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「私も参加すべきだと思います。ここまで来てパーティに参加せずに帰れば、周囲からどう思わ
れるかわかりません。ネロ様のお立場だってあります」
「だが……」
「大丈夫です。ネロ様が隣にいてくださるのでしょう?」
ね、と微笑みかければネロは悔しそうに顔をしかめたあと、肩を落とした。
「わかりました。参加します」
諦めたような口調だったが、ネロが参加を受け入れたことに王妃もほっとしたのが伝わってきた
。
王妃はネロの決断を認めながらも、ずっと心配だったのだろう。
当然だ。王子が隣国から連れてきた婚約者を自分の屋敷に囲い込んで周囲にも紹介しないなど、
おおらかなビアンカの祖国でだって早々許される行いではない。
アランのプルメリアの婚約の添え物としての紹介になるのは、少し思うところはあるがいい機会
だとビアンカも思う。
あまり長く話しては王妃の身体に触るからと、そこまでで話を切り上げ二人で部屋に戻った。
ネロの部屋はアランに押し入られたこともあり、貴賓向けの客室を今は使っている。
警備も厳重になったことから、あれ以外アランが接触してくるようなことはなかった。
「パーティか……気が重いな」
そう呟くネロの表情はひどく暗い。
「ええ……アラン様とプルメリア様とご一緒と考えると緊張します。でも、これを乗り切らない
と……」
「確かにそれもあるが、それ以上に心配なことがある」
「え?」
てっきりアランとプルメリアと顔を会わせるのが嫌だったのではないかと思っていたのに、それ
以外に何があるというのだろうか?
不思議に思っているとネロは何かに苛立ったように自分の髪をぐしゃりとかき混ぜた。
「パーティということは、着飾った君を周りに見せるということだ。君の美しさを皆に知られて
しまう。俺だけが知っていればいいのに!」
声を荒げたネロにビアンカはぽかんとしてしまう。
「それに沢山の人間がいる場所に行けば、どんな危険があるかわからない。君にもしものことが
あったらと思うと不安でたまらないんだ。また君を奪われるかもしれない」
するりと伸びてきた腕がビアンカを抱き締める。
大切な宝物を扱うような優しい抱擁に、胸がの奥がじわりとしびれた。
それほどまでに大切に思ってくれていることが嬉しいのと同時に、やはりネロはまだ過去に囚わ
れているのだと感じてしまう。
アルルを奪われた傷は深くネロの心に影を落とし続けているのだから。
「私を案じてくださってありがとうネロ様」
「ビアンカ……」
「本当のことを言うと、私も少しだけ不安なんです。その、アラン様のことで……」
言葉を濁せば、ネロが腕の力を弱めビアンカの顔をのぞき込んできた。
「あのことか?」
「はい。やっぱり、私……アラン様はブランお兄様ではないかと思うのです」
あの日、激高したアランの言動がかつてのブランにそっくりだった。
ネロを執拗に憎んでいるのも、ブランとしての記憶があるからで、プルメリアがアランに従って
いるのもそのせいではないか、と。
だがネロの考えは違うようだった。
「前にも言ったが、もし兄上がブランの生まれ変わりならばとっくの昔に俺は殺されるか幽閉さ
れるかしているはずだ。ブランは狡猾な男。兄の立場を利用して俺を陥れるくらい簡単だ」
「それは……そうなのですが」
ネロの言うことももっとだ。
もしビアンカの想像通りアランがブランならば、もっと周到にネロを追い詰めることだってでき
だだろう。
「兄上から敵意を向けられているのは事実だが、それは継承権問題が生まれてからだ。幼いころ
は普通に兄弟だったし、俺が記憶を取り戻した後もそれは変わらない」
ネロが断言するのならばそうなのだろう。だが。
「もし、断片的に思い出していたら? 私のように正しい記憶を持っていない可能性だってあり
ます」
ビアンカは、アルルはテリウスと結ばれた幸せな日々も、ブランのせいで死んだこと忘れていた
。
それはブランに与えられた薬のせいで記憶が歪んでいたせいではあったが、ブランにも似たよう
なことが起きていないとは限らない。
「残っている歴史が正しいのならば、ブランお兄様は私たちよりずっと長く生きています。私た
ちの知らない何かがあるかもしれません」
この国の礎を築いたブランが、自分たちとまったく同じ条件で転生しているとは考えにくい。
「その可能性は否定しない。だが、アランがブランだという考えだけはどうしても納得できない
んだ」
そう語るネロの表情に、ビアンカはそれ以上何も言えなくなってしまう。
今は険悪な関係だとしても、二人は血を分けた兄弟だ。
