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誰かに呼ばれたような気がしてビアンカはゆっくりと目を開けた。
まぶしさに世界が白み、自分が今どこにいるのかが一瞬わからなくなる。
「こ、ここは?」
「ビアンカ!」
声の聞こえた方に顔を向ければ、真っ青な顔をしたネロがビアンカを見下ろしていた。
その手が力の貼らないビアンカの手を握っている。
大きくて温かなネロの手の感触に、冷え切っていた身体に血が通っていくような感覚になった。
少し遅れてここが城でネロと過ごしていた部屋で、自分がベッドに寝かされていることに気がつく。
「私……どうして」
部屋の中を見回せば、ネロの他には誰もいない。
窓の外は明るく、すでに夜が明けているのがわかった。
ネロは昨夜の服のままで、顔はひどく憔悴していた。
もしかしたら一晩中傍にいてくれたのかもしれない。
「会場から急に消えたと思ったら、休憩室で倒れているところを発見されたんだ。いったい何があったんだ」
その言葉にプルメリアとの会話が思い出され、ビアンカは喉の奥で悲鳴を上げた。
プルメリアが残した言葉が頭の中でこだまする。
ネロを捨て、アランの側妃になる道を選ばなければプルメリアはネロを苦しめると言った。
(あの目は本気だった。本気でネロ様を苦しめようとしている)
ネロは倒れていたビアンカを本気で心配しているのだろう。
今にも泣きそうに顔を歪め、手をしっかりと握ってくれるネロ。
もしネロに何かあればビアンカは永遠に苦しむことだろう。
(でも、もし私がアラン様を選んだらネロ様はどうなるの?)
こんなにもビアンカを想い、大切にしてくれているネロをどうして裏切れるだろうか。
プルメリアの提案を受け入れても受け入れなくても、待っているのは地獄でしかない。
(ああ……彼女の……ブランお兄様の狙いはこれなのね)
まるで選択肢があるようなことを言っていたが、彼はわかっているのだ。
ビアンカがどんな選択をしてもネロが苦しみ傷つくことが。
どの道を選ぶのかをビアンカに選ばせようとしているだけなのだ。
(本当に、最悪だわ)
きっとこのまま何をしたところで、ブランはビアンカとネロを苦しめるつもりなのだろう。
拒んでも逃げても従っても、手段を選ばずに。
今回ビアンカを脅したのも、本気で従わされるためではなく、恐怖と絶望を植え付けるためだったのだろう。
前世となにもかわっていない。
それ以上かもしれない。
「ビアンカ?」
心配そうに名前を呼ぶネロを見つめ、ビアンカはこれまでの日々を思い出していた。
強引に婚約者にされて勝手に閉じ込められて身勝手な庇護欲をぶつけられて。
でもその理由は深くひたむきで一途な愛だった。
だからすっかりほだされて、アルルの代わりでもいいから傍にいたいと思ってしまった。
かつてテリウスがアルルの尊厳を守るために剣を振るったように、ビアンカもまたネロを守るためならば剣を振り下ろせるだろう。
「……ネロ様」
「なんだい?」
「愛しています」
ネロが大きく目を見開いたまま動きを止めた。
息を止め、瞬きすら忘れたようにじっとビアンカを見つめている。
「私、ネロ様を愛しています」
そっと手を握り返せば、ネロがようやく息をするのを思い出したらしい。
は、と浅く息を吐き、戸惑ったように視線を泳がせている。
「ビアンカ、なに、を……」
「頑固で身勝手で困った人だけど、あなたが好きなんです」
「っっ……!」
ネロの顔が耳まで赤くなった。
それがおもしろくて小さく笑えば、ネロが怒ったように眉をつり上げた。
「こんな時に冗談はやめてくれ」
「冗談じゃないですよ。本気です」
そう。心から本心だ。
今伝えておかなければきっと後悔することになる。だから伝えたいと思った。
「あなたが愛しているのが私の中にいるアルルなのはわかっています」
ネロでありテリウスとって一番大切なのはアルルだ。
ビアンカはただの入れ物に過ぎないことは痛いほどに理解している。
それでも。
「私は……ビアンカとしてネロ様に恋したんです。だから」
「待ってくれ」
「え?」
最後まで言い終わらないうちに、ネロがビアンカの言葉を遮った。
「今、なんと言った?」
「え、と」
「俺が愛しているのが、君の中のアルルだって? 誰がそんなこと言ったんだ」
「誰って……」
ネロの表情は完全に怒りに染まっていた。
どうして怒っているのだろうとビアンカが逃げ腰になっていると、ビアンカの手を掴むネロの手に力がこもった。
「俺が愛しているのは君だビアンカ!」
大きな声が部屋の中に響く。
「確かに出会ったときは君の中のアルルを想っていたことは否定しない。だが、今、俺の目の前で生きているのはビアンカ、君だ! アルルではない! 俺は、俺は君を愛してるんだ!」
「……ほんとうに……?」
自分の声が酷く震えているのがわかった。
「嘘なものか。ずっと伝えていたじゃないか。愛してると」
「そ、それは……アルルに対してだって……だって、今度は一緒に死にたいって……アルルとは一緒に死ねなかったから……だから」
声が震え泣きそうになる。
アルルを殺さなければいけなかったテリウスだからこそ、今度こそアルルの魂と共に果てたいと思ったのだ。
「違う。俺は……ビアンカと死にたい。今度こそ同じ場所で眠るためにだ。共に老いるまで生きて、おなじ時間を生きて、君の人生を今度こそ俺のものにしたい」
ネロの声も震えていた。
なんて物騒な愛の告白だろうか。
だというのに嬉しくてたまらなくなる。
「愛してるビアンカ」
「わ、私も……私もネロ様が……」
愛してると告げようとした言葉は口づけ奪われる。
両手で強く抱き締められ、魂さえ吸い上げられるような深い深いキスが与えられた。
身体の奥がじわりと熱をおびて、そのままベッドになだれこみそうになる。
「んっ、ま……まって!」
一瞬流されそうになったビアンカだったが、今はそれどころではないと思いだしネロの首に回していた手でその肩を叩いた。
ネロはなかなか手を緩めてくれなかったが、ビアンカが必死に訴えたことで渋々か腕の力を緩めてくれた。
「どうして……嫌なのか?」
不満だと書いてあるネロの顔がかわいくてほだされそうになるが、ビアンカはネロに話さなくてくてはいけないことが沢山ある。
「嫌じゃありません」
「なら」
「先に私の話を聞いてください。大事なことなんです」





