ラビットさんのオカルトラジオ 8
卯月が雨音にこれ報酬ね、と軽い調子で言いながら、古い和綴じ本を手渡す。
「これは……、日記?」
「よく分かったね、古語で書かれているけれど、書いた本人である君なら読めるんじゃないかな」
雨音は恐る恐るページをめくる。次第にページをめくる速度が上がっていく。ちらりと覗き見た本には、崩し字で何かが書かれていた。俺も古典は学校で習ってはいるが、さすがに活字にされたものではないと読めない。だというのに、雨音は険しい顔をしながら食い入るようにその文字を読んでいる。俺はとても声を掛けられなくて、卯月に目を向ける。
「本人が書いたってどういうことですか?さっき雨音が、その、前世と名前が同じと言っていたのと関係があるんですか?」
「そうだよ、特異例アマネ。何度も何度も全く同じ姿形で転生し続ける魂」
「特異例?」
「普通同じ魂とはいっても、微妙に姿形を変えるものなんだ。だが雨音はもう何百年あるいは何千年、クローンレベルで同一個体であり続けている。だから、特異例と呼ばれている」
雨音が、本から顔を上げる。
「ここに書いてある文字は読めないのに、なぜか内容が頭に入ってきます。だから、あなたの言うことは事実なのかもしれない」
「うーん、かもしれないっていうより事実なんだけどな。ていうか、君には前世の記憶とかはないわけ?特異例の中には、前世の記憶を保持している個体も多いそうだけど」
「記憶なんてありません、……、私はただ変なものが時々見えるだけの普通の人間だと思って今まで生きて来ただけなので……」
雨音の顔色が悪い。それに気づいていないわけもないのに、卯月はそう、と一言だけ言葉にして俺に顔を向けた。
「君も、特異例ではないけれど、特殊なんだよね。前世がないまっさらな魂には価値がある」
「どんな価値があるって?」
「さあ?そこまで、アイツは教えてくれなかったからなあ」
値踏みするように俺たちを見る卯月に薄気味悪さを感じる。それまでだんまりしていた宇佐美が口をはさんだ。
「アマネくん、その日記に書かれているのは、君にしか扱えない特殊な鬼術のやり方だ」
「鬼術?」
「ああ、先ほど卯月が君たちを学校から転送させたのもその鬼術というものだ」
「古来、鬼という言葉には、魂など目に見えないスピリチュアルなものという意味があってね。そこから鬼術という言葉が出来た。まあ、魔法のような力だよ」
卯月はそういうと、再びあの悪趣味なリボンが付いた化け物を呼び出した。
「こいつを調伏したのもその力ね」
「卯月、透くんが怖がっている。やめろ」
宇佐美がそういうと、卯月はあの化け物をしまう。ごめんね、と口パクでこちらに言ってきた。雨音は俺と違って全く動揺しないまま、話を続ける。
「皆さんもその、鬼術が使えるのなら、私に協力しろっていうのは何故?」
「言ったでしょう?君の使う術は特殊なの。君の使う鬼術は、『魂を回復させる』ことができる」
「ああ。魂に干渉できるのはこの国ではカミサマやそれに類する力を持つものだけ。その中でも、傷つけるのではなく回復させられるのは、本来カミサマだけなんだ」
「雨音がカミサマってことか?」
「うーん、カミサマなら死なないと思うから転生しているし違うんじゃないかな。細かいことは俺たちも知らないんだよね」
そういいながら卯月は、ポケットから赤いヘアバンドを取り出して、雨音に手渡した。
「試しにまず力を使ってみてよ。これは、俺たちの亡くなった家族の遺品だ。魂は遺品などの思いが強いものに引き付けられるらしい。これで、あいつの欠けた魂の欠片を探してくれないか」
「急に言われたって雨音だって、そんなの知らないだろ」
「そのための日記だ。アマネくんの魂が記憶しているはずだ」
やってみないことには、こいつらは引く気はないらしい。雨音の方を見ると、目が合った。俺に何ができるのかわからなくて、取り敢えず安心しろ俺が付いているという思いを込めて頷く。雨音は微笑んだ後、目を閉じた。
すると、雨音がヘアバンドを片手で握りながら、もう片手を水でも受けるような形で開いた。
「《鴉》」
雨音がそう口にすると、雨音のヘアバンドを握っていない方の手のひらが光った。そして、今まではそこになかった、綺麗な赤色の飴玉の欠片のようなものが現れた。十粒ほどで、とても小さかったけれど、何故だか目が離せなくなるくらい綺麗だった。これが魂の欠片なのだろう。納得できるだけの神秘さがそこにはあった。
「すごい、これがアマネの力か」
「でも、これだけ?これじゃ足りない、戻してあげられない」
卯月は、目の前で起こった超常現象に関心するでもなく、顔を青ざめさせた。
「ねえ、本当にこれだけ?アマネちゃん、もう一度やってくれない?」
「おい、卯月気持ち話わかるがまずは礼を言え。それにまだ慣れていない人間に何度も連続で鬼術を使わせるのは危険だ」
宇佐美が卯月の肩を掴むと、卯月はうなだれる。
「そうだね、ありがとう。アマネちゃん」
「足りないってどういうことですか?」
雨音は静かに問いかける。彼女の手のひらの上では、相変わらず綺麗に、魂の欠片が輝いている。
「本来、魂とはもっと大きなものだ。その欠片だけでは、魂を作り直すのには足りない。……、ここで、この学校であいつは襲われたはずなんだ。だけれど、すでに散逸したのか、その欠片がなぜか集まりきらなかった」
「もちろん、君の所為じゃないよ、アマネちゃん」
冷静に説明する宇佐美に、卯月は付け加える。
「ありがとう、あいつの欠片を集めてやれた。君が居なかったらそれも出来なかった。ありがとう」
卯月はそういうと、頭を深く下げた。雨音は、ヘアバンドと魂の欠片を卯月に手渡す。卯月はそれを大切そうに、風呂敷に包んだ後、もう一度、雨音にありがとう、と礼を言った。
「もう遅い、今日はここまでにしよう。送るよ」
卯月はそういってあの食えない笑みを、その顔に戻した。




