016『身分詐称は犯罪です。魔界だと懲役15年の判決で、100年の収監が固いですね』
ザナディニア竜騎兵から黒い早馬を借りるトリヌが、後ろにソラを乗せて峠道を下っていく。
坂道がならされていくと、やがてティーバートの南門に到着した。
しかし閉門する時刻ではないのに格子が落ちて、門扉も閉まっている。
「聖王の命を帯びし特別異端審問官トリヌ・ラントなり! 道を開けられたし!」
トリヌは、フードを脱いだ上、首にかけた自らの聖印を見せつける。
南門を任されている衛兵長と、衛士隊を率いているキハンソ衛士長が、城壁から乗り出して声を張り上げる。
「恐れながら申し上げまする! ティーバート議会はこのほど、神殿との外交を禁じました!! 貴殿の求めには応じられませぬ!!」
銀色のかむろ髪が、怒りに逆立って乱れた。
「もう一度求める! 門を開けよ!! これは聖王のみに留まらず、同盟に対する反乱と認めるぞ!!」
馬背に立ち上がってショートソードを抜きかけたトリヌを、ソラは慌てて抑える。
「聖都冒険者ギルドのソラ・エスティファールです!! ここを通してください!!」
今度はソラが、ギルド職員の通行証を掲げても、無駄だった。
「ごめん!!」
憤るトリヌが、握りこぶしより少し小さめの石を跳ね橋に投げても、弾かれて堀の泥水に沈むだけだった。
「あの」
誰もいない城門を見上げていたトリヌとソラの後ろに、いつの間にかキハンソ衛士長が立っていた。
「まだ何かあるのか」
激昂しかけるトリヌをまた抑えて、ソラが用向きを聞く。
「公の立場では断交……ということなのですが、特使であれば裏から入れよとの命令ですので」
複雑な表情を浮かべるトリヌだが、何であれ入れてくれるなら問題ない。
ソラが代弁する。
「『金姫のアウレリア』がティーバートに潜伏しています。ヴェルクリス領の一件もあります。畏れながら、このままではティーバート市内で蜂起を促す可能性が……」
「魔族市民に対する異端審問では、ないのですね?」
「はい」
「承知しました。ではこちらへ」
城壁の堀沿いにキハンソに連れられて、馬を置いた2人が歩いていく。
泥水に架けられる丸太橋を渡ると、城壁に穴が開いていた。
「トリヌ殿、冒険者証はお持ちですか」
――異端審問官としては入れない。
諦めたトリヌが、それまで腐らせて汚れきった白金色のプレートを提示する。
「ではプラチナ冒険者トリヌ・ラントとして、冒険者ギルドとの規定により入城を認めます。くれぐれも騒ぎを起こさないでくださいませ」
そうして、やっとティーバートへ入城したのだった。
「トリヌ様、プラチナ級だったんですね」
「まあな」
プレートを首に掲げたトリヌは、つまらないとため息をつく。
「もっと誇ってくださいよ」
「まあな」
路地裏の物陰でキハンソと別れた。
ソラの先導で、中層アパートの立ち並ぶ南の中通りへ折れる。
夕方というにはまだ早いが、それでも人通りが凄まじい。
人間にエルフに魔族にドワーフにオークまで、多種多様あらゆる身分の市民がごった返している。
「酔いそうだ」
トリヌが口元を押さえてうずくまるので、ソラは道脇に寄らせて背中を擦る。
「あーッ!!!!!!」
年若い生意気そうな娘の叫び声。
もう1人も、ソラとトリヌの前に立ち塞がった。
「誰だ」
ソラの手を払い、トリヌが立ち上がる。
エテルノバスクの家紋を残す、教国軍十卒長崩れの青年と、シーフのように軽装なエルフ女の冒険者だ。
麦わら帽子を被った屈強な魔族の傭兵が、ゆらりゆらりと遅れてやってくる。
マガジンを外した2丁のAK-74と大荷物を背に揺らし、中型雑種犬に纏わりつかれ、どうにか追いついた。
――このエルフ女はフィーリアではないし、魔族の方もナカムラなるシュラヴィと似つかない。
だが小ざっぱりな様相には、見覚えが……、
