心優しい戦士
バークエン郊外。
トップの先行行動隊が森に入ったのは朝だった。
ノール5体、デズノール2体の討伐任務。
先行行動隊としては標準的な内容だ。
フラットは隊の後方を担当していた。
先輩団員3人が前衛、フラットが後衛で異常を察知する役割だ。
「ノール確認、東側3体。」先輩の一人が言う。
「デズノールは奥に2体。先にノールを片付けます。」
淡々と進んだ。
ノールはすでに慣れていた。フラットの炎が核を焼き、3体を片付けた。
「上出来だ、フラット。」先輩が言う。
「ありがとうございます。」
デズノールに向かって森を進んだ。
その時。
「……なんだ、この気配。」
先輩の一人が立ち止まった。
フラットも感じた。
デズノールではない。
ノールでもない。
重い。
深い。
黒い。
木々の間から、それが現れた。
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オークだった。
だが普通のオークではなかった。
体躯は3メートルを超えている。
皮膚の下から紫の亀裂が走り、悪魔因子が全身に滲んでいる。
目が4つある。全て黒く、光がない。
ノールが悪魔因子で出来た存在なら——
これは悪魔因子に完全に侵された生き物だ。
「……特級。」先輩が呟いた。声が固まっていた。
「逃げます。」もう一人が即座に言う。
「今すぐ。」
だが遅かった。
オークが一歩踏み出した。
その一歩だけで地面が揺れ、木が傾いた。
先輩の一人が能力を展開した。
オークの腕に直撃した。
腕が少し揺れた。それだけだった。
「効かない——!!」
オークの拳が薙ぎ払われた。
先輩3人が同時に吹き飛んだ。木に激突し、動かなくなった。
フラットだけが残った。
「……っ。」
剣を構える手が震えた。
目の前に立つ存在の格が、自分とは根本的に違う。
これは戦う相手ではない。生き物としての格が違う。
だが先輩たちは動かない。
オークがフラットを見た。
4つの黒い目が、フラットだけを捉えた。
逃げろ。
体がそう言っていた。
だが足が動かなかった。
先輩たちの方を見た。
息はある。生きている。だが意識がない。
このまま放置すれば——
「逃げてください!!」
フラットは叫びながら前に出た。
炎を剣に纏わせ、オークに向かって全力で走る。
当たらなくていい。注意を引ければいい。
オークの目がフラットに向いた。
「こっちだ——!!」
炎の斬撃がオークの体表を焦がした。
大きくは傷つかない。だがオークが振り返った。
先輩たちからフラットへ——標的が変わった。
「逃げて——!!」
フラットの叫びを聞いて、意識を取り戻しかけていた先輩の一人が状況を理解した。
「フラット!!お前も——」
「早く!!僕のことは——」
オークの拳がフラットを直撃した。
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どれくらい時間が経ったのかわからなかった。
先輩の声がした。遠くから聞こえる。
「フラット!!フラット、聞こえるか!!」
目が開かなかった。体が動かなかった。
地面に倒れている。背中が濡れている。
血だと、頭の隅でわかった。
「生きてる……!!生きてるぞ!!」
よかった。
先輩たちが生きている。
逃げられた。
フラットはそれだけを思いながら、意識を手放した。
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緊急の報告がアギト本部に入ったのは夕方だった。
「トップの新人、フラット=ワンブラッドが重傷。郊外の森で特級相当の敵と接触。現在搬送中。」
フユはその報告を聞いた瞬間、立ち上がっていた。
「どこ…フラットはどこへ!!」
「医療棟だ。落ち着け。」セナが言う。
「落ち着けって——」
「今お前が飛び出しても何もできない。」
フユは拳を握った。
フラット。
選考会で握手した。「お互い受かるといいね」と言った。
心優しい好青年。
「……重傷ってどのくらいですか。」
ムサシは少し間を置いた。
「生死を彷徨ってる。」
フユは何も言えなかった。




