015『アイスクリームとの違いって何なの、デクス』『ニホンという国の西の州で流行る、牛の乳を使わない氷菓子だそうです』
馬の中に混じる魔界製のネヴァMB-1型耕運機が、引っ張っていた馬車の過積載でオーバーヒートしていた。
大して経年していないのにもう傷だらけで、青と白のボディから濛々と黒煙をあげている。
「機械っていうのも存外役に立ちませんわ~」
納品を昼過ぎまで遅らせた農場主は、手配師の男へ言い訳する。
羽ペンに持ち替えてバインダーに留めた羊皮の受領書に記入しながら、手配師は苛立って棘になった。
「馬が足りなくて。なにせ耕す頃に魔界の連中が、教国兵の騎馬と間違えて撃ち殺してしまいやして」
農場主は、失敗したという困り顔を浮かべている。
「ミスリル建ての保険はすぐ下りたんですやねぇ。魔界の若い騎士が馬より便利だって勧めるんで買ったっけ、耕す力は5倍あるんですが、ガソリンというのをよく飲むわ、手綱も複雑で、調子の悪さも訴えないわで、扱いにくくて仕方がない」
石畳にたわむ幌馬車に人夫が3人ほど身軽に登って、上から小麦袋を下ろしていく。
農場主は金札20枚を晒し、機械に特に長けている者を募る。
わらわらと集まったシュラヴィの元整備兵が、耕運機を倉庫街の空き地に持っていき、整然と食い散らかす。
煤だらけの空冷フィンをまずは冷やす。
オイルが乾いて爪傷だらけになった4ストローク200cc単気筒のシリンダー部まで丹念に診ては、雑紙に状態を項目ごとによく書き留めていく。
人間の冒険者とシュラヴィの脱走兵が混在する人夫の群れは、麻布に入れられた40kgほどの小麦袋を2つずつ、粗末な背板を組んで運んでいく。
高床になった石造の倉庫にコンベアのような列を成す。
終点の木箱に背負ったまま背板を下ろしては、倉庫内の人夫がリレーして互い違いに積み上げていく。
「終わりはあるんすかね」
魔族青年クボ兵長が、次の馬車の小麦袋を背に受けた。
「終わりがあるから仕事なんだ。さっさと運ぶぞ」
ナカムラだって額の汗をバンダナで拭いて、背板の小麦袋を恨むように言う。
「へーい……」
後続のセヴァスも、背板に2つの小麦袋を担いでのったり歩く。
「私は一体何をやっているのだろう……」
――神の試練にしたって、これほど侘しい作業はない。
おのおの、各80kgの、荒縄をいくらか整えただけの負紐を汗で軋ませる。
冒険者や戦士の堅牢な肩に小麦がざらりとこぼれる。
「誉れのいくさを迎えるために、剣を振るう体がまず食うためですよ。だから頑張りましょう」
3時の熱射を曝びるナカムラの鼓舞は、まったく元気づけるものではなかった。
聖王教会の鐘楼が夕刻を告げた。ティーバートの城門はすべて閉められる。
傾きかけた赤い日差しがデクスの薄桃髪を透かした。
小麦と荒縄のカスがまだ残る2人の魔族男と1人の騎士然な中年男の後に並ぶ。
デクスの後ろにも、子連れの女や仕事を終えた労働者達が、こぞって並んでいる。
噂通り、ここは人気で、とうとうデクスの番だった。
マリオとルイージという口髭を蓄えた魔族兄弟から、結露まみれの錫引きカップに入ったアイスクリンなる氷菓子を5つ買えたのだった。
固めた雪のような儚い歯触りと濃い目なカスタード風味に、リーンと双子は溶けるように頬を緩める。
隣のフィーリアは、カンカンカンとカップをスプーンで雑に刺して、テーブルに広げた号外へ静かな目を通している。
聖王寄りの号外が発す。
『現在、黄金連合の支配下にあるヴェルクリス領へ、聖都手前の宿場町に駐留していたザナディニアの竜騎兵が侵攻。領主気取りの老魔族トヨカワが、執事と一緒に名誉もなく斧で滅多斬りにされた』
日が暮れてもなお活気しているティーバートの市街、中央広場に隣接する庶民市場の喧騒。
遠くで、青髪の女冒険者とフードを深く被った異端審問官が見え、リーンが無言で指を差す。
街の教会関係者や衛兵と思しき人物達に囲まれ、聖王教会の建物に入っていく。
変装するアウレリアは、その金髪や端正な顔立ち、長い睫毛の琥珀瞳を麦わら帽子で覆い隠していたが、さらに目深く被る。
皆、しゃりっとアイスクリンを掬ってはふるりと柔らかい唇を開いて、舌に解していく。
アイスクリン売りのシュラヴィ兄弟が、日傘を閉じる。
たった1人残るガフリカを羽織った白髪の老人に、撤収作業で俯いたまま、ルイージは何気なく事実を告げた。