「お前らのおかげであたしら全員クビになったよ。トヨカワの旦那は優しいし金払い良かったのにさ。どうしてくれんのさ」
「てめえら、よくも俺達の食い扶持を奪ってくれたな」
エルフ女と教国兵崩れが悪態する。
「なあエイベル、それにゲッペイも。そう喧嘩腰にならないでもさ」
恐縮の魔族傭兵が止めに入る。
「ハンスだって怒りなよ!! それだからいつまでもウダツがあがらないんでしょ!?」
「そうだそうだ! こいつらのおかげで、俺たちまで教国のお尋ね者じゃねえか!!」
「だからゲッペイ、そういう事を町中で堂々と……」
ソラとトリヌを置いてきぼりに、凸凹トリオが痴話喧嘩を繰り広げる。
そんな中を雑種犬が、トリヌへ期待して寄ってくる。
行儀良く座って、フードの奥を見透かすように見つめている。
「……あ」
小袋から干し肉を見せると黒一色の目をより輝かせる。
千切って右手の平を皿にすると、噛みつくこともなくパクパクと食べた。
「……なあ魔族。こいつ番犬にはとことん向かないぞ」
ヴェルクリス領に潜入した際に、警備兵の彼らから軽トラを奪ったことを、ソラとトリヌはようやく思い出す。
「知っている」
痴話喧嘩を手で制止したハンスは、涼しげに溜息を吹かす。
山羊革の指切り手袋越しに、トリヌが犬の顎をちろちろ撫でてやる。
バカ犬はくーんと擦り寄った。
トリヌはこの飼い主たる魔族傭兵を見上げる。
――この魔族からは敵意をはじめから感じなかった。他の2人もすっかり脱力して敵意がなくなっている。
頑丈に納めたショートソードの鍔をより留め、しゃがみこんでから犬の濡れた黒鼻をツンツン突く。
――バカ犬は微妙に嫌がっている。
「この子、なんて名前なんです?」
触り心地の程よい短毛の犬頭をソラも撫でる。
親しげな笑みを浮かべ、魔族傭兵に尋ねる。
「レックス3世だ」
ハンスは、レックスの緩む両頬を軽めに摘んで引っ張る。
戸惑う犬の目を強引に合わせた。
「人様から食べ物を恵んでもらうんじゃない。干し肉なんて塩分の塊なんだぞ?」
レックス3世は、言っている意味はわかってないが、忠義は確かなようでしゅんと沈んだ。
「そういえば青髪のメーデル、聖都の冒険者ギルドで受付してなかったっけ?」
メーデルという魔族語の単語をソラは解せない。
しかし、とても田舎臭く「お嬢さん」と呼ばれた事はニュアンスとして認識した。
「ヴェルクリスの時といい、メーデルは何で聖王教の人と一緒にいるんだい?」
無言が答えと思ったのか、ハンスはより優しげに続ける。
「ああ! えっとー……」
急に現実に引き戻されるソラは、どうしようもなく戸惑った。
「財務枢機卿ドミニクス・ベンカントがこの娘を探偵として強引に雇った。オレ達は、とあるエルフ女と『ナカムラ』なる魔族男と『金姫のアウレリア』を探している」
トリヌが代わる。
魔界製の機械鳥が描かれるタバコを分けるエイベルとゲッペイが、耳を傾ける。
「ナカムラ? どこかで会ったような……」
「クボの兄貴分だ」
クボが主戦力になった1年前のクエストを思い出すゲッペイが、とても嫌な顔を浮かべた。
「クボって、シルバー級の若いシュラヴィだっけ? そういえば一緒に地味なおっさんいたねー」
そうして、エイベルが「あ」と、指を鳴らす。
「ナカムラって、あの大尉さんか」
ハンスも思い出したようだ。
「どんな魔族なんだ?」
トリヌの問いに、ソラは慌ててメモの準備をはじめた。
「どうって……あー、アジア人のおっさん? ニホンの名前だから多分ニホン人だし」
「……あじあ? にほん?」
トリヌが聞き返す。
「ここだと東蛮の人って言ったほうが近いかな。うーん」
ハンスは表現に困り果てている。
「他に特徴は?」
ソラがメモの行を変え、箇条の点を打つ。
「ポール・パンツァーがコントする時につけるような、太い眉に見える黒縁の眼鏡をかけてる」
