プロローグ
背卯月には、両親と四歳離れた弟がいた。優しく、時には厳しい両親のことが卯月は大好きだった。そして、引っ込み思案の弟のことも可愛く思っていた。外で体を動かすことが好きで、友人も多い卯月と違って、弟は家で本を読んでいることが好きだった。けれど、外で遊んできた卯月の話を両親と一緒に目を輝かせて聞いてくれた。「さすが兄ちゃん」といって憧れのまなざしで見られて悪い気はしなかった。そんな優しい家族のことが卯月は大好きであった。
あるとき、出来たばかりの遊園地に家族四人で行ったことがある。普段静かな弟が、珍しくはしゃいで、卯月の手を引っ張っては、色んなアトラクションに連れて行った。そんな二人を両親は優しく見守っていた。よほど楽しかったのであろう。弟が帰りにマスコットキャラクターのハムスターのぬいぐるみが付いたキーホルダーを欲しがった。両親は、俺の分も合わせて二つ買ってくれた。あのぬいぐるみは、今は何処に行ったのであろうか。
そんな幸せな日々が終わったのは、ある普通の日曜日だった。四人で買い物に行った帰り、急に弟が車道に飛び出したのだ。咄嗟のことに、卯月の体は動かなかった。外に出ても、走り回ったりせず、いつも静かな弟がなぜそんな行動をとったのかは、未だに分からない。ただ、結果として、その弟をかばいに両親が車道に飛び出したことは覚えている。その両親に弟の手が触れたことも。その先は分からない。
気が付いたら、膝を擦りむいただけの弟と二人ぼっちになっていた。両親は死体すら見つからなかった。
あの温かい家は一日で静まり返った。優しい親族は、決して両親の遺産に手を付けるようなことはなく、同じ家で過ごせるように色々な手続きをやってくれたようだ。それでもあの日々は帰らない。弟を責める感情が湧かなかったと言えば嘘になる。
あの静かな家にはあまり寄り付かなくなった。すでに通っていた中学は、幼稚舎からのエスカレートで、学費も十分なくらいの金を親は残してくれていた。卯月は寮に入った。弟も同じ学園の初等部に居たが、どう過ごしていたのかは知らない。顔を見てしまうと、呪詛が口から溢れそうで、会いたくなかった。
寮の中では友人ができた。その友人たちと一日中つるんで過ごすようになった。もう一つの家族のようであった。他の学校の奴と喧嘩をしたり、やんちゃもかなりしたように思う。その一人が宇佐美だ。ほとんど同じ学年の奴らだったが、数年過ごすうちに、集まりに一人後輩が加わった。
奇しくも、弟と同じ四歳下の男であった。卯月を『アニキ』と呼び慕うその男はいつも、赤いヘアバンドをしていた。




