とりかえばや 2
雨音と透は、恐ろしい問題に直面していた。
「あんたら!!部室のカギ閉めて帰らなかったわね。何考えてるの?」
卯月達と会った翌日、昼休みに屋上で一緒に弁当を食べていた俺と雨音の前に現れたのは、呪いの人形の如くその長い黒髪を乱しながら静かにブチギレている隠先輩だった。俺たちは顔を見合わせる。
「「あ!!」」
「あ!じゃないわよ、おかげで朝から私が職員室に呼び出されたじゃない」
「ごめんなさい先輩!」
雨音と共に頭を下げる。でもあれはしょうがなかったのだと言い訳するため顔を上げようとした俺の足を雨音が踏みつけた。クソ痛い。雨音を睨むと、睨み返された。確かに、先輩にはまず謝るのが筋ってもんだ。でも足痛い。
「……雨音、あんたこんなことするような子じゃないでしょ。何があったのよ」
頭を下げたまま目を先輩に向けると、先ほどまでのホラーゲームもかくやというオーラは収まっていた。やはり謝罪は大事だ。俺と雨音は昨日合ったことを素直に話す。
隠先輩は全てを黙って聞いた後、頭を抱えていた。
「そんな怪しい奴らの頼みなんて聞くんじゃないわよ」
「でも、俺らの問題解決してもらったし」
「それだって、話を聞くにはあいつらの落ち度じゃない?仕事用の呪い(まじない)道具を落としたのも、化け物退治が間に合わずあんたらを襲ったのも。あんたらは被害者よ。第一まだあんたら16才でしょ。何の責任もないわ」
隠先輩は冷たく言い捨てる。先輩の言うとおりだ。それに俺を利用としているならまだしも、雨音を利用しているのだ。あんな奴ら警察にでも駆け込んで、縁を切るべきだ。分かっているのに、昨日の彼らの悲しげな顔が頭から離れない。
頭の中がぐるぐるとして、言葉を返さない俺に、隠先輩はため息をついた。
「雨音と私なんで仲が良いと思う?」
「は??」
「先輩、その話は」
「いいじゃない、もう色々隠せないところまで来ているわ」
雨音が唇をかむ。雨音はまだ俺に黙っていることがあったのか。戸惑う俺の頭を先輩が小突いた。
「私ね、何度も輪廻転生してるの、その記憶も全てかはわからないけれど、覚えているわ」
「え?」
「その転生の中で雨音と出会ったことがある。まあ、雨音は覚えていなかったけれど」
その言葉に昨日の出来事と、卯月達の言葉を思い出す。
「そういえば、卯月たちもそんなことを言ってた。特異例だって。先輩もそうなんすか?」
「そうよ、……いえ、正確に言うと少し違うわ。雨音は特異中の特異。SSR級なのよ」
隠先輩は、俯いて唇を噛んだままの雨音に視線をやったあと、もう一度俺の目を見た。
「雨音はね、前世も、そのまた前世も、そのまた前の前世も、ずうっと気の遠くなるくらい、同じ雨音という名前で、全く同じ姿で転生を続けているの」
「そして、その雨音には同じ共通点がある。一つは一昨日、あんたが初めて見るようになったっていう化け物―モノノケっていうのが正式名称なんだけどー、それを見ることができる能力があること。もう一つは、魂の浄化・復元能力をもつこと」
「つまり、雨音にはそんな稀有な能力があるってこと。そして多分、昨日会った奴らは、その雨音の能力を利用しようとしている」
利用―確かにあいつらは雨音を利用しようとしていた。雨音はそんなに特殊なのだろうか。
「人間ってずっと転生してるんじゃないんですか?そんなに雨音は特異なんですか」
「ええ、いくら魂の形が同じだって、それを入れる容器である肉体は時代とともに形を変えるわ。じゃないと、人間今でもアウストラロピテクスよ」
「……確かに?」
「名前だってそうだわ。人間の名前って時代で全然付け方が違うじゃない。例えば、男なら○○太郎、女は○○子とか、昔は普通だった名前、今はあんまり聞かないでしょ?流行でも全然変わるし。大体、今世と名前が違うからこそ、前世の名前を調べるっていうあんな馬鹿げたこっくりさんが流行るんじゃない」
