての使用人や脱走した領民と徒党を組んで、聖都とティーバートを結ぶ細い峠道を通行する隊商を襲う、悪辣な大野盗として、教国中に悪名を馳せていた。

 今回の仕事に関して、忠誠心から必死に説得する団員全員を追放する形で足抜けし、首領たる少女一人が担っていた。

 ――それだけやばい仕事だ。なにせ極秘に運ばれるミスリル硬貨を奪うのだから……。

 失敗した場合に連座で領民を縛り首にするわけにはいかない。

 谷間を一望し、得物にしているクラックハンマーの土埃を払うと、導火線を結え続けた。


 峠道に仕掛けた爆薬や導火線の最終確認をして、聖王が刻印された古代金貨のペンダントへ祈るように口づけする。

 少女は折畳式のオペラグラスで谷間を観察した。

 既にターゲット――ミスリル鉱石の輸送を担っている武装したトゥーレ商会の輸送隊は、谷間の細い道に差し掛かっている。

 中年の黒騎士を中心に、ショートソードとAK-74突撃銃を携えた軽装の男3人、後衛は魔導師2人が探索魔法を使いながら周囲を警戒している。

 霊柩みたいに黒く塗られた装甲馬車は4頭引きにしても重量過多で、路面の悪さもありスタックを繰り返している。

 馬車には馬を操る御者と責任者らしい黒ローブが乗っていた。

 ――罠を疑るほど軽微な守りだ。

 しかし極秘に行われている輸送であることや探索魔法で予め脅威を回避していたことを考慮すると、少なくとも信憑性に足る内容だった。

 探索魔法が厄介だ。隊は停まることなく谷間を進んでいる。

 まだ感知されてはいないが、これ以上近づけばせっかくの襲撃計画が破綻する。

 爆破するには谷間から離れる必要があり、爆破のタイミングや、爆破後の状況把握が難しいこともネックだった。

 それでも少女は決行することにした。ミスリル硬貨が手に入るならと、これまで頑なだった不殺の誓いも破ることにした。

 黒色爆薬は最小限で効果が得られるよう入念の計算の末に配置、導火線は繋がれてアウレリアの手元まで延びている。

 火打石を散らして線に火を点ける。ジジジと芯薬の焚きつく音が少しした後、一気に導火して黒色爆薬を炸裂させた。


 それまで晴天だった谷間は、大規模崩落による土埃が舞い上がり、周囲を深く霧中に包みこんだ。

 重たい馬車は土砂で横転し、牽引していた4頭の馬は再起不能。他の傭兵や魔導師も行方不明。

「えらく派手にやってくれたものだ……」

 放り出されただけで済んだ黒騎士セヴァスは、土砂に半分埋もれて呻いていた御者を掘り出して起き上がらせた。

「このあたりを根城にしているアウレアールム団の仕業ですかね。それにしては、本気で殺しにかかっているような……」

 2人はすぐに土砂に埋もれた黒ローブの一部を見つけて掘り起こした。

 土砂が口に混入しゲホゲホと吐き捨てた黒ローブの中身は、青白い肌をした魔族の中年男だった。

「襲撃ですか?」

「そのようだ」

「数は?」

「わからない」

「護衛は?」

「御者と私だけだ」

 魔族の男はブロー型の眼鏡を掛け直すと、黒ローブの下に隠していたマカロフ拳銃を抜いてスライドを引く。

 御者も慣れない手でマカロフを震えるほどに握りしめる。

 セヴァスは見渡してから腰に携えた白銀のバスタードソードを抜き、土煙から襲い来るだろう襲撃者を警戒した。

 目では判断できない。頼りは耳と鼻、そして足元から伝わる地の震え、頬に感じる空気の流れ……、

 乾いた土の臭いが立ち込める中に一瞬、ジャスミンとローズと硝煙の雑ざった臭いを嗅ぎつけてセヴァスは振り向いた。

 ――長い睫毛を蓄えた切れ長の黄金瞳。

 それが黒ローブの死角からクラックハンマーを横薙ぎに、背面へ強烈な打撃を食らわせた。

「お前がそうなのか!?」

 御者が叫ぶ。

 それはまだ少女だった。

 気品のある華奢な体躯に纏う革鎧やチュニックは安物だがよく手入れされて傷みは見えない。

 長い金髪をうなじにかからぬよう後ろに高くまとめ上げ、切れ長の目には琥珀色の瞳が黄金さながらに輝いている。

 崖面に叩きつけられ激痛で呻く黒ローブを確認することもなく、少女は一息一魂と気合を入れると両手に握りしめたクラックハンマーを下段に構えた。

 遠心力任せにセヴァスの両脇を狙って回転するように振り回す。

「金姫のアウレリア!!」

 御者の弾は少女に当たらない。構える拳銃は恐怖のあまり力強く握りしめすぎるせいで保持が不安定かつ震え上がっている。

「撃つな! そのまま構えていろ!!」

 一心不乱に襲い来るアウレリアにセヴァスは冷静だった。

