初任務
翌朝。
フユが目を覚ますと、すでにアギトの兵舎に日が差し込んでいた。
与えられた部屋の簡素なベッドから身を起こし、外を見る。
ここが自分の場所になるんだ、と少しだけ実感する。
「起きたか。飯食ったら来い。任務だ。」
扉が開き、ムサシが頭だけ突っ込んで言う。
「え、もう?入団翌日ですよ」
「入団翌日から動けるのがアギトだ。来い。」
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兵舎の作戦室。
小さな地図が卓上に広げられ、ムサシが指を置く。
「首都から東へ2時間。ハウリアという村でノールが出た。数は3体。住民の避難は完了している。焼くだけだ。」
カナンが腕を組む。「3体か。俺とセナで十分だな。」
「全員で行く。新人に見せておきたい。」
ムサシはそれだけ言って地図を巻いた。
コウは無言で立ち上がり剣の柄を確かめる。
ダリウスはあくびをしながら地図を一瞥し「弱点の確認でもしておくか」と呟く。
セナがフユの顔を見てにやりと笑う。「ビビってるか?」
「してない。」「そりゃいい。」
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ハウリア村の手前。林の向こうから異臭がした。
焦げたような、腐ったような。嗅いだことのない匂いだ。
「あれがノールだ。」ムサシが静かに告げる。
林の中に黒い塊が三つ、低くうずくまっている。
人の形に近い。だが明らかに人ではない。
身の丈2メートルを超える黒い体躯。皮膚のように見えるものは焦げた炭のようにひび割れ、隙間から不気味な紫の光が漏れている。頭部らしいものはあるが、顔がない。ただ、そこに圧がある。
「…でかい。」フユは思わず呟く。
「アグニの悪魔因子が具現化した存在だ。」ムサシが淡々と解説する。
「単体でも一級兵士には手に負えない。感情はなく、悪魔因子に近いものへと引き寄せられる習性がある。
そして奴らには通常の傷がほとんど意味をなさない。力ではなく、弱点を突いて崩すことが鉄則だ。」
一瞬、ムサシはフユを見た。
言葉には出さなかったが、その視線の意味はわかった。
——お前に引き寄せられてくる可能性がある、ということだ。
フユは唾を飲む。
「ダリウス。先に見ろ。」
「もうやってる。」
ダリウスはすでに目を細め、遠くのノール3体を見据えていた。
その瞳にうっすらと光が走る。
これがダリウスの能力——分析透痲。
敵を視るだけで弱点を読み解く力だ。
「1体目……左の関節部分が構造的に薄い。2体目は体内の因子が頭部に密集している。3体目は——」
ダリウスは少し間を置く。「こっちに向かおうとしてるな。」
視線がフユに流れる。
「……3体目は新人の方に反応してる。頭部の因子が最も活性化している。そこが弱点だ。」
全員がフユを見た。フユは黙って前を向いた。
「セナ、1体目。ダリウス、2体目。コウは補佐。カナンは後衛で俺と新人を援護しろ。」
「了解。」
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セナが最初のノールに向かった。「行くよ!」
腰の帯から複数の剣が浮かび上がる。
それぞれが独立した軌道で動き、ノールを四方から牽制する。
これがアテナの加護——戦乙女の剣技だ。
「一点突破じゃ意味がない。だから同時に刺す。」
4本の剣がノールの左の関節へ向けて一斉に打ち込まれた。
先ほどダリウスが指摘した弱点。
甲高い音と共に黒い体躯にひびが入る。
「そこ!」
セナは自身の薙刀をその亀裂に叩き込んだ。
ノールが崩れ、黒い霧になって消える。
「2体目はもらう。」
ダリウスの槍が光を帯びた。
遠目から2体目のノールを見据え、頭部へ向けて投槍のように突き出す。
槍は空中で軌道を変え、額の位置に吸い込まれるように直撃した。
「頭部に因子が集中しているなら、そこを全力で壊せばいい。単純だろう。」
轟音と共に霧になる。
残り1体。
「来るぞ。」ムサシが低く言う。
3体目がゆっくりとこちらへ向かっていた。
セナでもダリウスでもなく——フユの方へ。
何かが胸の奥で、ざわりと動く感覚があった。
今まで感じたことのない不快な共鳴のような。それに引っ張られそうになる自分がいる。
——引き付けられるな。今は関係ない。
「俺がやります。」フユは一歩踏み出した。
「……無理はするな。」
フユは剣を抜く。
手が震えている。こんな化け物と戦ったことなんてない。
ダリウスに弱点は聞いた——頭部だ。
踏み込む。上段から剣を振り下ろし、頭部を狙う。
手応えはあった。だが硬い。刃が弾かれ腕が痺れる。
「くっ……!」
体勢を崩したところへノールの腕が振り下ろされる。
「フユ!!」セナが叫ぶ。
カナンが間に割り込んだ。
腕を交差させノールの腕を受け止める——普通なら吹き飛ぶ一撃だ。しかし。
「俺に入れ。」
カナンの瞳が光る。
傀儡化身——自身の肉体に使用した瞬間、カナンの筋肉が膨張するように張り詰める。
ノールの腕を、止めた。
「今だフユ。頭部を突け。今度は全力で。」
フユは迷わず踏み込んだ。
傀儡化身で強化されたカナンが体勢を固定しているその間、フユの剣が頭部の亀裂に深く突き刺さる。
ノールが崩れた。黒い霧が散っていく。
静寂。
フユはその場に膝をついた。足が笑っていた。
「情けないな。」ダリウスが言う。嘲りではなく、事実として。
「……すみません。」「謝るな。」
ムサシはフユの前に立ち、刀を鞘に収める。
「今日確かめたかったのはそこだ。ノールはお前に反応した。理由はまだわからん。だが、それはお前の戦い方に関わってくる。」
「……使いよう、ということですか。」
「弱点を突くのはお前もわかっただろう。ダリウスがいれば弱点はわかる。カナンが時間を作る。あとはお前が正確に叩き込む。今日それを学べ。」
カナンが隣にしゃがみ、フユの肩を叩く。
「まあ、最後に怯まず踏み込んだだけで俺的には合格点だよ。」
セナが薙刀を肩に乗せながら言う。「剣筋は悪くない。当て方が全部力任せなだけで。」
コウはフユを一瞥し、静かに刀を鞘に納めた。
今日の戦闘でコウが自ら動く場面はなかった。補佐のはずだったのに、出番が来なかった——それがコウの立ち位置だとフユは少し後で理解することになる。一対一でこそ本領を発揮する。それが雫の加護を持つ男のあり方だと。
フユはゆっくりと立ち上がり、リンドウェルの方角を見た。
遠くにフローゼルの尖塔がかすかに見える。
龍王になる。わからないことだらけでも、ここで立ち止まるつもりはない。
「帰るぞ。」ムサシが歩き出す。
フユは腕の痺れを振りながらその後を追った。
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帰路。
セナがフユの隣を歩きながら話しかける。
「ねえ、龍王になるって言ってたじゃん。セルドアってどんな人だと思ってる?」
「……強くて。判断力があって。俺が憧れてる人です。」
「そうじゃなくて。」セナは空を見上げながら続ける。
「あの人も、最初から歓迎された力を持ってたわけじゃないんだよ。
それでも正義を通した。あんたがやろうとしてることと、たぶん同じだ。」
フユは何も答えなかった。
だが、その言葉は確かに胸に落ちた。




