017『ティーバートの新市街からわずかに入った貧民窟における強盗遭遇率は150%。……つまり2度襲われる確率がもう50%あるということです』
教国兵崩れ、シーフな女エルフ、元魔界陸軍伍長のトリオは、感情だけは察したレックス3世に纏われ、黙り臥せって冒険者ギルドを出ていく。
「ねえソラさん」
挙げられた14件分のファイルを確認したティーバートの女ギルド長は、フィーリア案件を本部に報告するつもりだ。
「その『災仙のフィーリア』というエルフ、幸運値ゼロと擬態傾向以外の特徴はないのかしら?」
当然の対応とソラは頷く。
――冒険者ギルドの沽券どころか、渡航資格として冒険者登録を条件としている各国の安全保障が脅かされる。
まして、ミスリル硬貨絡みでフィーリアが動いている可能性が高い。
……あまりに、タイミングのよろしいばかりだ。
「フィーリアもそうなのですが、私達の本来の目的は『金姫のアウレリア』です。彼女はフィーリアと接触し聖都を脱出。このティーバートへ潜伏しています」
「それなのだけど」
女ギルド長はほうっとため息する。
「ジャキルさんが騒いでいたのよ。せっかく突き出されたアウレリアにまんまと逃げられたって」
「ジャキルさん?」
ソラが聞き返す。
「商人ギルドの長をしている人でね、大概なのよ。ミスリルでうまく儲けて今の地位にいるのだから、色々と信用できないし」
――やはり人が集えば、こうもなるのか。
「ありがとうございました。助かりました」
「ええ、また何かあったら言ってちょうだい」
女ギルド長は朗らかに手を振って、カウンターの内側へ戻っていく。
ソラへ端末権限を投げつけた仏頂面の若い受付嬢も、ソラとトリヌを一瞥してから机の日常業務に戻ろうとした。
黒檀の扉が厳かに開いた。白銀鎧の男女が両翼へと展開していき、ソラとトリヌに立ちふさがる。
「ソラ・エスティファール殿、トリヌ・ラント異端審問官殿」
スピアとショートソードとAK-74を携える衛兵隊を引き連れて、キハンソ衛士長と初老の男が立ちはだかっている。
初老の男は、赤紫のウプランドにティーバートの金鷹を胸に差す、ティーバートの議員だ。
鋼鉄の手枷を持った衛士2人が、ソラとトリヌの後ろに回る。
「聖都より早馬で駆けつけたところ申し訳ないが、議会の緊急採決により、敵性アリとしてあなた方を捕縛いたします」
「敵性……?」
トリヌの目眉が険しく強張る。
それでもキハンソは権威を発する。
「そうです。ティーバートは公式見解として、あなた方を敵性分子とみなしました」
トリヌが牙を剥けて下からガンを飛ばすもキハンソは意を受け入れない。
「『金姫のアウレリア』を放ったらかしにしておいてか。あれこそ敵性たり得るはずだ」
議員は皺の双眼を静かに閉じた。
キハンソも、首をそっと横に振る。
「それは聖都や聖王教の一見解に過ぎません」
「正義のない暴動がそれほどまでに恐ろしいのか」
「敵性分子に言われたくないですな」
トリヌの瞳が殺意に絞まっていく。
察した衛兵のエルフが、腰溜めで構えるAK-74のセレクターを、安全位置からセミオートまで押し下げた。
衛士衛兵らのスピアやショートソードも鋭利と鈍く輝く。
キハンソとて、革鎧の腰に吊るしたマカロフに手をかけている。
「『金姫のアウレリア』の危険性を、そこのティーバートのお偉方も熟知しているはずだ。なぜかばう」
「公正の判断によるものです」
「どこに公正がある」
問うトリヌに対して、議員は半歩前に出、問いを突きつけ返した。
「では伺いましょうか、審問官殿……『金姫のアウレリア』、アウレリア・ヴェルクリスを、ここまで危険にしたのは一体誰なのか」
「それはアウレリア自身だろう」
トリヌは当然と答える。
「あの女が悪辣非道の黄金連合から領地を取り返すため、教えを捨ててまで復讐を誓った。堕ちる経緯に同情はしよう。しかしそうやって負けて堕ちてしまったのは、魔の声を聞いてしまったからだ」
議員は冷徹だ。
「審問官殿が言いなさるその悪魔の声を聞くに至った、その経緯がものを言っているのです」
議員はトリヌを言葉で斬り伏せて、畳み掛ける。
「聖王の教えに古くから敬虔だったヴェルクリス家が、その聡明な姫君がなぜ教国の信仰を捨てたのか……」
議員ははっきり答えてしまった。
「それは、聖王の御声が、悪魔の声より役に立たないからに他なりません」
