セイレンの実力
北区の森。
木々の間を縫いながら、3人は進んでいた。
バンが先頭を歩く。リザがその後ろ。
カミルは一番後ろをふらふらと歩いていた。
「気配は東側だ。」バンが低く言う。
「確認済み。足跡の密度からして単体。」リザが静かに返す。
茂みが揺れた。
バンが一歩前に出た瞬間、ノールが飛び出してきた。
バンは右腕を前に出した。
鉄の能力——腕が鋼鉄に変わる。
ノールの爪が直撃した。火花が散った。バンは動かなかった。
「弱点は核だ。左肩の発光部位——リザ。」
「わかってる。」
リザが動いた。
見た目からは想像できない速さ。身体強化、スピード特化。
ノールの死角に回り込み、左肩へ剣を打ち込む。
核が砕けた。ノールが霧になって消えた。
「次だ。」バンが歩き出した。
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それから2体。バンが受けてリザが核を砕く。
流れるように、無駄なく。
後ろでカミルがあくびをした。
「……はぁ〜。」
バンが振り返る。「お前、ずっとそこで突っ立ってるだけか。」
「いや〜、だって2人で全部やってるじゃないですか。俺が入る隙間ないですよ。」
「隙間がないんじゃない。お前が動く気がないだけだろ。」
「まあそれもそうですね。」
バンの眉がぴくりと動く。
「ふざけるな。これは任務だ。各団の代表として来てる自覚があるのか。お前みたいなやつがいると全体の士気が——」
「あー。」
カミルが短く言った。
「うるさいな。」
バンが「何?」と言いかけた瞬間。
カミルの手が動いた。
バンの腹に、拳が入った。
「っ——!!」
鋼鉄化する暇もなかった。
バンは吹き飛び、木の幹に背中から叩きつけられた。
そのまま崩れ落ちる。体が言うことを聞かない。
リザが即座に動いた。
スピード特化の身体強化——最速で距離を取ろうとした。
カミルはすでにリザの前にいた。
「速いですね。」
にこっと笑いながら、リザの肩を軽く押した。
それだけで、リザは地面に膝をついた。
足に力が入らない。能力が発動しない。体の内側から何かが封じられている感覚だ。
「な——何を、したの。」
リザが絞り出すように問う。
カミルは2人を交互に見た。
いつもと同じ飄々とした顔だった。
目も変わっていない。笑ったままだ。
だからこそ、怖かった。
怒りでも、敵意でもない。
ただ——何もない目だった。
「耳障りだからかな。」
カミルは首を傾げた。
「よくわからないけど耐えられなかったのかな?」
本当に不思議そうだった。
自分の行動の理由を、自分で探しているような——そんな顔だった。
「……正気か。」バンが壁に手をついて立ち上がろうとする。膝が震えている。
「俺たちは同じ任務の——」
「あ、やばい。」
カミルの視線が後ろに向いた。
重い気配。
森の奥から、ゆっくりと近づいてくる。
デズノールだった。
体表の亀裂が深く、紫の光が強い。ノール(さっきのもの)より明らかに格が上だ。
バンは立ち上がれない。
リザは動けない。
「……カミル!!」
バンが叫んだ。
「まぁ…君らが死んだってなんでもないんだけど。」
カミルはあくびを一つして、腰の剣に手をかけた。
抜いた。
一太刀。
デズノールが真っ二つに割れ、霧になって消えた。
森に静寂が戻る。
2人の体の感覚が、すっと戻ってきた。
しばらく誰も何も言わなかった。
カミルは剣を鞘に収め、何事もなかったように2人を見た。
「立てますか?」
バンは答えなかった。
リザも答えなかった。
2人とも、カミルを見ていた。
さっきと同じ顔だった。同じ笑顔だった。
なのに——さっきとは別の人間を見ているような感覚が消えない。
「……なんで攻撃した。」バンが低く問う。
「うーん。」カミルは少し考えるような顔をした。
「なんでだろうね。うるさかったから?かな。」
「……それだけか。」
「それだけです。」あっさりと言った。「ごめんなさいね、2人とも。」
謝罪の言葉があった。
だがその顔には、反省の色はなかった。
「任務は終わりましたね。帰りましょう。」
カミルはふらりと歩き始めた。
バンは立ち上がりながら、その背中を見た。
強い。それは確かだ。一太刀でデズノールを消した。
拘束の能力も、その威力も、未知数だ。
だがそれより——
あの目が頭から離れなかった。
何もない目。
「……リザ。」
「わかってる。」リザが静かに答えた。「書いておく。」
2人は顔を見合わせ、カミルの後を追った。
森の木々の間から、東の空が見えた。
カミルがふと立ち止まり、東の方角を見た。
「……東区の子たち、大丈夫かな。」
独り言のように呟いた。
そこだけは——少しだけ、普通の心配をする人間の声だった。




