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王城の温室には様々な花々が咲き乱れていた。
ガラスごしに射し込む光は明るく温かい。
「よく来てくれたわビアンカ」
温室の中央にセッティングされた机を挟んで、ビアンカはプルメリアと向かい合っていた。
周囲には二人の他には誰もない。
中に通されたあと、傍に控えていた使用人や護衛たちはみな外に出て行ってしまったからだ。
パーティーの夜から数日後、ビアンカの元にプルメリアからのお茶のお誘いが届いた。
断らせるつもりの欠片もない文面に苦笑いしたくらいだ。
ビアンカはその手紙に大人しく返事を返した。
それならばふたりきりで話がしたい、と。
指定された温室は王族の女性のみが使える特別な場所だという。
厚いガラスと植物により会話が遮断され、周囲に漏れにくいのだ。
「いい場所でしょう? 秘密のお話にはもってこいなの。元々は初代皇帝が作らせた特別な談話室だったのよ。時代が変わって女性専用になったのですって」
楽しそうに笑うプルメリアはゆっくりと温室の中を見回した。
「もしかしたらこの場所を使うために、私は私になったのかしら……まあいいわ。それで、決心は付いたのかしら?」
無邪気に問いかけてくるビアンカの瞳からは、本心は何も読み取れない。
ビアンカは意を決して口を開いた。
「……あなたに従えばネロ様を苦しめないと言いましたが、それは本当ですか?」
「ええ本当よ。約束するわ」
「でもネロ様が私を諦めるとは思えないわ。それはどうするつもりなの」
「ふふ」
ビアンカの問いかけにプルメリアはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「そんなの簡単よ。あなたがアラン様の寝所にはべっているところを見せてあげればいいの。きっとショックですぐにあなたを忘れるわ」
さらりと告げられた言葉に反応することさえできなかった。
やはりプルメリアはどこまでもネロを傷つけ苦しめたいのだ。
(この人は、私のことなんてどうでもいいんだわ)
アルルに執着しているようでありながら、結局は自分の欲望を満たしたいだけだというのが嫌になるほどにわかった。
「そんなの……アラン様が嫌がるのではなくて」
「大丈夫よ。あなたをネロから奪うためだと言えば、喜んで従うわ。それにアラン様は私は逆らえないって言ったでしょう?」
自信に満ちた口調に、ビアンカはやはりと息を呑む。
あの日も、プルメリアは繰り返しそう言っていた。
いくらアランがネロを疎ましくおもっているからといえ、そこまで自信を持って言えるのは何故なのかずっと考えていた。
「……もしかしてアラン様にあの薬を使っているの? 記憶と精神を操る薬で、従わせてるのね?」
それは一つの可能性だった。
かつてアルルに使われた薬。
それをプルメリアが製造し、アランに使っていたとしたら。
思い返せば、ビアンカを襲おうとしたアランの様子は常軌を逸していた。
話が通じないあの様子に抱いた既視感は前世のものだったのかもしれないと思い至ったのだ。
「…………」
プルメリアはわずかに目を見開き、口元をほころばせた。
「よくわかったわね。さすがはもと経験者、といったところかしら」
カッと体温が上がる。
大切な記憶を壊され奪われたアルルの悔しさが全身を包んだ。
「なんて酷いことを! 薬で精神を操るなんて!」
怒りのままに叫べば、プルメリアは声を上げて楽しそうに笑う。
「使えるものを使っただけよ。それにね、前とは違って副作用も少ないのよ。ただちょっと依存性が強いから、アラン様は私なしではもう生きていけないもね」
それがとても嬉しいとでも言いたげにプルメリアは目を細めた。
「でもアラン様にはそれが一番いいのよ。余計なことは何も考えなくて済むしね。私が彼を最高の皇帝にしてみせるから安心して」
まるで悪意の欠片もない口調だった。
