014『リーン様のお顔が』『アイスのように溶け出している』
掘っ立てアパートのひしめくティーバートの新市街が、深夜を迎えて徐々に静まっていく。
田舎から出てくる売り子の複数人が、粗末な売り物にあどけない少女の体を携えた。
月明かりで照らされた通りを帰る男達に縋っている。
「だんな様、お仕事の後の一服に、その、ヴェルクリスのタバコはいかがでしょうか? 風味のとても良い……火も、お貸しします」
「ん」
街灯頼りに売り物を一瞥する。
田舎娘の裸足を見てから、容姿を見定めた人間の男は、再び売り物へ視線を戻す。
籠の中からポプリの小袋を見つけ出した。
「これはいくらだ」
「銀札で12枚に……」
「今夜は俺が最後だろう。だったら銀で8枚、銅で2枚だ」
「こ、困ります。それじゃ怒られ」
「稼ぎがないよりゃマシじゃないのか」
そのポプリをくしゃくしゃの紙幣と交換すると、少女は黙り込んだ。
男が立ち去ってから路地裏で枚数を確かめる。
――銀札11枚と、銅札が1枚。
少女は立ち去る男の背を見、それからきょろきょろと周囲の目を確かめた。
銅札を必死に潰して折り込んで、スカートをたくし上げ下履きの中に隠した。
ギルド帰りのセヴァスが、救えなかったものの一つとして、瞼を閉じてしまった。
彼の後ろで、見張っていた年長の少女に少女が打ちのめされて、低く呻いている。
――この場に助けに入ることは、どちらの少女にとっても真の死刑宣告だ。
よく咀嚼して飲み込む。
職人街に近い安宿の薄いベッドに、沈んでいく。
虫の鳴る音、風の吹く音、少し遠くの銃撃音をうとうとと耳に入れていく。
自分の無力を頭に反復させながら、まもなく眠りについたのだった。
魔族の多い北東の貧民窟では、闇ギルドと自警団が、人と魔の混雑する双方に剣と銃を向けた。
あちこちで投げ込まれる手榴弾が炸裂する。
鉄片に斬り刻まれる剣士の男を踏み越えて、魔族の大男がPKM汎用機関銃を腰溜めで乱射する。
ショートソードの鍔をバイポット代わりにしてドラグノフSVD狙撃銃を撃つ女の自警団員が、次の目標をしきりに求める。
しかし魔族の観測手は、頭を火炎魔法で焼き切られて、ウド木と化していた。
そうして闇ギルドは自警団に辛勝する。
ほとんど全滅した高級娼館の惨状を、魔族老人マッシモ・アッテヌートが見渡している。
勲章のみを残したガフリカの上衣をチュニックの肩に羽織り直す。
杖を両手に、老成の鷲鼻を、燃え上がる夜空の星々に向ける。
「こうあっても星は変わらず見えるのか」
鉛ガラスのレンズ越しに、眼光の鋭さを少し和らげた。
そこから幹部として、被害状況の算出を始める。
大きな籠から放たれた鳩達が、朝霞に飛び立っていく。
中央広場の聖王教会が、朝を告げる鐘の音を爽やかに鳴らし始める。
残置された毛布から起き上がったアウレリアが、習慣に任せてチュニックに腕を通していく。
打ち付けられた窓に手を伸ばしかけたところを、シニスに止められた。
「開けると潜伏がバレるぞ」
「んん~……」
アウレリアは目を萎ませたまま、ふらふらぼりぼりと寝癖を掻く。
「起きろアウレリア」
「さもなければ引っ剥がして私達の着替えを着せます」
「やめろ~!!!!」
黒革際どい衣装が脳裏によぎるアウレリアが、身の毛を立たせて覚醒した。
「おはよう」「おはようございます」
「お、おはよう?」
「もう7時だ」
シニスのつけるデジタル腕時計を確認したデクスが、自分の巻く魔界製機械腕時計のゼンマイを巻いて、時刻を合わせる。
――昨日までの記憶を呼び起こす。
今がどうなっているのか。