「格好じゃなくてさ。言動とか行動とか、シュラヴィにしては変わったところはないのかって?」
「そう言われたって、ケルルの異端審問官さん。シュラヴィと一口に言ったってな」
茶金の短髪をぼりぼり掻くハンスは、少し考えて、実情を答えた。
「シュラヴィの中でも色んな民族や人種がいて、歴史や文化や見解だって違うんだよ。同じ国でも俺がハノーファーの生まれでブレーメンの言葉がわからないようにさ。だから何が変わってるかはよく見ていないし、今は気にも留めていない」
「うーん……」
ソラは仕方がなしとナカムラに関するメモを停めた。
代わりに、エイベルに対して、『災仙のフィーリア』について、秘匿故に濁しながら尋ねた。
しかし濁しすぎて伝わらず、首を傾げ続けるエイベルだ。
トリヌの頷きを得て「バンドレーヌ・レギス」という最新の偽名を伝えると、中程まで燃えるタバコを落とした。
「知っているのか? 知っているんだな!?」
トリヌは詰め寄る。
「……母ちゃんだ」
エイベルの深緑瞳が潤み、日焼けした白い頬を伝っていった。
「すみません。お借りします」
「いいのよー。だってそんな奴がいたんじゃ、ギルドの信用に関わるもの」
ティーバート冒険者ギルドの女ギルド長は、ソラ達の求めに快く応じた。
ソラとトリヌと元警備兵3人は、ソラより若い受付嬢の先導でステータスボードの前まで立ち入ったのだった。
「バンドレーヌ・レギス……、このエルフですか?」
ステータスボードの僅かな光に、若い受付嬢の仏頂面がだるそうに照らされる。
「そう、その人」
ソラは頷く。
「やっぱり、うちの母ちゃんだ」
エイベルは唖然としている。
「経歴を出してくれる?」
しかし若い受付嬢は報告書に2行ほど書いてから、席の椅子を操作権限ごとソラに渡すだけだ。
「終わったら声かけてください」
そう言って、自分の机の書類山を片付け始めたのだった。
「……」
ソラはこのいい加減な受付嬢に対し、感謝と同情と少々の苛立ちを覚えた。
――自分で調べるほうが、確かに早い。
思い直して、操作を続行する。
「天聖王313年12月2日生まれ……ヒノグレー出身……間違いない。これは母ちゃんだ」
「お母様は冒険者?」
「娼婦だよ。結構人気らしくて、取っ替え引っ替えで12人も子がいてさ、私がその9番目」
エイベルは震え上がっている。
「冒険者だったなんて話、聞いたことがないし出来っこない。これは母ちゃんじゃない」
フィーリアの識別点たるステータス欄の幸運値0も確認できた。
紙出力して赤付箋を貼る。
「おい、どうなってんだい」
ゲッペイは狼狽える。ハンスもだ。
「エルフの女性なら、老若や人種問わずどういう姿でも変幻可能なんです」
聖都ギルドで抽出を済ませていた他12人分の偽名を、ソラは見渡す。
横からハンスが乗り出す。
見覚えのある名前を見つけ、無表情になって指でなぞった。
「カバリエ・キュータース。駆け出しの頃にパーティを組んだ。ダークエルフで、大剣使いだった気がする」
ゲッペイも2本指でそれぞれ指し示す。
「このソフィリってのも、俺が駆け出しの頃に世話になったハーフエルフの姉さんだ。もう引退したのに……エメラルってのも覚えがある!」
挙げられた3名分の登録を出力して、幸運値0を確認してから、赤付箋を貼る。
「他に知り合いはいるか」
一覧されたエルフ女冒険者の名前に食い入るトリヌ。
「いや、これ以上は、いない」
エイベルに続いて、ハンスも唖然と口が閉まらなくなった。
ゲッペイは幼少を思い出した。
初恋の家庭教師アウトラ・フォクテンレスを指したのを最後に、3人はとうとう静まり返る。
事務態度を徹底するソラが、共有含め14名分を出力し、新たに赤付箋を貼り終える。
フィーリアのおぞましさに悪寒したトリヌが、フードの下でひどくしかめた。




