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「プルメリアは辺境に近い修道院に幽閉されることが決まりました」
王妃にそう告げられたとき、ビアンカはようやくながい因縁が一つ終わったような気持ちになった。
あの後、プルメリアは連行され厳しい取り調べを受けたそうだ。
だが話す内容はあまりにも支離滅裂で、しまいには自分のことを初代皇帝の生まれ変わりだと言いはじめたことで、もはやまともな精神状態ではないと判断されたという。
また同時にプルメリアの周囲が詳しく調査され、彼女が禁忌とされた薬を秘密裏に製造していたことや、それをアランに使っていたことなどの証拠が見つかった。
アランはネロが作った解毒剤で快癒に向かっているそうだが、完全に元に戻るには長い時間がかかるそうだ。
事実を公表すれば大きな混乱は避けられないという政治的判断から、プルメリアを公的に裁くことは難しく、幽閉という判断が成された。
表向きにはアランの病状が悪化したことで婚約は解消され、プルメリアはアランの回復を願って神に仕えることになったと発表されることになった。
「ビアンカ、あなたには迷惑をかけることになるけれど、許してね」
「もったいお言葉です王妃様」
憔悴した王妃の言葉にビアンカはゆるく首を振る。
「でも、本当に良かったのでしょうか。その、私がこのままネロ様と結婚して、王太子妃になっても」
アランが王太子の座につくことは難しいと判断され、結果としてネロが王太子になることが決まった。
最初は嫌がっていたネロだったが、ビアンカを王太子妃として迎えることを条件に受け入れたのだ。
「むしろ、あの場でしっかりとプルメリアに立ち向かっていたあなただからこそ任せられると思ったの。この国とネロをどうかよろしくね、ビアンカ」
王妃のその言葉に、ビアンカはしっかり頷いたのだった。
石造りの壁と石造りの廊下。
冷えた空気に包まれた小さな部屋に囚われたプルメリアは、鉄格子の向こうに立つネロをにらみ付けていた。
美しかった髪は短く着られ、ピンクブロンドだったはずの髪は真っ白になっている。
飾りひとつないくすんだ木綿のワンピースを着せられたみすぼらしい姿で床に座り込んでいた。
「僕をあざ笑いに来たのか」
掠れた声はもはや優美さの欠片もない。
それを見つめるネロもまた、ビアンカに見せるものとはまったく違った表情を浮かべている。
感情のひとかけらもない瞳のまま、口元だけをわずかにつり上げていた。
「いいざまだな。どんな気分だ?」
その言葉にプルメリアは憎々しげに顔を歪める。
「まさかあの時とは逆の立場になるなんて思ってもいなかったろう」
前世ではブランは、テリウスを死ぬまで幽閉した。
テリウスという将軍がいた歴史さえも塗りつぶし、自分の都合のいいように歴史を書き換えたのだ。
今世ではプルメリアはかつてのテリウスのように二度と日の光を浴びることすらないままに生涯を終わることだろう。
ビアンカには修道院に入ったと伝えてあるが、実際は王族しか存在を知らないこの牢獄への幽閉だ。
「復讐のつもりかテリウス」
「いいや。俺はもうお前とは違う。過去に囚われてはいないよ」
ブランに対する憎しみや怒りは消えてはいない。
心から愛したアルルを奪い壊し、この手にかけさせたブランのことは二度目の人生でも許せないだろうし、ビアンカを脅したプルメリアへの感情も同じだ。
だが、過去に囚われ復讐の炎に己を焦がしたいとはもう思わない。
「俺はビアンカと幸せになる。彼女を妻に迎え、今度こそ共に生涯を生きるつもりだ」
花のように微笑むビアンカを思い出すと、自分の中にこびりついた黒い感情が溶け出していくような気持ちになる。
