018『知り合いの知り合いが同じ知り合いってこと、案外あるものだ』
夜帳も深まっていく新市街の市場で、不思議な舞踏で賑わっている。
オーラ語に訳されて歌われる魔族の舞踏『サッキヤルヴェン・ポルカ』。
隙間から覗けるシュラヴィ女達は、赤刺繍入りの白チュニックと赤刺繍の鮮やかな青いスカート姿だ。
周囲をカーキ色のアフガンカが虜になって囲ってしまい、テラスのアウレリア達にはほとんど見えない。
「リハマカローニ・ラーティッコ、お待ちどう!」
不思議なグラタン料理が、アウレリアの前に置かれる。
「本場はトナカイを使うんだけどね。こんな南にゃいないから、代わりにヤギと羊とたまに馬だよ」
「はぁ」
シュラヴィの給仕だって、自分が持ってきた料理に困惑気味だ。
肉味の複雑過ぎるキノコのグラタンは、濃厚過ぎるチーズの粘りも組み合わさる。
「不味い」
シニスが苦い顔。
「美味いだろ」
フィーリアは満足げ。
「おいしい」
デクスはほくほく。
「よくわからない味ですね~」
リーンは相変わらずの空気読まずのトーン。
アウレリアも食すと、あまりのドス濃さに一瞬で胃がもたれる。
「なにこれ」
――ヴェルクリスの食材としてヤギも羊も知っている。
馬は流石にわからないが、処分で食べることがあることは聞いている。
マッシュルームの淡泊で中和されると思いきや、ヤギのチーズの濃厚な癖味で倍掛けの重さに変貌する。
「食べないなら私が食べるよ」
「うん、これは難しい」
フィーリアがアウレリア分を取り上げてしまうと、代わりで黒パンのマトンサンドを頼み直した。
土地の黒パンの強い酸味と、棲家のヴェルクリス山地では珍しい羊肉の薄切りを頬張って、やっと満足を得る。
「ところでリーン様」
「リーン様」
シニスとデクスがリーンに向く。
せめてわかる味にしたいと胡椒を振っていたリーンが、くしゃみをかました。
「今日の夜市は特別賑やかな気がします」
「やはり中立化交渉の現実味で、みんな浮かれているのでしょうか?」
その指摘に、アウレリアだって改めて辺りを見渡す。
――今日は特別、特にシュラヴィ魔族の浮かれ方は異様だ。
でもティーバートの市民だって、瞳の奥に異形を捉えてしまって、浮かれている。
「うーん、より正確に言うのであれば、不安だからでしょう~」
――冠意匠を塗りつぶす教国兵崩れだって、無徽章のアフガンカを着るシュラヴィの群れと飲み合っている。
「玉座に根を這う聖王ラントの天下が崩れ去って、この土地の400年の停滞が、いよいよ終わろうとしているのです」
広場を囲う中層アパートの壁に掲げられる、魔導国の報道機関支社が設置する電光掲示板が、調子の良いミスリル硬貨の緑三角を表示している。
「戦争だって、魔界が魔の者でなくなってから80年経ってなお続く戦も、いよいよですかね~」
「戦が止むのに、なんで不安なの?」
目の前の食い扶持ありきで生きてきた野盗アウレリアには、微妙に理解できない話だ。
シニス分を加えた3人分のグラタンを平らげたフィーリアが、「やっぱり視野が狭くなっている」とアウレリアを哀れんだ。
「例えば、あんたのいないアウレアールム団が、喪う前のまま統率を保てるかって話」
「あ」
――そんなことにも気がつかないほど、疲弊していたのか。
納得したフィーリアは、哀れみの中身を入れ替えるだけだった。
「でもな」
横取りされたミスリルの工作について、フィーリアは「いつだ」と、ずっと引っかかっている。
「フィーリア様?」
リーンらの振り返りで、フィーリアは先んじて結論を放つ。
「火のついた導火線どころか、踏んでしまっている地雷の機微次第ってのが今だよ」
ベッテイク亭でマトンサンドを2つ手に入れたクボ青年が、アウレリアの後ろに場所取りをしてナカムラを待っている。
「あー大尉、いつになったら仕事をあがるんだか」
空腹なクボのつける手巻きのボストークは、もう10時を指している。
舞踏を終えて裾をそっと摘んでから、シュラヴィ女達が舞台から去っていく。
代わりに滑り上げられる傷だらけのチェンバロが、不相応なほど軽やかに奏でられる。
徽章を外したガフリカに、白シャツと蝶ネクタイをした色黒シュラヴィ達だ。
腫れぼったい唇からテノールやバリトンでスウィングを利かせて、称えていく。
ジョシュアはジェリコに戦う
ジェリコ ジェリコ
ジョシュアはジェリコで戦う
ジェリコの壁は崩れる
酒気を帯びるシュラヴィと教国兵崩れの一部が、「しけた霊歌をやめろ」と下品に叫んでいる。
台無しにされて眉をひそめるアウレリアはマトンサンドを手に席を立って、「静かなところで食べる」と行ってしまった。
眩い夜市の喧騒を、セヴァスはただ通り抜けた。
眠る工房街へ抜けようとして、等間に少女の立つ路地に俯きつつ、貧民窟との境になる解体中の城壁を跨ぐ。
ぐぅっと、情けない空腹が鳴る。
――思えば、昼から何も食べていない。
まだ生きている時計工房の看板時計を見た。
2つの針が11時20分を指そうとしている。
夜市に戻らないと何も得られないと諦め、定宿に急ぐ。
「いい加減潮時だと思うぞ」
同じく城壁を跨ごうとするセヴァスぐらいの大柄な魔族男が、後続に対して呆れたように話している。
