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高い天井にはいくつものシャンデリアが輝いており、磨き抜かれた床がその光りを反射している。
さすがは帝国と言うべき大広間には多くの人たちが集まっていた。
皆、それぞれに煌びやかな服装に身を包んでおり、場の空気はとても華やかだ。
(すごい)
ビアンカはその光景に圧倒され、思わず息を呑む。
国でもパーティは珍しくなかったが、ここまでの規模ものは初めてだ。こんな場所に足を踏み入れる資格が自分にあるのだろうかと今さらながらに身がすくんだ。
「ビアンカ。大丈夫だ」
隣に立つネロが、ビアンカの手をそっと持ち上げ自分の腕に絡めた。
こちらを見る優しい瞳に、強ばっていた身体の力が少しだけ抜ける。
「俺が隣にいる。君は俺の婚約者として堂々としていればいい。とても綺麗だよ。本当、誰にも見せたくないくらい」
「もう」
余計な一言につい笑ってしまう。
ネロはいつだってぶれずにビアンカを大切に思ってくれているのが伝わってきて、恐怖が解けていくのがわかった。
ネロの腕に触れる手にわずかに力を込めて頷き、ネロと共にパーティ会場へと足を踏み入れる。
会場に集まっていた人々が、ネロに気がついたのは大きくざわめく。
「まあ、ネロ殿下よ」
「パーティに参加するなんて珍しい……」
「となりにいるご令嬢はどなたかしら」
「婚約したという噂は本当だったのね」
「あれが隣国からわざわざ連れてきたというお相手なの?」
ひそひそとした囁き声が四方から聞こえてきてきた。
皆、ネロの登場に驚き、その横にいるビアンカに興味津々のようだ。
ネロはアランとの諍いを避けるために、彼と顔を合わせる可能性がある場所にはなるべく近づかなかったと言うから、このような大きなパーティに参加すること自体が珍しいのだろう。
(周りの視線が痛いわ)
肌に突き刺さるような鋭い視線を感じ、ビアンカは苦笑いしたくなった。
横目でその主達を軽く確かめてみたところ、想像通り若いご令嬢たちだった。
彼女たちはネロにうっとりとした熱い視線を送ったかと思えば、その横にいるビアンカを憎々しげににらみ付けている。
(まあ、それはそうよね)
第二王子であり、ここまで美しいネロに憧れていた女性は多かったことだろう。
あわよくばと考えていた年頃のご令嬢たちにしてみれば、突然現れたビアンカという存在を簡単には受け入れられないのは当然だ。
こうなることはある程度は予想していたが、想像以上の視線の強さにビアンカはネロの人気を思い知らされてしまう。
ネロはどう感じているのだろうかと見上げてみれば、てっきり前を向いていると想っていたネロが真っ直ぐにこちらを見ていて驚いてしまう。
「ネロ様?」
「安心してビアンカ。何があっても君には手出しさせないから」
ちっとも安心できない言葉に、ビアンカはひくりと口の端を引きつらせる。
「あまり物騒なことは考えないでください。今日は王妃様の快気祝いの場なんですから」
お願いだから妙なことを口走らないでほしいと願いながら、ビアンカはネロの腕を軽く引いて先を急がせる。
周囲の視線を振り払うように会場の中心へと向かえば、そこには沢山の人に囲まれている王妃殿下と赤いマントを羽織った背の高い男性が並び立っていた。
男性はネロの気配に気がついたのか、ぐるりとこちらに身体を向けた。
ビアンカは思わず息を呑み目を瞠る。
がっしりとした体つきはネロにそっくりだが、彫りの深い顔立ち雄々しく雰囲気はまったく違う。ただ、その黒い瞳はネロとまったく同じ色だ。
(この人が、国王陛下。ネロ様と、アラン様のお父上)
血のつながりを感じていると、皇帝はふ、と嬉しそうに目を細めた。
その笑い方があまりにもネロそっくりでビアンカはうっかり見とれてしまう。
「おお、ネロ。来たのか」
「ご無沙汰しております、父上」
ネロがゆっくりと腰を折った。
ビアンカもそれに続いて頭を下げる。
「おや。君がネロが見初めたご令嬢かな」
優しく語りかけてくる口調は穏やかだが、とても重厚で威厳に満ちた声をしている。
この国を統べている存在なのだと伝わってきて、思わず身が引き締まる。
「はじめまして陛下。ビアンカ・アプリコでございます」
「やあビアンカ。ネロが随分と迷惑をかけているようだね」
「とんでもございません。ネロ様にはとてもよくしていただいております」
「そうかそうか」
国王は嬉しそうに声を上げると、ビアンカに笑みを向けた。
「ビアンカ、どうかネロと仲良くしてやってくれ」
「もちろんです」
「二人の婚約を嬉しく思うぞ」
このやりとりに耳を澄ませていたであろう周囲から、息を呑んだり落胆の声が聞こえてきた。
今の会話により、国王がビアンカをネロの婚約者として認めていることが公になったからだ。
今後、ビアンカとネロの婚約に異を唱えれば、それは国王の意向に逆らうことになるだろう。
(流石というかなんというか)
ネロはビアンカの横で満足げに微笑んでいる。
「ビアンカ、よく来てくれました」
国王との挨拶が終わると、王妃が嬉々とした様子でビアンカに近づき微笑みかけてくる。
完全に回復した王妃は、淡い菫色のドレスに身を包んでおり、まばゆいほどに美しい。
「素敵なドレスね。よく似合っているわ」
「ありがとうございます。王妃様のドレスもとても素敵です!」