褐色頬が激熱を帯びて、銀の禿髪がよく逆立つ。
「揃いも揃って魔に魅入られおって。聖王が神から託される正義のお言葉なくして、人は生きられないのだぞ!!」
「姫が見捨てたのは、悪魔に取り憑かれし現在の教国です。神やかつての聖王の教えには敬虔であり、厳にオーラ貴族の誇りをもって、おのれを削ってまで領民の星となり最善を模索し続けていた」
議員の言葉は、トリヌに届かない。
ソラばかりが、蒼白に堕ちていく。
「今の聖王は悪魔以下の俗物でしょう。それが神を騙って自らの言葉によってしか人が生きられないよう謀ったのは、もはや現在の神殿、……いいや、聖王教に他なりません」
トリヌの電光石火より先んじて、破裂音に脆く崩れた。
起き上がろうとすると今度は腰が撃たれて、血飛沫がよく飛ぶ。
衛士のいない方向からだとソラが振り返る。
あの素っ気ない受付嬢が構えるマカロフ拳銃が、無煙火薬の僅かな硝煙を漂わせている。
――食い扶持のために取らされたブロンズ冒険者の徽章、金鷹の意匠が施された上に『342』と登録番号が打たれたギルド職員章。
左胸にまとめてつけられた輝くそれらの上に、右手が平にあてている。
「私は、戦争はもうごめんです」
受付嬢の堰が切れてしまう。
「みんな、ごめんなんです。魔族もオークも高尚なハイエルフとて、ここでは私達と同じ人です。それを認めず、次の王をも否定して、玉座に座り続ける聖王を認めるわけにはいかない」
唖然としていた他の受付嬢やギルド長が、拳銃や魔法杖を下げて、これを黙認とした。
うずまるトリヌを受付嬢が見下している。
引鉄から右人差し指をひいて側面を見、左手でデコッキングレバーを下げて撃鉄を戻す。
「あなたは単に逃げたいの? 平和を得るのに戦うの?」
拘束されていく中で、受け入れるソラはそれでも問う。
受付嬢はカウンター下に戻しかけたマカロフ拳銃を再び握りかける。
しかし、やめて。その席にもたれて、震え、涙を蓄えて、
「わからない。わからないよ」
繰り返すばかりだ。
議員は静かに通告する。
「アウレリア・ヴェルクリスはティーバートの庇護下に入ります。教国および聖王神殿の求めには、武力を持ってもティーバートはもう従いません。全市民を動員し徹底的に抗います」
手枷をはめられたソラと両脇を抱えられて引きずられる消沈のトリヌが冒険者ギルドを出て連れていかれるも、まだ陽はかろうじて夕暮れと残っている。
天聖王533年5月28日。
――6月14日の降臨祭も近いから、こんな世相でも祭事に催事にと支度していただろうに。
聖王教会の礼拝堂は魔界軍や黄金連合の焼印がされた木箱が天井高くまで積まれて、魔導国製の小型フォークリフトがピーピーと電子音を撒きながらさらに積み上げている。
年老いたティーバートの司教を見たトリヌが、わずかな希望からすぐ失望へ墜落していく。
「……赦さぬ。アグエル、酬いはすぐぞ」
「私だって疲れ果てました。魔界軍との交渉が実るまで、まずは大人しく待ってもらいましょう」
唸るトリヌを冷たく見て、アグエル司教は治癒魔法を行使する。
撃ち込まれた弾丸まで取り出すと、そのまま封鎖された司祭室にソラ達を放り込んだ。
既にティーバート教会の司祭や修道女達が、手枷を嵌められて囚われている。
ソラは聖王に縋って取り留めもない司祭を一瞥して、次いで貴族出らしい若い修道女を選んで訊ねる。
「司教は裏でラングの融和派と話を進めていたようです」
修道女は毅然と答えた。
痛みの引いたトリヌはもう黙って、手枷を割る素振りもなく、司祭と一緒に壁にもたれかかっている。
ソラも壁にもたれるも思い出し、胸ポケットをどうにかまさぐって飴を見つける。
珍しい、牛の乳味を模した仄かな甘味をソラはよく味わうと、消沈のトリヌへもう1つを差し出す。
そんな様子を見た先程の修道女も、思い出すように服をもぞもぞとまさぐる。
新市街の闇市で買った魔界の鋼鉄鳥『Tu-134』を描いたタバコのパッケージだ。
手枷の封印で出力の出ない火魔法でやっと火をつけ、すぅっとヤニを得る。
「あっつーい。うちわはどこだー」
「ほれ」
夜の7時に魔族クボが貧民窟近いアパートに帰宅した。
ベンチからうちわが出されたのをクボは受け取る。
――妙に分厚く硬くてしならない、削った小枝に手漉き紙を張ったうちわらしき板をバタバタ扇いだ。
「って大尉、帰ってたんすね」
