とりかえばや 1
トタン小屋の中、俯きながら掌の中の魂の欠片を眺める卯月に宇佐美は声を掛ける。
「キラリン達はこちらには加勢できないそうだ」
「……、そっか連絡ありがとう。そもそもあっちの方が大変だろ。二人で大丈夫そう?」
「まあ、今後二度と潜り込めはしないだろうが。あいつらなら捕まるくらいなら、辺り一帯焼け野原にするだろう」
「あー、そっちの心配が必要か。別に敵対したいわけではないんだけどな」
「今更だろ、あいつらの名を、魂リサイクルセンターの名を騙って、幼気な高校生をだましたんだ」
「しかも、VIP中のVIP特異例のヒメサマをね」
「彼らは、……、あまりに人が好過ぎて申し訳なくなってくる」
普段は仏頂面の宇佐美が、自嘲気な笑みを漏らす。
「でももう引き返せない。物事には優先順位があって、俺らは世界よりも家族を取った」
「ああ」
卯月は宇佐美を責めるように、冷静に諭す。引き返すことは手の平の欠片の輝きが許さない。
「あのヒメサマの力は本物だ。日記帳に目を通しただけで、頭じゃなくて体で、いや、魂で鬼術のやり方を理解したようだった」
「ああ、……、それでも、それでも、それっぽっちしかあいつの欠片は見つからなかった」
「宇佐美、この場合お前はどう考える?」
「俺の意見でいいのか」
「お前意外に誰が居るんだよ、キラリンは物理担当だろ?」
卯月はクスリと笑う。だがどこまでも、その瞳は苦しげだった。
「リーダー殿でも手詰まりか」
「俺だって万能じゃない」
「数学と一緒だ、一つずつ可能性を吟味し削っていけばいい」
「一つ、あのヒメサマーアマネちゃんの力が覚醒しきっておらず、欠片を回収しきれなかった。二つ、アマネちゃんが俺たちを信用しておらず力を制限した」
握ったこぶしの指を一本ずつあげながら、話を続ける卯月を宇佐美が遮る。
「三つ、そもそもこの近辺に散らばっていた魂がそれで全てだった」
宇佐美の発言に、卯月はゆっくりと手を下した後、宇佐美の顔を睨み上げる。
「あ??」
「冷静になれ卯月。いつものお前らしくもない」
「家族のことだ、冷静になれるわけもない」
「お前が俺たち家族を大切に思ってくれていることは分かる」
宇佐美と卯月は、中学二年の時、寮で出会った。一年の頃から入寮していた宇佐美と違って、卯月は二年の途中から、寮に入ってきた。卯月が両親を亡くした後のことだ。それから、寮で出会ったみんなのことを、卯月がどれだけ大切にしてきたことか。それこそ家族と呼んでまで。だからこそ、今の卯月が冷静さを欠いていることに宇佐美は気づいていた。脳裏に赤いヘアバンドがちらつく。
「卯月、今のお前は冷静さを欠いている。人を疑ってかかり過ぎだ。それほどアマネやトオルは非情に見えたか」
宇佐美は卯月を睨み返した。数秒、いや数分だったかもしれない。睨み合っていた視線を先に解いたのは卯月だ。
「……、みえないよ。お人好しな、まだ、ほんの子供さ。あんな運命に巻き込まれるのが決まっているなんて心の底から気の毒に思う程にね」
かすれた声で静かに話す卯月に、宇佐美は目を見張る。
「お前、」
「あの子が力に奢るような人間であればもっと割り切れたさ。ああ、宇佐美の言う通りだろうね、アマネちゃんは全力を尽くしたのだろうし、彼女の鬼術をもってしてもないということは、ないんだ何処にも。この僅かな欠片以外は、あいつの魂の欠片は」
畳みかけるように一息で言ったあと、卯月は一度言葉を切る。
「なんでなんだろうね、いい奴ほど先に死ぬ。こいつもアマネちゃんも」
卯月が唇をかむ。家族をみすみす死なせてしまった上に、魂すら救えないことへのいら立ち。そして、今日会ったばかりの少女が、これから巻き込まれていく苦しみを思う。
「もう一度会いに行け、卯月」
「え」
「もう一度、学校に行け。明日のことは俺が一人でやっておく」
「でも」
「今度こそ後悔しないようにしよう」
宇佐美の言葉を受けて、卯月の脳裏に浮かんだのは、朧げな両親の笑みと今の家族の笑顔だった。
「そして彼にも、君の弟にも会いに行ってこい」
「……」
「君が彼と顔も合わせたくないことは知っている。だが、彼に話を聞かなければ話は始まらないはずだ」
そう、卯月には家族が二つある。一つは寮で出会った、とても大切な仲間たち。もう一つはもう捨てた、壊れてしまった生まれ持った家族。両親は亡くなったが、弟は存命だ。弟の名前は、背睦月。卯月達が一昨年まで通っていた、そして今は雨音達が通う、ハナダ学園に通っている。
だが、弟と卯月は絶縁状態である。ただでさえ両親を弟の不注意で失っている。だが、それだけなら絶縁なんてしない。弟と顔を合わせるのが辛くて避けてしまってはいた。弟と自分の顔が似ていることも辛くて、校則を破ってまで、お揃いの黒髪をブリーチしていた。だが、それでも家族だ。弟にも、幸せになってほしいと願っていたのだ。
しかし、弟は両親を失ってから、性格が変わってしまった。おとなしく引っ込み思案だった性格は何処へ行ったのか、いつも神経質な顔をして、人との言い争いが絶えなくなった。その責が回ってきたのは兄である自分である。同じ学校に通っていることを口実に、弟の担任から何度も呼び出された。たった一人の家族なのだから面倒をみろとよく言われた。
それだけならまだ耐えられた。弟も、両親が自分の所為でなくなったという自責の念から、そのような問題行動を起こすのだと思えたから。
縁を切ったのは弟が、自分の今の家族にまで、被害を及ぼすようになったからである。
弟のことを考えると卯月の頭が痛くなる。たった一人の生き残った家族だ。寄り添って生きていければよかった。だが、アノ事を思い出すと、血が沸騰するような怒りが湧く。
掌の欠片に目を遣る。この子は、卯野武蔵はいつも卯月のことをアニキと呼んで、まるで兄のように慕ってくれていた。
今はもうこの世にいない。
卯野が亡くなったのは、睦月の所為だ。
皮肉にも、弟《睦月》が弟《卯野》を死なせたのだ。
卯月はまた、家族の所為で家族を失った。




