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草売りから始まる覇道戦記  作者: 八咫 日本


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幕間 北の雪牢と、凍てつく猛将たち

黎州から遥か北の果て、旧氷雪城の跡地に築かれた黎州軍の北国駐屯地。

外は一寸先も立ち入れないほどの猛吹雪が、もう何日も狂ったように吹き荒れていた。ハクヤの放った北国の残党による雪崩工作も相まって、もはや軍を動かすどころか、天幕の外に出ることすら命がけという完全な「雪の牢獄」が完成していた。

最も巨大な大天幕の中では、三つの火鉢が赤々と燃えているものの、隙間から入り込む冷気が容赦なく体温を奪っていく。

「……暇だ。あまりにも暇すぎるぞ!!」

若き総大将トウガが、毛皮の外套に包まりながら、床几の上で足をジタバタとさせて叫んだ。

初陣を見事に飾り、さらなる武功を求めて血気盛んな十五歳の若虎にとって、ただ雪が止むのを待つだけの毎日は、拷問に等しい苦痛であった。

「若。無駄に動けば体力を消費し、腹が減ります。現在の備蓄兵糧と、春までの日数を逆算した場合、一日の消費カロリーは極限まで抑えるのが軍の規律であり、生存の絶対条件です。速やかに呼吸を浅くし、冬眠の姿勢に入ってください」

部屋の隅で、分厚い計算用の木簡に向かっていたゲントが、一切の感情を排した声でピシャリと言い放つ。彼はこんな極寒の中でも背筋をピンと伸ばし、規律正しく正座を崩していなかった。

「ふざけるなゲント! 私は黎州の次代を担う武将だぞ! 冬眠の姿勢などという軟弱な軍規がどこにある! ああもう、せめてまともな飯でもあれば……毎日毎日、カチカチの干し肉と雪を溶かした白湯ばかりではないか!」

トウガが頭を抱えて唸っていると、天幕の奥から、豪快な笑い声と共に巨大な影が姿を現した。

「ガハハハッ! 相変わらず賑やかだな若! ゲントの小言など気にするな、武士の血は熱気で沸かすものよ!」

上半身裸という狂気の薄着で現れたのは、鬼と恐れられる猛将シュウスイであった。彼の体からは、熱気による白い湯気がモウモウと立ち上っている。

「シ、シュウスイ……貴様、寒くないのか?」

トウガが呆れたように尋ねると、シュウスイは「気合いだ!」と一蹴し、片手に持っていた巨大な物体を、ドスン!と地響きを立てて床に置いた。

「腹が減ったと言う若のために、嵐が来る前に俺が仕留めて雪に埋めておいた『北雪大猪』の足を掘り出してきたぞ! これを焼いて、存分に英気を養おうではないか!」

シュウスイが自慢げに見下ろすそれは、大人の胴体ほどもある巨大な猪の足肉であった。

しかし、トウガとゲントの視線は、その肉の状態に釘付けになった。

何日も絶対零度の雪の中に埋められていたそれは、完全に凍りつき、表面に霜がびっしりと張り付き、もはや肉というよりは巨大な岩石、あるいは大理石の柱のような鈍い光沢を放っていたのである。

「……シュウスイ。これ、どう見ても武器だぞ。食い物ではない」

トウガが恐る恐る指で叩いてみると、コンコンッ、と硬質な音が鳴った。

「何を言う! 表面を少し炙れば、中は極上の赤身よ! 若、試しに貴様の愛剣でこいつを削ぎ落としてみせよ!」

「むっ、私を試しているな? よかろう、初陣で敵の将を真っ二つにした私の剣戟、見せてやる!」

退屈しきっていたトウガは、嬉々として立ち上がり、腰の長剣を抜いた。

「ふんッ!!」

若き虎の鋭い気合いと共に、長剣が凍りついた猪の肉へと全力で振り下ろされる。

ガキィィィィィンッ!!

天幕の中に、激しい金属音が響き渡り、大量の火花が散った。

「いっっっっっだぁぁぁぁぁ!?」

トウガは剣を取り落とし、凄まじい反動で痺れた両手を抱えて床を転げ回った。猪の肉には、傷一つ、いや、霜すら剥がれていない。

「若! なんという無様! 凍った肉一つ斬れずして何が黎州の覇道か! 貸してみろ、ワシの槍の柄で砕いてくれるわ!」

シュウスイが大槍を構え、筋肉を限界まで隆起させた。

「ウオォォォォォッ! 鬼神突きィィッ!!」

ズゴォォォォォォンッ!!

シュウスイの渾身の一撃が、凍った肉の塊に直撃した。

しかし、肉は砕けなかった。代わりに、その凄まじい衝撃波が天幕の床を伝わり、支柱を激しく揺らしたのである。

バサバサバサッ!!

衝撃によって、天幕の屋根に何日も降り積もっていた数トンもの雪が、バランスを崩して一気に崩落してきた。

「あ」

トウガとシュウスイが間抜けな声を上げた瞬間、天幕の一部が雪の重みで破れ、大量の雪崩が室内に雪崩れ込んできた。

そしてその雪の直撃を受けたのは、部屋の隅で静かに木簡に筆を走らせていた、ゲントであった。

「ゲ、ゲントォォォッ!?」

数秒の静寂の後。

こんもりと積もった雪山の中から、手首から先だけを出して筆を握りしめたゲントが、亡霊のようにスッと立ち上がった。

頭の上にこんもりと雪を乗せ、全身を真っ白にしたゲントの顔には、やはり一切の感情が浮かんでいなかった。しかし、その瞳の奥には、吹雪よりも冷たい絶対零度の殺意が宿っていた。

「……第一級軍規違反。将校による、備品の破壊および野営地の意図的な崩落行為」

「ち、違うぞゲント! これは事故だ! シュウスイの筋肉が馬鹿なだけで……!」

「気合いだゲント! これもまた修行の一環……」

「問答無用」

その後、猛吹雪の吹き荒れる天幕の外で、上半身裸のまま正座させられる二人の猛将の姿があったという。

北国の大雪が解け、彼らが王都の異変を知るには、まだしばらくの時間を要するのであった。

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