「悪いね。もう店閉まいなんで、また来てくださいな」
「どうにかならないものかな」
老人は戯けながら少しごねている。
「いやー、すっかり人気でし……」
ごねる老客を見上げたルイージは、青白い顔を土気色に変えてマリオを突く。
「爺さん、申し訳ねえが当のアイスクリンがもう売り切れで……」
「兄さん!!!」
老人に振り向いたマリオは、カエルのような単音を鳴かせて過呼吸に陥った。
「そうは言わんと、わしも若い衆も、ぜひとも味を知りたいのだがな」
相手はマッシモ・アッテヌート、50年近くティーバートの裏を仕切っている闇ギルドの老幹部だ。
「マンマ・アユータメ!!!!」
オーラ語や魔界語どころか、誰にも通じない素のナポリ語で周囲に助けを求めるが、マッシモ老の配下にあるシュラヴィ魔族と、教国兵崩れの荒くれ者ばかりが集まっている。
「お願えです助けてくださし。おいら達は、ちょっと礼儀を欠いてしまっただけなんでさ」
「では礼儀作法を、相当に教えてやらねばならぬな」
マリオの命乞いは拒否されて、2度殴られてから後ろ手に縛られる。
引きずられてマッシモ老の馬車のトランクへ、同じくルイージごと押し込められた。
市民議長の言を思案し、来訪を待つ。
まもなくリーが馬車をノックする。
軍人の実直のまま、ジープへ乗り込むようにナカムラが馬車に乗り込んだ。
「ヴェルクリス領の件は知っているかね?」
マッシモ老は隣に畳んで置いた号外を、ナカムラに渡して内容を読ませた。
「聖都のザナディニア竜騎兵というのは、事実上ベンカント枢機卿の私兵です。魔導国や黄金連合を牽制するにも手荒すぎますし、聖王神殿の統一見解とは思えませんね」
ナカムラは戦争の終わりをより思いながら、これも誤差のうちと判断する。
「わしもそう思う」
マッシモ老も、これが教国が空中分解する氷山の一角なのだと断じる。
「しばらく前から憶測が噂されていたが、とうとう市民議長が、降伏する旨をわしを呼び出して通告してきおったわ」
老人は、アイスクリンの清涼な楽しみを、苦虫で代替えするはめになる。
「報道が言う『中立化』などという生ぬるいものを、あの祖国の軍がティーバートに求めるわけがない。これはわしら、ティーバートに市民権を得て生きながらえておるシュラヴィ全員の存亡の問題だ」
しかしナカムラがマッシモ老の結論を否定する。
「いえ、軍としては中立化交渉を本気で進めるつもりです」
「なぜそう言い切れる」
マッシモ老は眉間に皺をさらに寄せる。
鉛レンズ越しの鷹目で、目の前の東洋男を射抜こうとした。
しかし、ナカムラは臆せず続ける。
「戦線司令部の判断として、現段階でティーバートに降伏を求めることは、潜伏する市内20万の脱走兵と都市衛兵および招集に応じた冒険者約5万、および周辺100万のシュラヴィと真正面から対峙することになります。マッシモさん、あんたみたいな取り纏めの一人を排除したとしてその状況が変わることはありませんし、祖国としても粛清できる範疇を超えてしまっています」
逆に、マッシモ老の妄説に満ちた鷹目を弾いてしまう。
「これだと、今度は教国が問題になります。ヴェルクリス領がこうして私兵に侵攻されたということは神殿の統制はもはや崩れたということ。ザナディニア派がティーバートを矯正するべく進軍する可能性があります」
マッシモ老は恐れと疲れを感じて、鷲鼻からフィンチグラスを外した。
「ザナディニアの、女どもがか」
ナカムラはこれこそが事実として、ザナディニア派の恐怖をマッシモ老に再度認識させる。
「狂信的な男の指揮官が、死体を投げ込みながらメチャクチャな命令を熱心に叫ぶことでしょう。そちらのほうがより恐ろしい結果になりますよ」
頭の中で狼狽えるマッシモ老を置いて、馬車を降りる。
トランクの中で何かが暴れているのに気づいたナカムラが、確認でリーに訊ねる。
「人気のアイスクリン売りですよ。ショバ代は払わないしアイスクリンを売らないしで、奴隷としてオークに売ってやろうかと」
「アイスクリンを作らせるほうが儲かるぞ。俺も食ったが、そいつらのは本当に美味いからな。もったいないことするな」
ナカムラの提言にミンシェン・リーが、「そうだよな」と同意する。
しかし口が裂けても言えない老人への提言や文句を、咥えたタバコの、安い紫煙に溶かしていく。




