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黄金を抱いて魔翔べ  作者: ふんばる観察機
2章『中立化都市ティーバート前夜』
12/18

012『スキヤキって牛料理があるそうね。私は豚のが好きだけど』

 ナイロン弦をポロポロと、リュートを弾いて吟遊詩人が謡う。


無垢に産まれしザナディニア女は

火龍と化身し魔を祓う

ザナディニア男は熱に狂いて

かの死に恋慕を抱きたもう


名もつけられずザナディニア女は

殉じろとままに魔を祓う

ザナディニア男は熱に狂いて

かの死に恋慕を抱きたもう


 安酒場の隅に追いやられ、弱りかけた古詩に傾く客など、もう物見な者しかいない。

 「上を向いて歩こう」と魔界語の歌が陽気に飛び交う。

 しかし下劣な野次が飛び交っても、馬糞臭い紫煙を吹きかけられても、ポーカーの勝った負けたが叫ばれたって、古き吟遊は絞る声で謡い続ける。


命火にかしずくザナディニア女は

魔の乞うままに死を祓う

ザナディニア男は槍を携えて

かの死に恋慕を抱きたもう


繰って返されるザナディニア女は

飛龍となりて死を祓おう

ザナディニア男は弩を携えて

かの死に恋慕を抱きたもう


 古語で謳われる『ザナディニアの眠り詩』を楽しめる者は、もはやこの場にいないだろう。

 鏡の張られたカウンターでは密造酒を受け取って、下等な客の振る舞いを受け流していく給仕の可愛い娘達。

 吟遊に唯一、セヴァスが懐う。

――蝋燭の灯りはこうして消えていく。

 芯火は吹き消えて、獣脂の臭いをひどく遺す。

 ヘロイン漬けの老ドワーフ――神匠ヴァルツを、セヴァスが看取る。

 栄光なくただ虚しく、太い首を石鹸水で濡らして、茨のような荒縄で吊ったのだった。


 ヴァルツの腐海い居室を片付けて、淋しそうな大家へ明け渡す。

 それまで空にしていた宿代金をティーバート札で支払って、黒騎士セヴァスは表通りの聖王教会を通り過ぎた。

 向かいに建つティーバート冒険者ギルドのクエスト掲示板を見上げる。

 錆転換塗料を塗る黒騎士鎧をぎしりと軋ませ、ほぐれかけのバスタードソードをちゃかと鳴らす。

 碌でもない内容ばかりにセヴァスは眉間に皺を寄せる。

 右隣に機嫌の良さそうな同年代の声をふいに聞いた。

 黒ローブ姿のナカムラだ。太眉のようなブロー眼鏡を拭く。

 ゴテゴテのツヴァイハンダーを背負う、魔界兵衣アフガンカ姿の魔族青年を見張っている。

 青年は駄菓子を選ぶかのようで、それはもう楽しそうに依頼の品定めをした。

「ねえ大尉」

 ナカムラを大尉と呼び、青年は指で示す。

「これなんてどうっす? 『果樹園の剪定、ただし銃武装したドライアド群体による作業妨害有』」

「お前一人でやれ」

 不満をあげるシルバー級冒険者の魔族青年だ。

 ナカムラはもう諦めた低い声色を吐きかける。

「こんなのもあるっすよ?『アタラクトへの隊商護衛、ただし隊商はオークの一団であり、ギルドとしては女性を望まない』」

「差別注釈もいいところだ。で、いくらだ?」

「ティーバート金札で7枚っすねー。全期間で」

「何日かかると思っている。割に合わん、却下だ却下」

 しぶしぶ納得して依頼を貼り直す。

「あ、これ良さそうっす!」

 もっとも明るい声で、青年がはしゃいだ。

「衛兵隊からの依頼っすよ!『ケンタウロスの群れ抗争を仲裁する、とっても些細なお手伝い!』、金札250枚!!」

 ついにナカムラは青年の顎に鉄のアッパーカットを決める。

 そして適当な依頼書を隅から剥がして、痛がる青年の顔面にずさずさと擦り込む。 

「えー! 穀物倉庫の人夫なんて嫌っすよ! つまんないっすよ!! つまんなーい!!!」

 引っ剥がす青年がぶーぶー不満を鳴いている。

「でも割りは良い」

「いくらっすか?」

「日当で金札1枚、それが1週間」

 依頼は偽りなく、確かに割の良い条件が書かれていた。

「うー……でもでも、でもでもでもでも大尉殿大尉どの~!!」

「兵長……仕事ってのは本来そんなもんだぞ。つまらんほど高いもんだ。そしてこの依頼は極めて良心的だ」

「そうっす。……そうっすけど!!!」

 青年の浪漫を、ナカムラは聞き入れない。

「それ受けるぞ。ぼやぼやしてると定員が埋まってしまう」

「でもこれ2日前の依頼っすよ? なんで誰も取らなかったんすか?」

「そりゃ、手配師を介した依頼だからな」

 ナカムラは手慣れ故の疲れた声色で説明する。

「依頼者に余計に金を出させたり、より安く人夫をこき使うのに、わざと定員を絞って散発的に出すんだ。しかもこいつは手配師としては悪名高くてな、名前を見ただけで誰も寄り付かん」

