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黄金を抱いて魔翔べ  作者: ふんばる観察機
2章『中立化都市ティーバート前夜』
16/18

016『身分詐称は犯罪です。魔界だと懲役15年の判決で、100年の収監が固いですね』

 ザナディニア竜騎兵から黒い早馬を借りるトリヌが、後ろにソラを乗せて峠道を下っていく。

 坂道がならされていくと、やがてティーバートの南門に到着した。

 しかし閉門する時刻ではないのに格子が落ちて、門扉も閉まっている。

「聖王の命を帯びし特別異端審問官トリヌ・ラントなり! 道を開けられたし!」

 トリヌは、フードを脱いだ上、首にかけた自らの聖印を見せつける。

 南門を任されている衛兵長と、衛士隊を率いているキハンソ衛士長が、城壁から乗り出して声を張り上げる。

「恐れながら申し上げまする! ティーバート議会はこのほど、神殿との外交を禁じました!! 貴殿の求めには応じられませぬ!!」

 銀色のかむろ髪が、怒りに逆立って乱れた。

「もう一度求める! 門を開けよ!! これは聖王のみに留まらず、同盟に対する反乱と認めるぞ!!」

 馬背に立ち上がってショートソードを抜きかけたトリヌを、ソラは慌てて抑える。

「聖都冒険者ギルドのソラ・エスティファールです!! ここを通してください!!」

 今度はソラが、ギルド職員の通行証を掲げても、無駄だった。

「ごめん!!」

 憤るトリヌが、握りこぶしより少し小さめの石を跳ね橋に投げても、弾かれて堀の泥水に沈むだけだった。

「あの」

 誰もいない城門を見上げていたトリヌとソラの後ろに、いつの間にかキハンソ衛士長が立っていた。

「まだ何かあるのか」

 激昂しかけるトリヌをまた抑えて、ソラが用向きを聞く。

「公の立場では断交……ということなのですが、特使であれば裏から入れよとの命令ですので」

 複雑な表情を浮かべるトリヌだが、何であれ入れてくれるなら問題ない。

 ソラが代弁する。

「『金姫のアウレリア』がティーバートに潜伏しています。ヴェルクリス領の一件もあります。畏れながら、このままではティーバート市内で蜂起を促す可能性が……」

「魔族市民に対する異端審問では、ないのですね?」

「はい」

「承知しました。ではこちらへ」

 城壁の堀沿いにキハンソに連れられて、馬を置いた2人が歩いていく。

 泥水に架けられる丸太橋を渡ると、城壁に穴が開いていた。

「トリヌ殿、冒険者証はお持ちですか」

――異端審問官としては入れない。

 諦めたトリヌが、それまで腐らせて汚れきった白金色のプレートを提示する。

「ではプラチナ冒険者トリヌ・ラントとして、冒険者ギルドとの規定により入城を認めます。くれぐれも騒ぎを起こさないでくださいませ」

 そうして、やっとティーバートへ入城したのだった。


「トリヌ様、プラチナ級だったんですね」

「まあな」

 プレートを首に掲げたトリヌは、つまらないとため息をつく。

「もっと誇ってくださいよ」

「まあな」

 路地裏の物陰でキハンソと別れた。

 ソラの先導で、中層アパートの立ち並ぶ南の中通りへ折れる。

 夕方というにはまだ早いが、それでも人通りが凄まじい。

 人間にエルフに魔族にドワーフにオークまで、多種多様あらゆる身分の市民がごった返している。

「酔いそうだ」

 トリヌが口元を押さえてうずくまるので、ソラは道脇に寄らせて背中を擦る。

「あーッ!!!!!!」

 年若い生意気そうな娘の叫び声。

 もう1人も、ソラとトリヌの前に立ち塞がった。

「誰だ」

 ソラの手を払い、トリヌが立ち上がる。

 エテルノバスクの家紋を残す、教国軍十卒長崩れの青年と、シーフのように軽装なエルフ女の冒険者だ。

 麦わら帽子を被った屈強な魔族の傭兵が、ゆらりゆらりと遅れてやってくる。

 マガジンを外した2丁のAK-74と大荷物を背に揺らし、中型雑種犬に纏わりつかれ、どうにか追いついた。