アウレリアは、整理に10秒ほど要していた。
「私は食事を調達してきます」
「私は広場で情報を得てくる」
「アウレリアはここにいて、リーン様とフィーリア様が起きられるのを待ってください」
「まだ外に出るな」
そう言い残して、デクスとシニスは鍛冶場のマンホールへ下りていく。
留守番になったアウレリアは、暗い鍛冶場を手探りする。
カウンターの後ろに寝袋を敷いたリーンとフィーリアの寝姿を見た。
「あ。…が、……なっ!?」
局地的に激しい『ゴモラ』が繰り広げられた跡。
アウレリアは溶鋼を極し、理解不能に陥った。
カウンターに黒革ピンブーツを美脚ごと置いたリーンは、泥のように濃すぎるコーヒーと、レモンのマドレーヌばかりを食べるという暴挙をしてくれた。
布紙に活版されたばかりの朝刊を広げ、必要なスクラップを適当に拾った裁ちばさみで切り落としていく。
スクラップ本の1冊をフィーリアが広げている。
報じられる動向を黙読しながら、水に浸した干肉を乱暴に口千切っては、薄いコーヒーに猫舌して悲鳴をあげている。
アウレリアも同席して、乾物で朝食を済ませる。
デクスが調達してきた藍色のコタルディドレスに腕を通す。
違和感を覚えつつも、ずっと高くあげていた金髪を自身と双子掛かりでようやく梳かしていく。
残る髪癖を、銅の髪飾りで誤魔化した。
2階から鍛冶場に降りてカウンターへ。
アウレリアの変貌に「馬子にも衣装ねぇー」と洩らしたが、東蛮の喩えをアウレリアは理解しない。
席につくと同時にリーンもカウンターから脚を退ける。
いよいよシニスが溶鉱炉の裏から、『賞金』を取り出してカウンターに置く。
袋の青い中身が輝いた。
「あんたさー、どんなことすればこうなるのよ」
フィーリアが袋のミスリル硬貨の大量に、アウレリアに対し驚くどころか完全に呆れ返っている。
「ざっと300枚ですね~」
ミスリル硬貨を等分に積み上げながら、リーンはその金額に目を青く輝かせた。
「色をつけたと、ゲスのギルド長の秘書が言いました」
と、デクスが無表情に報告し、インクと羽根ペンを用意する。
「100枚ほど増額したと、ゲスのギルド長の秘書が言った」
と、シニスが微感情に報告する。
ポケットから雑に包んだ人数分のミスリル譲渡書を配る。
「すごい恨まれぶりねー。ティーバートの衛兵隊に指名手配されないのが不思議だわ」
積まれた1枚をつまみ上げ、フィーリアは雑な感情を琥珀瞳に映した。
「それはもう、アウレリアさんは大商隊ばかり爆破で襲いますからね~。そんな危ない娘ばかりに衛兵隊は構っていられませんよ~」
リーンは自分の取り分はどれほどかと、餌待ちの犬ばかりだ。
「ティーバートの衛士長は、死呪金貨の前までヴェルクリスの郷士だったから、大目に見てくれているところもあるわ」
キハンソ衛士長への感謝と、申し訳なさを込めて、アウレリアがこぼす。
「とはいえ、公に出歩ける理由にはならないけどね」
棘付きパッドがよく似合う商人ギルド長は、今頃は禿を沸騰させトサカと棘をさらに尖らせていることだろう。
きっとギルドの総力をあげて私のことを探し回っている。
騒ぎになればキハンソも立場上出張って、捕縛した私をギルドに渡さなければならなくなる。
それは避けたかった。
「ま、ともかくだ。これの山分けをしてしまおう」
「そうですそうです~。山分けしちゃいましょう~!」
ミスリル硬貨の独り占めを発覚の時点で諦めるリーンは、皆の納得の上で山分けで得ることにしたらしい。
しかし、そんな焼菓子より甘ったるい算段を、フィーリアは許さなかった。
