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STAR RAIN  作者: bagswife
13/30

崩壊の始まり

神栄団本部、フローゼル。


午前の光が差し込む大廊下を、一人の男が歩いていた。


黒の制服。セイレンの紋章。

知的な顔立ち。穏やかな目。

すれ違う団員たちが会釈すると、丁寧に返す。


「アイゼルバッハ団長、お疲れ様です。」

「ありがとう。君も精が出るね。」


自然な笑顔だった。

力みがない。嘘くさくない。

誰もがそう感じる笑顔だった。


アイゼルバッハは月次報告書を小脇に抱え、龍王室へ向かった。


====================


龍王室の扉を軽くノックした。


「失礼します。セイレン隊長、アイゼルバッハです。月次報告に参りました。」


返答があった。入室した。


だが——そこにセルドアはいなかった。


代わりに、書類に囲まれた机の前に男が座っていた。

細身で落ち着いた目をした男。

戦闘の気配はない。だが油断のない目だ。


「龍王は不在だ。報告なら私が聞こう。」


右大臣、ジェイズ。

リチャードと共にセルドアを支える男。

戦の才はない。だが頭脳はエルドラ屈指だ。


「そうでしたか。」アイゼルバッハは軽く頭を下げた。「ならまた日を改めます。報告書は置いていきましょうか。」


「……。」


ジェイズは立ち上がらなかった。

書類から目を上げ、アイゼルバッハを見た。


「なにを企んでいる。アイゼルバッハ。」


「はい?」


「前々から気になっていた。」


ジェイズは立ち上がった。

窓の外に目をやり——それからアイゼルバッハを見た。


「お前のような禍々しい気を放つ者が、なぜ団長などしている。」


アイゼルバッハの顔から、何も消えなかった。

笑顔のままだった。


「……禍々しい気、ですか。私はそのようなものは——」


「私に闘の才がないからといって舐めるな。」


ジェイズの声は静かだった。

だからこそ、重かった。


「長年政を見てきた。人を見てきた。

戦える人間だけが脅威ではない。

お前が発する邪気は——お前の物言いの端々にも滲んでいる。

私には、わかる。」


沈黙。


アイゼルバッハは少し目を細めた。


「やはりあなたからか。」


声のトーンが、変わった。

穏やかさが消えた。

笑顔が——消えなかった。笑顔のままで、何かが消えた。


「消さなければならないのは。」


「——!」


ジェイズが机を蹴って後退した。

同時に警護を呼ぼうと息を吸った——


アイゼルバッハの手が上がった。


音がなかった。


光もなかった。


ただ——ジェイズの動きが止まった。


机に手をついたまま、固まった。

崩れるように——膝をついた。


「あなたは優秀だった。」


アイゼルバッハは歩み寄りながら静かに言った。


「セルドアの傍に置くには、惜しいくらいに。」


ジェイズは床に手をついた。

体が動かない。声が出ない。

だが目だけが——アイゼルバッハを見ていた。


恐怖ではなかった。


怒りでもなかった。


「……お前は……セルドアを……」


「安心してください。」


アイゼルバッハはしゃがみ、ジェイズの目線に合わせた。


穏やかな顔だった。


「全てが終われば、この国は今より良くなります。私の理想は——誰よりも高い場所にある。」


「……それが……支配欲と、何が違う……」


「違いますよ。」アイゼルバッハは静かに答えた。「私は世界を手に入れたいんじゃない。」


立ち上がった。


「世界を、作り直したいんです。」


ジェイズの目から、光が消えた。


「私の理想に——あなたは邪魔なんですよ。」


====================


龍王室に静寂が戻った。


アイゼルバッハは報告書を机の上に置いた。

それから窓の外を見た。


リンドウェルの街並みが広がっている。

人が歩いている。子供が走っている。

活気がある。


セルドアが作った国だ。


「もう少しだ。」


アイゼルバッハは静かに呟いた。


「セルドア。お前を封じた後——この世界はようやく正しく動き始める。」


廊下から足音がした。

アイゼルバッハは瞬時に笑顔を作り、扉に向かった。


すれ違った団員が会釈した。


「お疲れ様です、アイゼルバッハ団長。」


「ありがとう。」


穏やかに、自然に、返した。


その後ろの龍王室で何が起きたか——廊下を歩く誰も知らなかった。



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