こざっぱりなエルフ女の冒険者が、「それでも」とごねている。
隣の教国兵崩れが、ごねるエルフ女を面倒と見ながら説得しようとしている。
「ここのギルドに更新料払ったばかりだし。今アタラクトに行くのはもったいないよ」
教国兵崩れが言う。
「でも依頼はカスで、しかも聖都じゃ多分お尋ね者。しっかも、トヨカワの旦那は処されてしまって、次はティーバートの背信者ってところだぞ。それにフィーリアって奴が、俺達の身内に化けてやがるときた」
そこに魔族男が畳み掛ける。
「エイベル。金札1枚は高いけれども、これから起こるだろうこと考えると、これなら捨てるほうが安いに決まってる」
「でも金札1枚はちょっと痛いよ~」
結局エルフ女のケチで振り出しに戻ってしまう。埒が明きそうにない。
「実際、金札1枚は痛い」
通りがかるセヴァスの吐露に、3人が気づく。
「何であんな高いんでしょうね」と、魔族男が気さくにセヴァスを混ぜた。
魔族男の顔を見ると、屈強だがセヴァスとそこまで変わらない中年だろう。
「あんた、どこで生き残った」
同じムジナだとわかったゲッペイが瓦礫に座った。
タバコを咥えてセヴァスに尋ねる。
「ヒノグレーでの合戦で、聖騎士団に属していた」
ゲッペイの背筋がすっと真っ直ぐになる。
目配せで察する魔族男とエルフ女が、慌てて襟を正す。
「失礼。お名前を伺ってもよろしいか聖騎士殿。私はエテルノバスク子爵家次子、ゲッペイだ」
「セヴァスティアン・エイドリス」
ゲッペイがはっと見開いて、据える。
「エイドリス男爵家の……ヒノグレーということは2年前ですか。よくご無事で」
「そちらは?」
セヴァスの疲弊目が、魔族男に向く。
魔族男も軍人然の直立で、セヴァスをまっすぐ見据える。
「15年前にはザナディニアで戦っていました。自分は、元魔界陸軍伍長ハンス・シュミットです」
――15年前ということは、狂信の御子トリヌがお生まれになられた時期だ。
魔界軍の総攻撃が行われ、教国はこれを聖都寸前で撃滅した。
魔側の死者は、28万近く。
「で、このエイベルはただの家出娘だ」
「なんだよ。昔が重けりゃいいってもんじゃないでしょ」
ゲッペイの雑な紹介に不貞腐れるエイベルだが、戦場を知らないのは事実だ。
そんな若輩のエルフだからこそ、敵味方の崩れた3人の精神的年長に、羨望と絶望を感じてしまう。
ハンスの連れる駄目犬レックス3世が、くんくんとエイベルを鼻先で突いて戯れている。
「同じ置いてきぼりだな」と、エイベルはレックスの短毛頭を大切に撫でた。
「ヘア・リタァ。今の聖王について聞き及ぶことはないですか?」
特にハンスが、セヴァスの持ちうる情報を聞き出そうと積極的だ。
しかしセヴァスも、2年前の騎士団壊滅以来、おいそれと本山に戻れない。
「すまぬな、ハンス殿。私も流浪の身ゆえ、今の聖王の導きの意図をよくは知らない。それにおそらく、そちらのほうが知っている」
「そうですか……」
ハンスと顔を見合わせるゲッペイが、帯するショートソードの柄頭を握りしめる。
「セヴァス殿、ヴェルクリス領の件をご存知のことと思いますが」
「魔族の領主が執事と一緒に討たれたとは聞いている」
「噂だと『ザナディニアの女』とのことで、だとしたらティーバートもやばいんじゃないかって、2人と話していたんです」
ゲッペイの説明をハンスが継ぐ。
「現に南門が閉ざされる一方、年若い異端審問官が入ってきています。名目上は『災仙のフィーリア』の捕縛が目的みたいですが、『金姫のアウレリア』も追っているとのことで」
「確かめようにも、教会の扉が固く閉ざされている」
閉ざされている理由など、人夫仕事ばかり受けているハンスもゲッペイも、建前で答えるセヴァスだって知っている。
「何にしても、礼拝堂を片してまで積み上げている武器弾薬って、聖王のご法度ものしかない。なら当然、相手は魔界の軍勢より、聖王の軍とみますが、どうなのでしょうね」
――知らないからには、答えようがない。
だからセヴァスも、その身としての事実を淡々と述べる。
「この私とて生き残った奇跡よりも、敗残の責によって破門は必至。聖王は確かに畏れ多いが、今の私が利のために、嘘偽りを言える様ではない」
ハンスとゲッペイが顔を見合わせてから、それぞれ腕を組んで深い溜息をつく。
夜警だろうか。反射板をつけるランタンが、セヴァスらの屯ろに近寄ってくる。
「宿代を払ってるのに、牢屋で一晩のほうが癪になるよ」
そう言って引っ張るエイベルの言うとおりだ。
「ではセヴァス様、おやすみなさいませ」
ゲッペイとハンスがそそくさ一礼すると、エイベルとレックス3世を追いかけた。
お開き気味の夜市に衛兵の自転車が、電灯を眩くして走っていく。
「へえ、間違いなく。『金姫のアウレリア』ですよ」
商人ギルドが撮る写真を見せて、ベッテイク亭の親父がよく頷く。
「茶髪のそばかすエルフの女と、若葉色や桃色の髪をした娘達と一緒でしたよ。確かにそこの席でマトンサンドを食べてたんですが……」
「そうか」
遅れて駆けつけるキハンソが、議会採決によりアウレリアを探している。
本来が遅筆なので、出来た段階で投げ込むという不定期になります|巴・ω・)こんななのに読んでくれてありがとうね