 確かにこんなボロ剣でハンマーの強打を受けようものなら粉々に砕けるのは必至だ。

 しかし我流で習得したのだろう華奢な少女の戦い方は素早いが粗暴かつ大ぶりで、手数も少なく致命的な隙が多すぎた。

 セヴァスは数多い隙の中からなるべくアウレリアにダメージの少ないタイミングを狙って、それまで淡々と躱し続けていた。

「貪欲なクソ騎士が、嘗めてんのか!! かかってきやがれ!!」

 鋭利に割れた水晶のようなアウレリアの怒声は威勢こそ良いものの、持久戦に持ち込まれたことによる体力消耗で攻撃は着実に威力を落とす。

 勢い任せの素早さも消えているのは目に見えている。

 セヴァスは子どものワガママをあやすように涼しい顔で躱し続ける。

 汗だくで限界寸前の少女が怒り任せの一撃を決めるためハンマーを頭上高く振り上げたところを狙い澄まして、ハンマー柄に斬り込んだのだった。

 勝負は決した。バスタードソードの欠けた剣先を喉元に突きつけられたアウレリアは、両断されたオーク材の柄をカラリと落とす。

 悶絶していた黒ローブもよろよろと起き上がり、痛がりながら拾い上げた拳銃をアウレリアに向けて引鉄に指をかけている。

 アウレリアの腰にはまだナイフが残っている。しかし、ここまで追い詰められて抜く隙すら与えられなかった。

「捕縛を頼む」

 アウレリアの喉元を指す剣先に集中したままセヴァスが命じる。

 我に返った御者は横転した輸送馬車のトランクから予備の手綱を取り出して、アウレリアの両手両足を縛り上げたのだった。

「この娘は?」

 周囲の安全を確認しバスタードソードを納めたセヴァス。

 残りの護衛を救助して疲れながら、労いにもらった紙タバコを咥える御者に尋ねる。

「『金姫のアウレリア』……アウレリア・ヴェルクリス。近くの金鉱跡を根城にしている野盗の頭目で、この辺りを治めていた領主ヴェルクリス公爵の令嬢ですよ」

「ヴェルクリス公爵は? 家出娘なら親に突き出すのが適当だろう」

「3年前の死呪金貨の大惨事からしばらくして、取り潰しになったはずです。この娘以外に生き残りもいない……」

「そうか……」

 拘束されたアウレリアは、まるで狼のように端正な顔をしかめて睨みつけたので、御者ははっと萎縮した。

「ナカムラ殿。この娘、どうされるか? 馬は全滅だし、馬車の掘り出し自体この人数では無理だ。衛兵に渡すのも、輸送の秘匿性が破られる」

 黒ローブはフードを脱いで落岩に腰掛ける。

 鉄板入りのボディアーマー越しに腰を擦りながらタバコを吹かす魔族の男は、既に覚悟を決めているアウレリアを見て間髪なく、

「放りましょう。馬車も積荷ごと放棄。負傷者を担いで目的地のティーバートに向かいましょう」

 アウレリアは目を丸くした。

「鍵もその娘に」

 鍵束を投げ渡されたセヴァスは怪訝な顔をしてナカムラを見つめる。

 セヴァスにはこの魔族の真意がまるでわからない。

 この馬車の積荷は確かにミスリル硬貨だ。

 トゥーレ商会の依頼で、聖都からティーバートの支店へ極秘に輸送する。

 その内容からして近く大きな取引があるものと思っていた。

 硬貨1枚はかつての聖王金貨30枚――職人の月収1ヶ月半相当が、おそらく100万枚。

 今にして商売以外の目的があるのは理解したが、それ以外の目的が何なのかはわからなかった。

 聞いたところで教えてはくれまい。何より、私は……。

「ロープは仲間に解いてもらうことだ」

 鬼のように睨みつけるアウレリアの前に鍵束を置く。そうして考えるのをやめたセヴァスが振り向く。

 既に御者とナカムラが歩行不能な魔導師と傭兵を背に担いで待っている。

 AK-74を回収し最低限の荷物を支度し、他の護衛と一緒にセヴァスに振り向いていた。

 輸送隊は荷馬車を置いて、ティーバートへの下り坂に差し掛かって消えていく。

「アウレリア様!」

 まもなく決別したはずの野盗達が、拘束されたまま俯き涙を流すアウレリアに駆け寄った。

 彼女にとって、この仕打ちは屈辱の極みだった。

 しかし目的が叶えられたのは幸運だった。

 アウレリアは、この幸運を、もう神のご加護とは思っていない。

 この世界を神は見放した。皆が望むのはもはや神の祝福などではなく、物の充足によって得られる安定した満足感だ。

 ――そうさ。領民を食わせられなければ、私の業は何の意味もなさなくなるのだ。

 頑丈な錠前を解く。

 木箱一杯のミスリル硬貨の青い輝きは、氷のように冷たくて、魂を吸い取るように恐ろしい……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