「あたしに140枚、アウレリアに60枚、双子に99枚」
双子は得々と喜んでいる。
アウレリアも納得はいかないが適当な落とし所だと頷く。
「フィーリア様。あの……私の、わたくしめの取り分は?」
「1枚だ。十分だろう」
「支度にはそこそこの賄賂や投資が必要でしたので~」
「十分だろう」
「いえ……なんでもないです」
リーンは萎れる。
が、フィーリアは立ち上がり追撃する。
「なんでもなくはない。お前の働きに対しては、この1枚こそが相当なんだ。わかったか?」
リーンの眼前に凄んで、ゴミを凝視する目で見下ろしたのだった。
「でもフィーリア様。さすがに140枚はぼり過ぎ」
「フィーリア様、140枚も取って何に使うんです?」
双子が不思議がっている。
「うーん、10枚ほどはティーバート札にして旅支度に使うのと、残り40枚を使って安い通貨を適当に買い漁る感じかな」
「なんでです~? ティーバート札は盤石の上がり調子じゃないですか~?」
リーンは疑問の根拠を、2冊のスクラップ帳から示す。
簡易に描かれたティーバート札の蝋燭足の並びは、1週間前の底値から2倍3倍と上がり調子なのがアウレリアにもわかる。
しかしなんでそうなったのか疑問もあった。
リーンはもう1冊を開いて、先程貼ったばかりのスクラップを指し示した。
「魔界の将軍がこのほど中立化交渉のために、使節団を率いてティーバートへ来訪するそうですよ~? 成立が結構確実視されていて、教国関連以外は株も為替も上がっているようです~」
「ふーん」
アウレリアは微妙な思いだ。
フィーリアも、言葉を飲み込んで、いけ好かない顔をしていた。
半分ほどが閉まっているものの、動きはある。
特に魔界製品が排除されてからは、職人街にも工房が戻ってきている。
だからすっかり封鎖されたヴァルツの工房から、たまに娘達の声が漏れたとしても、朝なら特に気が付かれない。
鎧を脱いでチュニック姿になったセヴァスもその声に振り返るが、すぐに勘違いだと戻った。
そのまま細路地を抜け、倉庫の連なる区画へ出る。
「ナカムラ殿」
「セヴァスさんじゃないか」
倉庫の影でナカムラが、昨日の魔族青年と組んで体を解していた。
頭にタオルを巻きランニングシャツ姿のナカムラが、セヴァスの呼びかけに応える。
「あれから、他の護衛はいかように?」
「大丈夫ですよ。怪我人には労災も下りましたし、俺だけトゥーレの旦那に怒られたり、保険屋の事故調査にかかったぐらいです」
「それは良かった」
セヴァスはナカムラの一仕事を終える安堵の言葉に、金姫の強奪の時と同様、欺きを一切感じなかった。
可愛く整う東蛮人に似る魔族青年は、セヴァスの高身長や歴戦の傷を見上げて、目を輝かせている。
「ところでセヴァスさんも、ラーラ商会の人夫仕事ですか?」
「そうだ」
「手配師は8号倉庫前にいますよ」
人夫の冒険者が溜まっている資材の山辺りを指し示す。
「収穫がまだ到着してないそうで、俺らも待たされるばかりでね」
「ほんと、いつまで待たせるんだか。このまんまだと熱中症になるっすよー」
魔族青年は水筒を静かに傾け、わずかでも涼を得ようとしている。
「では、失礼する」
セヴァスは資材山に頭を覗かせている、悪徳顔の手配師へ歩んでいった。
「あーあ、これはやってられないぜ」
「ほんとっすよ。バックレましょうか大尉殿」
「馬鹿。せっかく割のいい仕事なのに、信用を潰すな」
標高1200メートルのティーバート高原に昇る太陽は、6月近い正午を過ぎてとても高い。
晴天にカンカンと太陽が照って、気温はおそらく30度を超えている。