「ふふ。陛下が今日のためにと仕立ててくださったのよ」
まるで少女のように微笑む王妃の横で、国王も頬を緩ませている。
寄り添う二人の姿はとてもお似合いで深い信頼で結ばれているのを感じた。
(私もいつか、ネロ様とこんな風になれるのかしら)
かつてアルルとテリウスだった時は死に別れてしまい、共に年を重ねることはできなかった。
だがこれからの未来はビアンカとネロとして積み重ねていけるのだと思うと、なんだか感慨深い気持ちになる。
「皆様への挨拶は済んだかしら?」
「まだこれからです」
「久しぶりのパーティなのだからしっかりと挨拶をしておくのですよ。あなたがしっかりしなければビアンカも恥をかくのですからね」
「わかっていますよ母上」
王妃の言葉にネロはとても素直に頷いている。
なんだか微笑ましいなと思いながらその光景を見守っていると、王妃がふうと短く息を吐いた。
わずかに愁いを帯びたその吐息にビアンカは首を傾げる。
「どうしましたか?」
「実は、まだアランたちが来ていないのよ」
「え……」
アランの名前にビアンカは思わず息を呑む。
ネロも同じだったようで、まとう空気が少し硬くなったのが分かった。
「兄上はまだ来ていないのですか」
「そうなの。あなたたちよりも先に来るようにと言ってあったのに。何かあったのかしら」
心配そうな王妃の肩に国王がそっと手を置く。
「案ずるな。そのうちにやってくるさ」
「でも……」
「あまりくらい顔をするものではない。この場はあくまでも君の快癒を祝う場だ。主役が暗い顔をしていては皆が困る」
「そう、ですわね。ごめんなさいねビアンカ。今日は楽しんでいってね」
国王になだめられ、王妃はぱっと表情を明るくさせた。
さすがは国母と言うべき切替の早さを尊敬しながら、ビアンカも笑顔を返す。
「もちろんです。王妃様がお元気になられてよかったです」
そんな当たり障りのない会話を終えると、ビアンカとネロは連れだって王妃達の側から離れる。
王妃に挨拶をしたい人たちが集まりはじめていたからだ。
王妃の次に私達への挨拶、という流れにでもなってしまったら、ずっとここにとどまらないといけなくなってしまう。
目を付けられないように、その場から離れながら周囲を見回してみるが、やはりアランの姿は見えない。
「どうしたのでしょうか」
「さぁね。君に合わせる顔がない、なんて殊勝なことを考える性格ではないから、何か事情ができたか、それとも何か企んでいるかのどちらかさ」
ネロは周りを見回しながらどこか冷たく言い放つ。
その鋭い眼差しを称えた横顔にテリウスが重なり、胸がきゅっと締め付けられた。
「ビアンカ、今ここにいない人間のことを考えるのはやめよう」
「ネロ様?」
「せっかく君との初めてのパーティだ。踊ろう」
「え、あ、あの」
腕を引かれ、会場の中央へと誘われる。
そこでは数名の男女が身を寄せ合い、ダンスを踊っていた。
近くには楽団が控え、美しい音楽が奏でられている。
「わぁ……」
思わず嘆息がこぼれてしまう。
皆、とても優雅で見ているだけでうっとりしてしまう。
「さあ、俺たちも踊りましょう」
「ええ!?」
驚きに声を上げてしまい、周囲からの視線が集まってしまう。
しまったと更に慌てていると、ネロが愛しげに目を細め、ビアンカの手を緩く引いてダンスの輪に引き込む。
「大丈夫。俺に任せて」
無理、と叫ぶ間もなくネロのリードされるがままに身体が動いてしまう。
人並みには嗜んでいるがこんな大勢の前で踊るなんて初めてだ。
絶対に失敗するにちがいないとビアンカが心の中で悲鳴を上げる。
(あれ……?)
だが、予想に反し身体が驚くほど軽くしなやかに動いていくのがわかった。
まるで床の上を滑るようななめらかな動作ができている。
(すごい)
それはすべてネロのリードによる物だった。
ビアンカの身体をどう動かせばいいのかを熟知した動きで、巧みに支えてくれる。
まるで自分がダンスの天才にでもなったような気分だった。
自然と頬がゆるみ、口角が上がっていくのが分かる。
腰を優しく支える左手と、しっかりと握られた右手。
まるで二人でひとつになったような、高揚感。
「どうだい? ダンスも悪くないだろう?」
いたずらっぽく片目をつむってみせるネロに、ビアンカはつい笑ってしまう。
「ええ。とても素敵です」
「こんな風に身を寄せ合って踊れる日が来るなんて……まるで夢のようだ」
本当に幸せそうに微笑むネロに、そんな大袈裟な、と言いかけたビアンカだが、不意に頭の中に前世の記憶が蘇る。
(アルルとテリウスは、一度も踊ったことがないままだった)
身分の低い姫と平民出身の将軍ということもあり、華やかな場に呼ばれることはほとんどなく、招待があったとしてもテリウスは参加したがらなかった。
結婚式ですら形式的な物だけで、こんな風に着飾ることすらない夫婦だった。
(もしかして、ネロ様はアルルと踊りたかったのかしら)
ビアンカに濯がれている、とろけるような熱い視線はビアンカではなくアルルを見ているのだとしたら。
先ほどまでの幸せに影が射す。
ネロに腕を引かれ、この世界で一番の女の子になったような気持ちだったのに。
(でも、それでいいって決めたもの)
下がりかける口角を必死であげて、微笑みをネロに向ける。
たとえネロが見ているのがビアンカの中にいるアルルでも構わないと決めたのだから、彼が望むように笑顔であろうと必死に取り繕う。





