013『100万ドルの夜景とか言うが、時代が下ったせいで今じゃ1000万ドルを超えるそうだぞ(もぐもぐ)』『神戸牛のすき焼きが食べたいっす。大尉(もぐもぐ)』
そばかすエルフの女冒険者に、アウレリアは信頼と疑念のないまぜになった複雑な目を向けた。
「バンドレーヌ・レギス? それともフィーリアって呼んだほうがいいの?」
――フィーリアへの関与を執拗に訊かれたし、未署名ミスリル硬貨の仕掛け人だとも言っていた。
フィーリアというのが何なのかは今のアウレリアにもわからない。
とにかくこいつがフィーリアという名前なのだと仮定した。
「うーん……じゃ、フィーリアで」
――仮定が確定に変わった。
辺りを見渡すフィーリアに、アウレリアはきつく睨みを利かせる。
「じゃフィーリア。この破廉恥女とあなたは結託してるってことでいいのかしら?」
「あーもしかして、あんたを陥れたのは誰だって話?」
「そうに決まっているでしょうが……!」
狼の唸りにたじろぐ素振りを戯けて見せる。
それでもフィーリアは、声色を真剣にその関与を否定した。
「あたしだって、あんたが頼った聖都の情報屋から聞いたのが始まりさ。このリーンに裏取りを頼もうとしたら、先に動いてくれてたからね」
「リーン?」
この破廉恥の名前だと結びつくのに、少し時間がかかる。
「リーン・エスカルドは純血魔族の血が交ざる中でもフォーロの末裔にして『永起』の名を冠する魔女。しかも現代錬金術師よ。ちょーとやりすぎて、今は闇ギルドから追われているけど」
「魔女? 現代錬金術師!? こんな破廉恥女が!!?」
アウレリアは愕然だ。
――魔女は神話の時代に在った災厄の存在だ。
それが今まで生き残って現代錬金術師――ラング魔導国のエリート科学者だというのだ。
やりすぎたという点は気になるが。
「うんうん、驚くのも無理ないわー。こいつ見かけは自称23歳を気取る若作りの年増だけどさ、その実は古エルフのあたしよりバ」
「フィーリア様」
双子によって、貼り付き笑顔のリーンが抑えられる。
「どうどう」「どーど~」
頸部の黒革地を握ってぷるぷると震えるリーンへ、ケタケタ笑うフィーリアが主導権をバトンタッチした。
深呼吸で落ち着いてから、リーンが続ける。
「アウレリアさんもご存知の通り、ミスリル硬貨の識別魔法は絶対です。実際、各名門の調査でも魔法を変質させる穴は徹底的に塞がれており、一度鋳造された硬貨は物理的な損傷をしない限り、取引履歴を書き加えながら、永遠に世渡りしていくわけです」
「そうじゃないと、大陸全土の通貨が替えられる事態にはならないわよ」
「確かに、通貨としての信用を担保するのに必要不可欠な機能ではあるのですが、普通はここまですると採算度外視なんですよ。こうやって世界中に蔓延させる手段を取るなら、かえってその『絶対』は無制御を招いて邪魔になるはずなんです」
「でも魔法の術式自体に全く欠陥がないんでしょ?」
「ええそうです」
さもわからないとリーンはよく頷く。
「だったら、どうしようもないじゃない」
ミスリル硬貨の徹底ぶりに、瞼に残る、あの青い輝きの恐ろしさを、アウレリアは再確認した。
「ですから、それだったら複雑な仕掛けがもたらす結果に意図された欠陥があるはずなので、結果を得るための硬貨の環境変化に目をつけて、実験してみました」
「実験?」
アウレリアは食い入る。
「そうです。それで端的に結果を言いますと……」
溶鉱炉の上で長い脚を悪戯めに組んだリーンは続ける。
――ランプの中の火が、わずかな隙間風に揺らいだ。
「――いやー怖いですね~」
聞き終えるアウレリアは、わかったようなわからないようなと左親指の爪を甘噛みする。
「欠陥……と言っていいのかしら、それって……」
「その仕様を隠していますし、そうでしょうね~」
リーンは頬に左人差指の腹を当て、アウレリアに視線を戻す。
「今回の聖王教国に起こった事態をあちこちで発生させ、崩壊させて空白なところを叩き値で買い漁る。吸血鬼ディリーバ・ポフ・テルセスタンが高らかに君臨して安定お気楽な世界征服~、……なのかも知れませんね~」
――ディリーバ・ポフ・テルセスタン。
父様がお読みになっていた書物に、その商人の名前があったはずだ。
ざっと450年を夜に生きる吸血鬼にして、ラング魔導国最古の大老商。
――だからこそ、この隠される仕様が成立する。……のだが、
「余計にわからない。このタイミングで教国の経済を崩壊させるのは時期早じゃないの? 聖王教の特に聖都本山は腐敗してるったって、まだまだ活きの良い状態なのに、こんなことしたら買うどころじゃないんじゃないの?」
「……あ、それは私です~」
リーンは縮こまりながら挙手をした。
「あ、やっぱり?」
フィーリアは目頭を軽く押さえて、諦観を溜めた息をついた。
「……なんだと?」
アウレリアの握りしめる鍛冶槌に、白い炎が沸き立ち始める。
「えっと……えっとですね? アウレリアさん、落ち着いて聞いてほしいのですが~」
「ええ、まだ落ち着いているわ。だから冷静に解りの良いように聞かせてちょうだい??」
鍛冶槌の白い炎が、メラメラグツグツと燃え立ちはじめている。
「せっかくこうやってわかったんだし、ついでに一儲けしようかと、代々スケベな田舎伯爵と彼の商会へ持ちかけて、適当なところで神殿にリークして強請ろうと思ったのですが。……完璧なフィーリア様はともかく、あの冴えない魔族のオジサマまでどこからか嗅ぎつけて、しかも奪ったカードをさっさと使ってしまいましたので」
「わかった。つまりお前が私を陥れたんだな、破廉恥」
「ちちちちがっ、合ってるけど違うというか、私はもっと内緒にコトを済ませるつもりで、あなたを利用する計画はなかったわけで」
「未署名ミスリル硬貨を100万枚も用意した時点で同罪だぁあああああ!!!!」
鍛冶槌の炎が白から真っ赤に変わった。
工房へ飛び火しそうな勢いで燃え上がっている。
「フィーリア様お助けを~!!!」
リーンはフィーリアを盾にして、後ろへしがみつく。
「アウレリアの言うとおりよ」
フィーリアの無情の突き出しに、リーンは絶句した。
「しかもさ、独断で起こしてから私に今さら泣きつくなんてさぁ……私は楽しいし愉快なのだけどそれはそれとして、尻拭いぐらい自分でしたらどうなの??」
「同感だ。諦めろ。リーン様」
「アウレリアによる罰は受けるべきです。リーン様」
もはや弟子の双子までリーンを断罪の炎へ導いていく。
「大丈夫大丈夫。こいつ不死身だし、ヒノグレー印のエリクサーの用意だってあるから、存分にやっていいわよ? アウレリア」
フィーリアが女神の微笑みを浮かべたので決したのだった。
「やーめーてーぇええええ!!!!!」
だらけた若衆が叩き直されるような女のギャグ断末魔が、夜を迎えた職人街にくぐもって響き渡る。