「アルルを手に入れてさぞ嬉しいだろうなテリウス!」
「……彼女はアルルじゃない。俺もテリウスではないよ、プルメリア」
前世の因縁はもう終わったのだ。
今ではネロの中にあったテリウスという男の存在は随分と曖昧になってきている。
覚えてはいるのだ。アルルと出会ったことで愛する喜びを知ったことも、喪失の痛みを味わったことも。
だがそれは全てテリウスという別人の人生を垣間見たような記憶でしかない。
今のネロはテリウスの生まれ変わりである前に、この時代を生きる一人の男だ。
「これは君の行いに対する正当な処罰だ。この先の長い人生をここで孤独に生きるがいい」
返事を待たずに背中を向ければ、プルメリアがおおよそ人とは思えぬほどの叫び声を上げた。
「待て! 待てテリウス!」
ネロは呼びかけに応えることはせず、そのまま静かにその場を去ったのだった。
ビアンカが祖国を離れて一年が過ぎた。
正式にネロの婚約者としてお披露目されたビアンカは、王太子妃となるべく妃教育の毎日だ。
隣国のしがない伯爵令嬢ということで反発も多かったが、兄弟の確執で城を離れて、一度は皇位継承権を捨てようとまで考えていたネロを改心させた、というような噂が流れ始めてからは、随分と風向きが変わり、今では多数に受け入れられている。
久しぶりの休日、自分を膝に乗せたまま機嫌良く鼻歌を歌っているネロをじとりと見つめた。
「そういうの、情報操作、というのですよ」
「君と問題なく結婚するためにした策略と言って欲しいな」
嬉しそうな笑みを浮かべビアンカの隣に座るネロは、初めて会ったときとは違い真っ白な正装に身を包んでいた。
王太子としての正装だ。
黒い服ばかりだったのに大丈夫なのかと尋ねたとき、ネロはどこか寂しげに微笑んだ。
「もう黒をまとう必要が無くなったからね」
その返事に、ビアンカは少しだけ考え、それから息を止めた。
(ずっと、アルルの死を悼んでいたのね)
ネロにとって黒い服は、アルルへの贖罪の証だったのかもしれない。
だがもうそれを脱ぎ捨て、ネロは次へと歩み出す決意をしてくれたらしい。
「ああ、早く結婚したいよ」
愛しげに頬ずりされ、ビアンカはくすぐったさに身をよじる。
だがしっかりと抱き締めてくる腕の力は緩まず、逃げ出せそうにない。
「もっとビアンカと一緒にいたい」
「これ以上ですか?」
公務や勉強では別だが、眠る部屋も同じで食事だって可能な限り共にしている。
休日ともなればこうやって日がな一日を一緒にいるのに。
「やはり王太子の座なんて捨てて、ビアンカと自由に暮らそうか」
「もう、やめてください」
そんなことを口にしようものならみんな大騒ぎになることだろう。
じとりとにらみ付ければ、ネロは少しだけ唇を尖らせる。
「俺はいつだって君に飢えているし、叶うことならずっと繋がっていたいんだよ」
するりと不埒な動きで身体を撫でられ、ビアンカは小さく悲鳴を上げる。
私室ではあるが、日はまだ高いし、いつ何時使用人が入ってくるかわからないのに。
「ばか!」
小さな声で叱りつければ、ネロは嬉しそうに声を上げて笑った。
「本当にかわいいよビアンカ。君を心から愛してる。どうか俺と一緒に生きて、泣いて笑って……そして一緒に死んでくれ」
どうしようもないくらい重い告白だった。
だがその一途さがもはや心地よく思ってしまう自分はもう、ネロに夢中なのだろうとビアンカは苦笑いを浮かべる。
「ええ。今度こそ一緒に死にましょうね」
自分でもどうかしていると思いながらネロの首に手を回し、そっとその唇に己の唇を押し当てたのだった。
久しぶりの連載投稿でした!
最後までお付き合いありがとうございました!
ゼロサムオンライン様にてコミカライズが連載中です
そちらもどうぞよろしくお願いします