「……なるほど」
「私だって、前世と名前と姿は多少違うわ」
雨音はさっきからずっと黙ったままだ。先輩は気づかわしげに雨音をみる。
「……あのこっくりさんを勧めたのはね、あんた―数寄くんも雨音の前世の知り合いとかだったのかと思ったからよ。私も前世からモノノケが見えていた。だからあんたもそういう特異例的な魂で急にモノノケが見えるようになる事態が起こったのかもってね。まさかあいつらが出てくるなんて藪蛇だったわ」
独り言のようにいった隠先輩の最後の言葉は上手く聞こえなかった。俺は、ふと昨日のこっくりさんの出来事を思い出す。
「俺、たしか前世がないって出たんです」
俺の言葉に先輩は目を見張る。すると、スマホをいじり誰かへと連絡し始めた。
「ないってのも変な話ね。大体の人間覚えていないだけで、前世はあるものだから。……私の知り合いにそういうの詳しい奴がいるから調べさせるわ」
先輩に礼を言い、雨音に目をやる。
「雨音」
俺が声を掛けると、雨音は肩を揺らす。怒られた時みたいにゆるゆると顔を上げるさまは、小さい頃から変わらない。
「……私、前世なんて嘘だと思いたかったのかもしれない。隠先輩に初めて会ったときに、前世からの知り合いって言われて、でも私は何も知らなくて。き、昨日のこっくりさんだって、トオルンのこととかだけじゃなくて、前世なんてないって、雨音なんて名前じゃなかったって思いたくてやったの。結果はああだったけど」
雨音の目はうるんでいて、今にも泣きそうに見えた。手を見ると、右手で左手を握りしめている。不安なときのいつもの雨音のくせだ。昨日から、ずっと戸惑う俺に比べて、雨音はずっと冷静に見えた。卯月達にも言い返していたし。それは、前世のことを先輩に聞いていたからかとも思ったけれど、ずっと隠していただけだったのかもしれない。知っているからといって、簡単に納得できるわけもない。
「変な力がある私って人間なのかな。私は前世が特殊だから、私なの?」
「私は誰なんだろう?」
雨音の目は、今にも決壊しそうなくらい、涙をためている。
「雨音は雨音だよ、前世とか関係ない」
俺はそういうと雨音の肩を小突く。拍子に雨音の涙が、彼女の頬を伝った。
「ちょっと抜けてるくせに、苦労ばっかしてきたせいで強がりだけは上手い。お前は小さい頃からずっとそうだ。兄貴代わりの俺が言ってやる。お前のその性格とか人格は、前世とか関係なく、今のお前が生きていく過程で培ったものだよ」
隠先輩は、雨音のそばに膝をつくと、優しく頭を撫でた。
「そうだよ、ごめん私が混乱させたね。前にあったときと今と、雨音はずっといい子だけれど、性格とかは微妙に違ったよ。今の雨音は今の雨音だけのものだ」
隠先輩は制服のポケットからハンカチを取り出し、雨音の頬に当てた。雨音は小さくありがとうございますと言ったあと、俺に目をやる。
「トオルン」
「なんだよ」
「私が姉だから」
「は??俺が兄だから」
雨音は悔しそうに笑う。
そういえば、あの眼鏡を雨音に拾ってもらったときに、彼女を覆っていた悍ましい靄はあれから目にしていない。あれも、真十鏡とやらが俺に見せたものなのだろうか。
俺はこの雨音の笑顔を守りたい。そのためには、転生し続けているという雨音の魂も、その力も、あの靄も、全て無関係ではないはずだ。結局、俺たちはあいつらの頼みを聞くばかりで、自分たちに何が起こっているのか、あまり分からないままなのだ。だとすれば、あいつらと関わり続けることでもっと詳しい話を聞くことができれば、何か雨音のためになることが分かるんじゃないか。
懲りない俺の考えなど見抜いているかのように、隠先輩は肩をすくめた。