中年魔族ナカムラが、しぼんだ藁のクッションを敷いたベンチに横たわっている。
クボに対してひらひらと手を振った。
「アッテムト爺さん何か言ってたんすか?」
クボは、粗末な板を組んだだけのテーブルに買い物を置いた。
「マッシモ・アッテヌートだ。人の名前をRPGの炭鉱町にするな」
ナカムラは声をしかめる。
「覚えにくいし舌がまわらないんすよ」
「それでもだ」
ナカムラは咎めるように声をしかめる。
「はい、了解ーっす」
「で、収穫はないのか」
ナカムラは裸足の指間を開いてよく揉んでいる。
「ピンク髪のエロい双子を連れたグリーンのドエロいお姉さんとぶつかったっす。甘いお菓子の匂いがよかったっすねー」
「娼婦じゃなくて、物資だ物資」
「あ、今日は大漁でしたよ! 見て下さい!」
テーブルの買い物袋をがさってから「じゃじゃーん!!」と、クラフト紙に包まれたタバコの1ダースを大尉に投げ渡す。
白地に宇宙を模した黒円に、2基の人工衛星がドッキングした絵の蓋付きボックスだった。
「コスモスライトって言っただろう」
受け取るナカムラは、少しがっかりな声色だ。
「大尉。こんな異世界の果ての果てのヨハネスブルグみたいな世紀末トゲトゲの終わってる街で、我らが脱走兵が都合よく持ってるわけないでしょう」
「お前はちゃっかり手に入れてるじゃないか」
「それは自分がソユーズアポロを率先して探すっからですよ。それとも、いらないんですか大尉殿??」
渡したタバコの紙パックを早速取り上げて、開封場所からもう1箱を取った。
「だからってあの馬糞臭いタバコだけはもうごめんだからな。もらっとくぞ」
中年の刈り上げをボリボリ掻きながら灰皿にしている白い陶片をがさりと出す。
薄茶のフィルターを咥えてから白い紙先にマッチ火を点ける。
「アイスクリンもあるっすよー。マリオ兄弟がいないんで別の屋台で買ったっす」
「バカ! そっちを先に寄越せ!! 溶けちまうだろうが」
点けたばかりタバコを慌てて陶片に置いた。
テーブルのアイスクリンを取るナカムラが、ぷりぷりとベンチに戻る。
「そういや、脱走兵の間で噂が出てるっすよ」
「ん、どんな噂になってんだ?」
ブリキカップをしゃりしゃり搔きながら、さっそくアイス痛に苦しむクボに訊ねる。
「ティーバートが和平に傾いて祖国へ売られないかって、心配してるっす。自分も気が気じゃないっすよ」
鶏卵とミルクの風味の強い、このあっさりな甘さに朗らかだが、一応は身の心配をしている。
「和平じゃなく中立化交渉だ」
「へえ中立化?」
食べ終えるナカムラは、アイスクリンがもたらした清涼でベンチに溶けていた。
「何にしても国も軍も今更お前ら脱走兵に手を出すつもりはないし、まして家に戻す気もないぞ。もう勝手にしろってさ」
「そうなんすか?」
クボは疑問だ。
魔界が離反者に対してどれだけ厳しいか、身をもって知らなくとも聞き及んでいる。
「おいおい、連中、言ってないのか?」
「あー向こうの話っすか?」
しかし、それ以上の非情な現実を、ナカムラは知っている。
「向こうの戦争で、今や本土は内戦同然の大反乱だからな。俺だってそんな時に帰りたくないぞ」
2人のため息が、部屋の中を循環した。
「なんで敵勢力圏のが安全なんすかね」
しゃりしゃりかんからと、クボはカップの残りを掬っていく。
「知らんな。だが言うだろう、隣の芝は青いもんだって」
左手首のシュトゥルマンスキーを見て、ナカムラは起き上がる。
「それ、意味が違うっすよ」
溶けかけの中年体を起こして、洗濯したばかりで石鹸の香るコットン地の青いオーバーオールに着替える。
「今は言葉通りのことが起こってるってことだ」
そういって、ナカムラは扉を閉めかける。
「取引所の清掃だ。留守番頼んだ」
「飯はどうするっすか?」
「3時間で戻る。飯はベッテイク亭で食おう」
「はーいっす。いってらっしゃい」
扉が閉まった。
ナカムラが潰していた藁クッションの中身をクボが取り出して、祖国で地下出版されたライトノベルに読み耽る。
この世界に来てからも、向こうで出版が続いているシリーズだった。
ひどい紙質ですっかりたわんでいるものの、文章はまだまだ読める。
――大尉は特別こういうのに厳しくはないけれど、内容が薄っぺらいってバカにはしてくるからなー。
書き置きストックがとうとう尽きた&今は別趣味にかまけているので、1週間ほど休ませてくだせえ|巴・ω・)




