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STAR RAIN  作者: bagswife
20/30

セイレンの報告

リンドウェルの外れ。


表通りから離れた路地の先に、目立たない建物がある。

看板はない。窓もない。扉だけがある。


カミルはその扉を押し開けた。


「ただいま帰りましたぁ」


誰もいない廊下。

薄暗い照明。


奥の部屋の扉が開いていた。


====================


「失敗したのか。」


声だけがあった。


低い。静かだ。怒っているのか怒っていないのか、判断がつかない声だった。


「はい。」カミルは答えた。「老人が先に処理してしまいました。」


「老人。」


「黒装束ではありませんでした。ただ——あの気配は普通ではないですよ。鵺を一太刀で仕留めた。」


しばらく沈黙があった。


「新人たちは。」

「生きてます。ボロボロでしたが。」

「お前は何もしなかったのか。」

「指示通り、鵺を持ち帰ることが最優先でした。老人が介入した時点で無理と判断して引きました。」


また沈黙。


カミルは部屋の奥の闇を見た。

顔が見えない。輪郭だけがある。


「……まあいい。」


声が言った。


「鵺の件は仕切り直す。お前は引き続き中級任務儀礼の連中と行動しろ。」

「めんどくさいからやなんだけどなあ。」



カミルは少し目を細めた。


「次に鵺級の呪獣が出た時、今度は確実に持ち帰れ。誰が介入しようと関係なくだ。」


「……了解です。」


カミルは踵を返した。


扉まで歩いて——立ち止まった。


「一つ聞いていいですか。」


答えを待たずに続けた。


「鵺を持ち帰って何をするんですか。」


沈黙。


「お前には関係ない。」



カミルは少し笑った。

それだけで部屋を出た。


廊下を歩きながら、天井を見上げた。


なんでなんだろうね。


自分が何のためにここにいるのか。

あの男の何のために動いているのか。


答えは出ない。


出ないまま、カミルはセイレンの建物を後にした。


====================


アギト本部。


「座れ。」


ムサシがフユの前に椅子を置いた。


フユは素直に座った。


ムサシは机の前に立ち、腕を組んだ。

しばらくフユを見ていた。


「お前の中に悪魔の因子がある。それは知っているな。」

「……はい。」

「キャブラ戦で暴発した。鵺の前でも漏れかけた。」

「はい。」


「制御できなければ、いずれお前は自分を失う。」


フユは黙った。


「悪魔を顕現させる必要はない。因子の力を引き出すだけでいい。それが氷の能力に変換される。」

「引き出すって——どうやって。」

「闘気だ。」


ムサシは自分の手の前に、薄く焔のようなオーラを纏わせた。羅法だ。


「闘気を高め、因子の入口に触れる。顕現まで持っていくな。入口を少し開けて、因子を薄く引き出す。それだけでいい。」


「……入口ってどこですか。」


「胸の奥だ。お前が今まで感じてきたざわめきがある場所。そこだ。」


フユは胸に手を当てた。


あの感覚。ノールの時から。キャブラの時から。鵺の前で溢れかけたあれ。


「触れたことはあるか。」

「触れた、というより——気づいたら漏れてた感じで。」

「だから暴発する。意識的に触れる練習をしろ。」


ムサシは静かに言った。


「急がなくていい。2ヶ月だ。毎朝1時間、俺が付き合う。」


フユは顔を上げた。


「……なんでそこまで。」


ムサシは少し間を置いた。


「団長だからだ。」


ムサシは立ち上がり、訓練場の方へ歩いた。


「来い。今日から始める。」


フユは立ち上がり、その背中を追った。


====================


【その後、1年間】


最初の1ヶ月。


フユは毎朝ムサシと向き合い、胸の奥に意識を集中させた。

何も起きない日が続いた。


「焦るな。」ムサシは毎朝同じことを言った。


37日目の朝。


フユの右手の先に、薄く白い霧が立ち上った。

氷ではない。霧だ。だが確かに冷たかった。


「……出た。」


「出た。」ムサシが頷いた。「それでいい。」


それからは早かった。


2ヶ月が経つ頃には、右手に薄く氷の膜を纏えるようになっていた。

暴発はしない。自我も失わない。

ただ、手が少しだけ白く凍る。それだけだ。


だがそれだけで十分だった。


====================


3ヶ月目。


フユは初めて氷の能力を任務で使った。

ノールの討伐任務。氷の膜を纏った剣が、ノールの核を一撃で砕いた。


「……やれた。」


セナが隣で「遅い」と言った。

それでも笑っていた。


====================


同じ頃。


レイは水槍の精度を上げていた。

10本を同時に制御し、全て核に当てる練習を繰り返した。

リヒトは何も言わなかった。ただ見ていた。


フラットは炎の出力を絞る練習をしていた。

大きく燃やすことは得意だった。小さく、正確に当てることが課題だった。

義父の元トップ団長エリックの手紙が月に一度届いた。毎回短かった。「元気か。」それだけだった。


バンは単独任務をこなし続けた。

結果を出した。数字だけが全てだという顔をしていた。


リザは任務の前に必ず資料を揃えた。

誰よりも準備が早く、誰よりも無駄がなかった。


カミルは——相変わらず任務に顔を出したり出さなかったりした。

顔を出した時は確実に仕事を終えて帰った。

誰も何も聞かなかった。


====================


6ヶ月目。


フユとレイが同じ任務に就いた。

2人で組むのはアルバトロス以来だった。


任務中、2人は無口だった。

連携は取れた。息は合った。

だがそれだけだった。


帰り道、フユが先に言った。


「なあ、レイ。」

「なんだ。」

「まだ俺のこと、信用できないか。」


レイは少し間を置いた。


「信用してる。」

「じゃあなんで——」

「信用してるが、怖い。」


フユは黙った。


「お前が次にあれを出した時、止められるか俺に。止められなかったら——」


レイは言葉を切った。


「……俺は、お前を失いたくない。それだけだ。」


フユはしばらく前を向いて歩いた。


「俺も失いたくない。お前のことも。だから練習してる。」


「……知ってる。」


2人はそれきり黙って歩いた。

だが6ヶ月前とは、空気が違った。


====================


8ヶ月目。


フユはノールを単独で3体討伐した。

氷の能力は剣に乗せるだけでなく、薄く射出できるようになっていた。

キャブラ戦の「暴発」とは全く別の、制御された冷気だ。


「上出来だ。」ムサシが初めてそう言った。


フユは少し照れた。


====================


1年が経った。


リンドウェルに秋が来た。


フユは訓練場で一人、剣を振っていた。

右手から薄く白い霧が漂う。氷の膜。1年前とは比べものにならない。


暴発は——1年間、一度もしなかった。


「フユ。」


セナが入口から声をかけた。


「緊急の召集だ。いつもと少し毛色が違う。」


「緊急?」


「団長から直接話がある。来い。」


フユは剣を収め、セナの後を追った。


1年間で変わったこと。

1年間で変わらなかったこと。


それを確かめる時が、そろそろ来る気がした。



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