「前はやり方を間違えたせい色々失敗したからね。今度は間違えないわ。全てを完璧にしてみせるつもり。愛しいあなたを手に入れ、私が全てを掌握する。アラン様はただ王座居座っていればいいの」
それが最善だと本当に信じているのだろう。
自分が悪いことしているなどと欠片も想像できていない。
プルメリアは心から己が正しいのだと思い行動している。
全ては自分の利己的な欲望のためだけに。
「最低ね、あなた。自分が王座に座りたいために、人を虐げてもいいと思っているの!?」
「なんとでも」
「そんな計画が本当に成功するとでも? 陛下達だっていずれ気がつくわ」
プルメリアは蠱惑的に微笑んだ。
「大丈夫よ。薬は沢山あるの。誰にだって使えるわ。それこそ、陛下達にも、ね」
「なんて恐ろしいことを……」
国王たちさえその気になれば操れるとプルメリアは言っているのだ。
それはもやは内側からの国盗りだ。
「さぁしょうもない話はここまでよビアンカ。さあ、決めて。ネロために私を選ぶのか、それとも一緒に地獄に堕ちるのか。賢いあなたならどちらが最善かわかっているわよね」
ゆっくりと差し出された白い手をビアンカはじっと見つめる。
「さあ」
「残念だが俺のビアンカは誰にも渡す気はない」
突如として聞こえた声にプルメリアの表情が一変した。
はじかれたように振り返り、同時に唸るような音を喉から響かせる。
「ネロ……!?」
「やあプルメリア。俺の愛しいビアンカを返してもらうか」
突然温室の奥から現れたネロに、プルメリアは驚愕の表情を貼り付け、ビアンカをにらみ付けた。
「お前、裏切ったわね!」
「味方だったことなんて一度もないわ」
そう言って立ち上がり、ビアンカはネロの隣へと駆け寄る。
ネロは無言ままにビアンカの身体を抱き寄せ守るように自分の腕の中に囲い込んだ。
そうして呆然と立ち尽くすプルメリアをひたと見据えた。
「暗躍は楽しかったかプルメリア」
「……なんのことかしら?」
ネロの問いかけにプルメリアは冷めた表情を浮かべる。
「私はただビアンカと楽しくお喋りをしていただけよ。女だけの場に許可なく入り込むなんて本当に部作法な男ね」
「残念だが許可はもらっている」
「は?」
眉間に思い切り皺を寄せたプルメリアにネロがにこりと笑みを向けながら何かを取り出した。
それは一本の鍵だった。
「これはここ通じる隠し扉の鍵さ」
「な!」
プルメリアの顔色が変わる。
ネロと鍵を交互に見比べ、はくはくと唇を震わせていた。
「隠し扉……!? そんな物、ある筈が……」
「ここが女性のみの場所に改装されたときに作ったのです」
「……!」
ネロの後ろから凜とした声が響いた。
ゆっくりと姿を荒らしたのは王妃だ。
プルメリアは王妃の姿を認めた瞬間、ざっと顔色をなくした。
「なぜ、妃殿下がここに……!? 隠し扉があるなんて誰も一言も……」
「いざという時のために手を入れたのです。この事実を伝えられるのは王妃か王子妃のみです」
王妃から告げられた言葉にプルメリアははくはくと唇を震わせる。
「わ、私はアラン様の婚約者で……」
「あくまでも婚約者です。正式に婚約するまでは伏せるのが決まり……いずれはあなたにもこの鍵を渡す日が来ると信じていたのに」
悲しげに目を伏せる王妃にプルメリアは身体を震わせる。
そしてビアンカとネロを憎々しげに睨み詰めた。
「謀ったわね!」
「先にビアンカを脅したのはお前だ」
ネロは腰の剣を引き抜くとプルメリアに向けた。
「お前は自分のために平気で人を踏みつけにしてきた。その報いを受けるときが来たようだな」
ビアンカはネロに気持ちを伝えたその日、プルメリアがブランの生まれ変わりであることや、その計画を全て包み隠さずに告白した。
話を聞いていたネロはだんだんと顔色を悪くし、最後には怒りに顔を赤く染めて声を荒げていた。
「いますぐ殺そう」
本当に今にもプルメリアを殺しそうなネロをビアンカは必死で止めた。
「ここでもあなたがプルメリアを襲撃すれば、それこど彼女の思うつぼです。対策だってしているはず。相手はあのブランなのですよ」