「悪名高い手配師なのに、なんで選ぶんすか?」

「悪名高いったって詐欺師じゃねえんだ。それにこの条件だとまだ試行錯誤の段階だろう、ほぼ中抜きされていない」

 2人が受付に行った後、セヴァスは彼らの去った右端に寄る。

 きょろきょろと周囲を確認してから、さっと剥がす。

「……」

 そうしてセヴァスは、別の受付に並んだ。


 破れた城壁からティーバート市街へ入ったアウレリアは、双子の導くままに噴水広場の大きな建物へ入る。

 で、亀甲縛りにされた。

「飛んで火にいる夏の虫ってのはお前のことでもあったんだな。『金姫のアウレリア』ちゃぁあ~ん??」

 商人ギルドの応接室に蹴飛ばされたアウレリア。

 棘付き肩パッドが似合いそうなティーバートの禿ギルド長に、彼女は唾を吐きつける。

 ギルド長はアウレリアを憎たらしく睨むが、蹴り続けるのをやめた。

 手配書の人相書きと彼女を比べて、本人に間違いないと満足そうにふんぞり返る。

「しかしなんで大人しく捕まったんだ?」

 ジャケットの太りに染みていく唾をハンカチで拭き、ついでに万年筆の持ち手をよく拭いていく。

 黒檀机の金庫から取り出す小切手帳に、その賞金額に対して少し色をつけて記入する。

「よく捕まえてくれたと、色をつけたことをくれぐれも言えよ」

 女性秘書を介して、無表情を保って待つ双子少女の賞金稼ぎに渡した。


 聖都の衛兵ほどではないにしろ、地下の座敷牢へ雑に投げ込まれる。

「もうちょっと丁重に扱えよ……」

 そして若葉色の女との約束を、待つことにした。

――まあ別に、こんなザル警戒なら自力でなんとかなるけどさ。

 親指の付け爪を剥がす。

 出てきたカミソリ刃を器用に摘んで、毛羽立ちのひどい細縄のほつれを少しずつ裂いていく。

「でも、本当に助けにくるのか?」

 退屈しながら待っていると、まもなく壁の石造りが順繰り抜かれていく。

「おへ」

 双子のシニスが、淡桃色の髪を石造りへぶつけて無言に悶える。

「痛いの飛んでけ」

 双子のデクスがシニスの頭を撫でながら、アウレリアの手を引いた。

 双子と一緒に劇臭の下水道をじゃばじゃば進んで、きつい臭から生活がなくなったあたり。

 懐中電灯で照らしたマンホールを、シニスの次に昇っていく。

「ここはなに?」

 死んだ鍛冶場だった。

 ランプが1つだけ点る広い作業場を、見渡して、よく観察する。

――武具になり損なったガラクタ山、金床の横には鍛冶槌がまだ置かれている。

 槌に使われているオリハルコンの白い頭部は、まだ魔熱を蓄えて、ほんのりと微に揺らぐ。

「放棄された工房だ」

 デクスを引き上げ、シニスが答える。

「ヴァルツという名の知れたドワーフの武具工房です。2年前に倒産してから、私達以外の出入りはありません」

 シニスの支えを受けながらデクスは答える。

 アウレリアは、炉の上に掲げられた銘板に目を凝らした。

――古語で書かれたモットーは、長年の熱と煤と埃によってもう読めない。

 しかし確かに、ここは立派な工房だった。

 死呪金貨以前は、活気に満ち溢れていたのだろう。

 暗い光景にアウレリアは、諸行無常を覚える。

 感傷のまま、オリハルコンの鍛冶槌を手にとった。

 積もった塵埃を手箒でよく払い、右手で軽く振ってみる。

「結構馴染むわね」

――ドワーフのゴツい拳に合わせているものと思った。

 アウレリアの小さな手にもミスリル柄はよく合致する。

「で、オリハルコンってことは」

 アウレリアは久しぶりに念じる。

 この槌に心を託すような感覚で元来の弱い魔力を込めてみた。

 オリハルコンの頭部に蓄えられた魔熱の揺らぎが、包み込む白い火に変化している。

 魔力の伝達性を極めている証拠だ。

 周囲に当たらないよう気をつけて、左手と両手でそれぞれ振り回してみる。

 濁りのない純潔な魔力の曳光に見惚れる双子。

 見惚れに気づかないアウレリアは、以前の得物以上の手馴染みと、重みを見出した。

「よし、これ使うか」

 こうして、神剣魔具を那由多に打ち出したヴァルツの鍛冶槌は、2年の不在の末、金姫アウレリアの新たな武器に任ぜられたのだった。

 ガゴンとマンホールのずらされる音。

 若葉色の黒革破廉恥女とそばかすエルフの女冒険者が、下水道から昇る。

「や、おつかれー」

 けほんと一咳するそばかすエルフが、喉を鳴らしながら、気楽な口調でアウレリアらを労う。

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