――このエルフ女はフィーリアではないし、魔族の方もナカムラなるシュラヴィと似つかない。

 だが小ざっぱりな様相には、見覚えが……、

「お前らのおかげであたしら全員クビになったよ。トヨカワの旦那は優しいし金払い良かったのにさ。どうしてくれんのさ」

「てめえら、よくも俺達の食い扶持を奪ってくれたな」

 エルフ女と教国兵崩れが悪態する。

「なあエイベル、それにゲッペイも。そう喧嘩腰にならないでもさ」

 恐縮の魔族傭兵が止めに入る。

「ハンスだって怒りなよ!! それだからいつまでもウダツがあがらないんでしょ!?」

「そうだそうだ! こいつらのおかげで、俺たちまで教国のお尋ね者じゃねえか!!」

「だからゲッペイ、そういう事を町中で堂々と……」

 ソラとトリヌを置いてきぼりに、凸凹トリオが痴話喧嘩を繰り広げる。

 そんな中を雑種犬が、トリヌへ期待して寄ってくる。

 行儀良く座って、フードの奥を見透かすように見つめている。

「……あ」

 小袋から干し肉を見せると黒一色の目をより輝かせる。

 千切って右手の平を皿にすると、噛みつくこともなくパクパクと食べた。

「……なあ魔族。こいつ番犬にはとことん向かないぞ」

 ヴェルクリス領に潜入した際に、警備兵の彼らから軽トラを奪ったことを、ソラとトリヌはようやく思い出す。

「知っている」

 痴話喧嘩を手で制止したハンスは、涼しげに溜息を吹かす。

 山羊革の指切り手袋越しに、トリヌが犬の顎をちろちろ撫でてやる。

 バカ犬はくーんと擦り寄った。

 トリヌはこの飼い主たる魔族傭兵を見上げる。

――この魔族からは敵意をはじめから感じなかった。他の2人もすっかり脱力して敵意がなくなっている。

 頑丈に納めたショートソードの鍔をより留め、しゃがみこんでから犬の濡れた黒鼻をツンツン突く。

――バカ犬は微妙に嫌がっている。

「この子、なんて名前なんです?」

 触り心地の程よい短毛の犬頭をソラも撫でる。

 親しげな笑みを浮かべ、魔族傭兵に尋ねる。

「レックス3世だ」

 ハンスは、レックスの緩む両頬を軽めに摘んで引っ張る。

 戸惑う犬の目を強引に合わせた。

「人様から食べ物を恵んでもらうんじゃない。干し肉なんて塩分の塊なんだぞ?」

 レックス3世は、言っている意味はわかってないが、忠義は確かなようでしゅんと沈んだ。

「そういえば青髪のメーデル、聖都の冒険者ギルドで受付してなかったっけ?」

 メーデルという魔族語の単語をソラは解せない。

 しかし、とても田舎臭く「お嬢さん」と呼ばれた事はニュアンスとして認識した。

「ヴェルクリスの時といい、メーデルは何で聖王教の人と一緒にいるんだい?」

 無言が答えと思ったのか、ハンスはより優しげに続ける。

「ああ! えっとー……」

 急に現実に引き戻されるソラは、どうしようもなく戸惑った。

「財務枢機卿ドミニクス・ベンカントがこの娘を探偵として強引に雇った。オレ達は、とあるエルフ女と『ナカムラ』なる魔族男と『金姫のアウレリア』を探している」

 トリヌが代わる。

 魔界製の機械鳥が描かれるタバコを分けるエイベルとゲッペイが、耳を傾ける。

「ナカムラ? どこかで会ったような……」

「クボの兄貴分だ」

 クボが主戦力になった1年前のクエストを思い出すゲッペイが、とても嫌な顔を浮かべた。

「クボって、シルバー級の若いシュラヴィだっけ? そういえば一緒に地味なおっさんいたねー」

 そうして、エイベルが「あ」と、指を鳴らす。

「ナカムラって、あの大尉さんか」

 ハンスも思い出したようだ。

「どんな魔族なんだ?」

 トリヌの問いに、ソラは慌ててメモの準備をはじめた。

「どうって……あー、アジア人のおっさん? ニホンの名前だから多分ニホン人だし」

「……あじあ? にほん?」

 トリヌが聞き返す。

「ここだと東蛮の人って言ったほうが近いかな。うーん」

 ハンスは表現に困り果てている。

「他に特徴は?」

 ソラがメモの行を変え、箇条の点を打つ。

「ポール・パンツァーがコントする時につけるような、太い眉に見える黒縁の眼鏡をかけてる」

「格好じゃなくてさ。言動とか行動とか、シュラヴィにしては変わったところはないのかって?」

「そう言われたって、ケルルの異端審問官さん。シュラヴィと一口に言ったってな」

 茶金の短髪をぼりぼり掻くハンスは、少し考えて、実情を答えた。

「シュラヴィの中でも色んな民族や人種がいて、歴史や文化や見解だって違うんだよ。同じ国でも俺がハノーファーの生まれでブレーメンの言葉がわからないようにさ。だから何が変わってるかはよく見ていないし、今は気にも留めていない」

「うーん……」

 ソラは仕方がなしとナカムラに関するメモを停めた。

 代わりに、エイベルに対して、『災仙のフィーリア』について、秘匿故に濁しながら尋ねた。

 しかし濁しすぎて伝わらず、首を傾げ続けるエイベルだ。

 トリヌの頷きを得て「バンドレーヌ・レギス」という最新の偽名を伝えると、中程まで燃えるタバコを落とした。

「知っているのか? 知っているんだな!?」

 トリヌは詰め寄る。

「……母ちゃんだ」

 エイベルの深緑瞳が潤み、日焼けした白い頬を伝っていった。


「すみません。お借りします」

「いいのよー。だってそんな奴がいたんじゃ、ギルドの信用に関わるもの」

 ティーバート冒険者ギルドの女ギルド長は、ソラ達の求めに快く応じた。

 ソラとトリヌと元警備兵3人は、ソラより若い受付嬢の先導でステータスボードの前まで立ち入ったのだった。

「バンドレーヌ・レギス……、このエルフですか?」

 ステータスボードの僅かな光に、若い受付嬢の仏頂面がだるそうに照らされる。

「そう、その人」

 ソラは頷く。

「やっぱり、うちの母ちゃんだ」

 エイベルは唖然としている。

「経歴を出してくれる?」

 しかし若い受付嬢は報告書に2行ほど書いてから、席の椅子を操作権限ごとソラに渡すだけだ。

「終わったら声かけてください」

 そう言って、自分の机の書類山を片付け始めたのだった。

「……」

 ソラはこのいい加減な受付嬢に対し、感謝と同情と少々の苛立ちを覚えた。

――自分で調べるほうが、確かに早い。

 思い直して、操作を続行する。

「天聖王313年12月2日生まれ……ヒノグレー出身……間違いない。これは母ちゃんだ」

「お母様は冒険者?」

「娼婦だよ。結構人気らしくて、取っ替え引っ替えで12人も子がいてさ、私がその9番目」

 エイベルは震え上がっている。

「冒険者だったなんて話、聞いたことがないし出来っこない。これは母ちゃんじゃない」

 フィーリアの識別点たるステータス欄の幸運値0も確認できた。

 紙出力して赤付箋を貼る。

「おい、どうなってんだい」

 ゲッペイは狼狽える。ハンスもだ。

「エルフの女性なら、老若や人種問わずどういう姿でも変幻可能なんです」

 聖都ギルドで抽出を済ませていた他12人分の偽名を、ソラは見渡す。

 横からハンスが乗り出す。

 見覚えのある名前を見つけ、無表情になって指でなぞった。

「カバリエ・キュータース。駆け出しの頃にパーティを組んだ。ダークエルフで、大剣使いだった気がする」

 ゲッペイも2本指でそれぞれ指し示す。

「このソフィリってのも、俺が駆け出しの頃に世話になったハーフエルフの姉さんだ。もう引退したのに……エメラルってのも覚えがある!」

 挙げられた3名分の登録を出力して、幸運値0を確認してから、赤付箋を貼る。

「他に知り合いはいるか」

 一覧されたエルフ女冒険者の名前に食い入るトリヌ。

「いや、これ以上は、いない」

 エイベルに続いて、ハンスも唖然と口が閉まらなくなった。

 ゲッペイは幼少を思い出した。

 初恋の家庭教師アウトラ・フォクテンレスを指したのを最後に、3人はとうとう静まり返る。


 事務態度を徹底するソラが、共有含め14名分を出力し、新たに赤付箋を貼り終える。

 フィーリアのおぞましさに悪寒したトリヌが、フードの下でひどくしかめた。

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