前世でテリウスを操りクーデターを起こさせ、その手柄を全て奪った上で歴史さえも変えてしまったブラン。
彼の知能がそのままプルメリアに引き継がれているのならば、このまま勝てるわけがないのだ。
「確かに……そうだな。だが、どうする? このまま奴に従うのか?」
「まさか!」
ビアンカは大きく首を振った。
「私は二度とあなたの側を離れないと決めたの。絶対に嫌よ」
「……ビアンカ」
感極まった声を上げるネロをビアンカは真っ直ぐに見つめる。
「一番いいのはプルメリアのしていることを暴露できればいいんだけれど」
あの狡猾なプルメリアがそんな隙を見せるだろうか。
きっと罠にはめようとしたところで、必ず逃げ道を作っておきそうだ。
「……一つ、考えがある」
「え?」
ネロを見れば、何故が楽しそうな笑みを浮かべていた。
「許しがたいことだが、あいつは君に執着している。君を手に入れるためならばどんなこともするはずだ。そこに隙がうまれるはずだ」
「隙、ですか?」
「ああ。矛盾しているようだが、奴は君を脅しながらも同時に機嫌も取りたいのさ。だから君の願いを叶えようとする。だから……」
「ビアンカが二人きりで話をしたいと誘えば、お前はこの場所を利用するだろうと踏んだんだ。この温室以上に、秘密の話をするのにふさわしい場所はないからな」
プルメリアは、ビアンカと王妃、そしてネロを驚愕の表情のまま見つめていた。
ネロの読み通りプルメリアはこの温室を指定してきた。
だがらネロとビアンカは事前に王妃に相談し、隠し扉の鍵を借り受けた。
同時に王妃にもこの場を見守って欲しいと頼んだのだ。
「ネロから話を聞かされたときは驚きました。まさか本当にあなたが……」
ネロの横に立った王妃が悲しげに顔を歪める。
「あなたのことは娘同然に思っていたのに。アランとの婚約だって、楽しみにしていたのよ。なのに、まさかあの子を薬で操っていたなんて……」
怒りからなのか屈辱からなのか王妃は肩をふるわせていた。
「そのうえ、ネロを貶めて国を手に入れるですって? そんなことは絶対に許されないわ」
そういって王妃が手を上げると、背後に控えていた近衛兵が姿を現しプルメリアを取り囲んだ。
「お、王妃様! 全て誤解なんです! これは全てネロがアラン様を疎んで私を陥れようとしたのです!」
プルメリアは涙を浮かべ、まるで自分が被害者であるかのように跪いた。
「どうかアラン様を呼んでください! アラン様なら私を……」
「兄上にすがりたいなら諦めることだ。兄上は既に俺が作った解毒剤で治療中だ」
「な……」
プルメリアの仮面が剥がれたのがわかった。
目を見開き、青ざめたプルメリアがネロを凝視する。
「解毒、剤? なんで、そんなものが……」
「俺が開発した。二度とあの薬による被害を出さないためにな。まさかこんなところで役立つとは思わなかったがな」
ネロの言葉にプルメリアは完全に動きを止めた。
まるで魂が抜けてしまったように目を見開き、その場に立ち尽くしていた。
「兄上が正気に戻ればお前がしたことは全て明らかになる。もう終わりだ、プルメリア」
ネロの言葉にプルメリアの肩がぴくりと揺れた。
「……ざ……な……ふざけるな……ふざけるな!」
空気を奮わすような叫びに、その場にいた全員が息を呑む。
「いつもお前だ! お前さえいなければ!」
美しい顔を見にくく歪めたプルメリアが叫びながら何かを取り出す。
それは小さなナイフだった。
「どけぇぇ!!」
急変に虚を突かれた近衛兵の隙間をぬい、プルメリアがビアンカに向かってきた。
「今度は僕が奪ってやる!!!」
鈍色の刃がビアンカを狙う。
だが、それを庇うようにネロが腰の剣を引き抜き、プルメリアとの間に立ちはだかる。
「二度と奪わせるものか!」
鈍い音と共にプルメリアの身体が床に倒れ込む。
その一瞬の隙を突き、近衛兵がプルメリアの身体を押さえつけた。
「離せ! 離せ!!」
プルメリアは叫び続けていたが、もう逃げることは叶いそうになかった。





