試練の精神世界
タルタロスの根城。
地下深くに続く石造りの部屋。
明かりは少なく、空気は重い。
「ここが…根城か。」フユは呟く。
「思ったより地味だね。」シリアが言う。
「黙れ。」ラフィットが短く返す。
奥の部屋にエリックは通された。
フラットの状態を確認するためだ。
残されたフユとシリアの前に、ミロクとセゴウが立つ。
「では説明するわ。」ミロクが言う。
「フユ、お前には悪魔の名を聞き出して、戦って勝ってもらう。それが再契約や。」
「……名前を聞き出す?」
「そや。悪魔は自分から名乗らへん。引き出すんや。」
ミロクはシャツの裾をめくった。
腹部——えぐれた傷跡の周囲に、黒い紋様が刻まれていた。
「これが契約の証や。お前もこうなる。」
「……それで、どうやって聞き出すんだ。」
「戦うんや。」ミロクはあっさり言った。
「名前を知らんまま戦うと、悪魔はいずれ教える。まあそれが認めた相手ならな。」
フユは黙っていた。
「シリア。」セゴウが口を開く。
「君の試練は違う。守ることだ。」
「守る?」
「精神世界の中で、崩れゆく世界から対象を守り抜く。バーサーカーを完全に制御した状態でな。それができて初めてフラット君の意識に干渉できる。」
シリアは目を閉じた。一瞬だけ。
「……わかった。」
ソウジが補足する。
「つまりはこうじゃ。これからフユとシリアはそれぞれ精神世界にて試練に挑む。
もちろんクリアすることが前提じゃが、クリアすればシリアの力を持ってしてフラットの昏睡を解く。
万が一悪魔に浸食されていてフラットの危機であれば試練のクリアしたあとのフユなら深く干渉が可能というわけじゃ」
「セルドアはここまで読んでいてソウジさんへ連絡していたってことか....?」
エリックが困惑する
少し笑みを浮かべながらソウジが
「龍王たる所以よの。許してやれ、エリック。彼奴にも触れれぬ禁忌はある。」
「まあもう話はええやろ。始めよか。」
ミロクは懐から二本の細い針を取り出した。
「痛くはないで。多分な。」
「多分ってなんだ。」
「うるさい。」
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フユの意識が沈んだ。
暗い。
音がない。
足元に地面があるのかもわからない。
「来たな。」
声がした。
振り返ると——ミロクがいた。
だが雰囲気が違う。
根城にいた時よりも、ずっと——重い。
「ここは精神世界や。俺とお前の意識が重なった空間。」
「……悪魔は、ここにいるのか。」
「おるよ。」ミロクは笑う。「お前の中にずっとおったやろ。」
その時だった。
ミロクの背後から、黒い靄が滲み出た。
人の形をしている。
だが大きい。ミロクの倍はある。
全身が黒い霧で構成され、目だけが——深紅に光っていた。
「……こいつが。」
「ベルゼブブや。俺の悪魔。」
ミロクはベルゼブブを見上げ、気安く言った。
「よお。」
ベルゼブブは低く唸った。
それが挨拶のようだった。
フユは息を飲んだ。
この威圧感——ミロクが闘気を解放した時とは比べ物にならない。
「怖いか。」ミロクがフユを見る。
「……怖い。」
「ええな。」ミロクは頷いた。「ビビらんやつが使うのが一番あかんって言うからな。」
ベルゼブブはフユをじっと見ていた。
その深紅の目が——フユの奥の何かを探るように。
「ベルゼブブが言うとる。」ミロクが言う。「お前の中のやつ、相当やばいって。」
「……相当やばい?」
「始祖の血統らしいな。ベルゼブブよりも格上や。」
フユは自分の手を見た。
胸の奥が——冷たい。
「出てこい。」フユは呟いた。
何も起きなかった。
「ははは!そんなんで出てきたら楽やわな!」ミロクが言う。
「だから戦う意思を見せるんや。ほんなら向こうから出てくる。」
「……どうやって戦うんですか。精神世界で。」
「お前がイメージしたものが武器になる。」
フユは目を閉じた。
氷。
自分の中にある感覚は——ずっとあった。
怖くて触れなかっただけだ。
目を開けた時、フユの右手には氷の刃が灯っていた。
「ほお。」ミロクが目を細める。「ええもん出せるやんけ。」
「……自分でも知らなかった。」
「ええな。」
ミロクは一歩引いた。
「では——始めよか。」
暗闇の奥から、気配が膨らんだ。
巨大な何かが——こちらを見ていた。
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シリアの意識が落ちた場所は——光の中だった。
白い。
眩しい。
だが暖かくはない。
「……ここが精神世界。」
「そうだ。」
セゴウの声がした。
姿は見えない。声だけが、空間に響いている。
「君が守るべき対象はあの中心にいる。」
白い空間の中心に、小さな光の玉があった。
「……あれは?」
「フラット君の意識の欠片だ。今の彼は悪魔に侵食されながら眠っている。その意識の欠片をここで守り抜けば——彼を試練の世界へ送り出す扉が開く。」
シリアは光の玉を見た。
小さい。
消えそうなほど、小さい。
「何から守るんだ。」
「今から壊しに行く。」
セゴウの声が——低くなった。
「本気で来る。覚悟しろ。」
シリアはバーサーカーへの変身を——抑えた。
いつもは感情が爆発して変身する。
だが今は違う。
制御して、使う。
「合成魔獣——」
シリアは静かに呼んだ。
キメラの力が、シリアの体を包む。
轟音ではなく——静かに。
その瞬間、白い空間が割れ始めた。
セゴウの拳が——光速で迫っていた。
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フユの前に——それは現れた。
氷でできた巨大な龍。
だが尾は炎で燃えている。
目は金色。
全身から——冬の空気と灼熱が同時に溢れていた。
「……お前が。」
龍はフユを見下ろした。
何も言わない。
ただ——見ている。
「名前を教えてくれ。」
龍は動かない。
「お前の名前が必要なんだ。」
まだ動かない。
フユは氷の刃を構えた。
「……なら戦う。」
龍が——咆哮した。
炎と氷が混じり合った吐息がフユを包む。
フユは弾き飛ばされながら——笑っていた。
怖くない。
怖いけど——怖くない。
「もう一回だ‼︎」
フユは氷を手に纏い、龍へ向かっていった。