(私がそう感じたからといって、ネロ様だって簡単には信じられないわよね)
そんな当たり前のこともわからなくなっている自分が少しだけ恥ずかしくなる。
浅はかな自分に落ち込んでいると、ネロが優しく肩を掴んできた。
「何か誤解しているようだが、俺はべつにアランに対して兄弟の情があるから君の考えを否定し
ているわけじゃないぞ」
「……ちがうんですか?」
「ああ。アランは君を怖がらせ傷つけた。許すつもりはないし、必ず報復するつもりだ」
さらりと怖いことを言ってのけるネロにビアンカは息の呑む。
「あの、そこまでは……」
「俺が生まれ変わりを否定するのは、アランとブランではあまりにも人間としての特性が異なる
からにすぎない。あいつを警戒する気持ちには変わりないんだ」
「そう、なのですね」
「そうだ」
はっきりと言い切る姿にはいっさいの迷いもない。
「婚約者がプルメリアというのも不気味だ。パーティでは絶対に二人に近づかないと約束してく
れ」
真剣な表情で迫られ、ビアンカはこくこくと頷く。
「君の危惧ももっともだ。もしかしたらアランに近い何者かがブランの可能性だってある」
「アラン様に近い誰か……」
「そいつが俺や君のことに気がついてアランをたきつけているとしたらどうする?」
考えるだけでぞっとする。
やはりパーティになど参加するのではなかったのかもしれないと、胃の当たりがずんと重くなる
。
「心配するな。必ず君は守る」
「ネロ様……」
「母上や君が言うように、隠れ続けるわけにいかないのもわかっていたんだ。こうなった以上は
できることはずべてするつもりだ」
頼もしい言葉に胸を打たれていると、ネロがずいっと顔を近づけてきた。
口づけでもされるのかとわずかに身構えると、その寸前で顔を止めたネロがすうっと目を細めた
。
「まずはドレスだ。このこの国一番のドレスを仕立てさせよう」
何故ドレス、と瞬けばネロが妖艶に目を細めた。
「君の美しい姿を他の連中見せるのは腹立たしいが、せっかく君を好きに着飾らせることができ
るんだから存分に楽しませてもらおう」
「え、えぇ?」
先ほど以上の迫力で微笑むネロに、ビアンカは情けない声を上げたのだった。
鏡の前に移る自分を見つめ、ビアンカはほう、とため息をこぼした。
パーティまではたったの1ヶ月しか時間がなかったというのに、ネロはビアンカのために完璧な
ドレスを仕立ててしまった。
レースをふんだんに使った淡い水色のドレスには、小さな真珠が沢山縫い付けてあり動く度に光
を反射させいる。ネックレスもイヤリングも大粒の真珠があしらわれたているので、まるで物語
に出てくる人魚姫のようだなどと思ってしまう。
王城のメイドたちは手際よく着飾らせてくれ、髪も美しく結い上げてくれた。
まるで自分ではないようだと鏡をのぞき込んでいると、支度部屋の扉がノックされる。
「どうぞ」
返事をしたと同時に部屋の扉が開き、顔を覗かせたのはネロだ。
「……!」
思わずビアンカは動きを止めてしまう。
ネロもまた正装なのは予想していたが、濃紺の衣装に身を包んだ姿はあまりにもりりしく美しか
った。
皺ひとつない完璧な仕立てと上質な生地。素人目にも上等な服だとわかるそれを、完璧に着こな
す姿はまるで一枚の絵画のようだ。
「……素敵です。王子様みたい」
みたいも何も王子様なのだか、つい呟けば、隣にいたメイドが「まあ」と小さな声を上げたため
、ビアンカは急に恥ずかしくなる。
だが肝心のネロは室内に入ってきてから一声とも言葉を発していない。
もしかして気分を害したのだろうかとその顔を見つめれば、目を限界まで見開いて固まってしま
っている。
「……女神だ」
「え?」
「ビアンカ。君は俺の女神だ。なんという美しさだろうか……ああ……今すぐに部屋に閉じ込め
て永遠に見つめていたい」
「な、な……」
ほぼひと息でそう言い切られ、ビアンカは首筋まで熱くなるのを感じた。
「やめてください」
「ああ、なんでこんなにかわいいんだ。俺が選んだドレスとはいえ、この姿を他の男に見せるな
んて耐えられない」
「お、落ち着いてください」
本当に今すぐ部屋に連れ込まれそうな勢いを感じを、ビアンカは慌ててネロをなだめる。
「だめです! せっかく準備したのですから!」
「しかし……」
もの言いたげなネロの頬に手を添え、ビアンカは極力優しげな笑みを浮かべる。
「大丈夫。あなたの側から離れませんから」
「……わかった」
しぶしぶというのを隠さないネロに少しだけ笑いながら、ビアンカはその手に触れる。
「行きましょう」
「ああ」
そっと手を握り合い、ビアンカとネロはうなずき合った。





