泥の中の忠義
工場の中は既に戦場になっていた。
泥人形が次々と立ち上がる。一体倒せば二体現れる。
カナンは傀儡化身を全開にして3体を同時に抑え込んでいたが、背後からさらに2体が来る。
「っ……!数が多すぎる!!」
コウは一体と真正面から切り結んでいた。
雫の加護はタイマンでこそ力を発揮する。複数を相手にしている今、その能力は十全に発動できない。
それでも刀さばきだけで2体を相手にしていた。しかし3体目が加わった瞬間、足を取られる。
「ぐ……!」
シリアが横から援護に入るが、そのシリア自身も2体に手を焼いていた。
「私はレベルが違うと言っておいたのに。」
テアルが2階の欄干から静かに見下ろす。
「元神栄団の副隊長格を舐めすぎです。あなたたちはまだ私が全力でないことに気づいていない。」
テアルの指が複数同時に動く。
床のあちこちから泥が盛り上がり、人形を作り続ける。
壁の泥。柱の泥。工場全体が素材だ。
「!!まだ出すか!!」カナンが叫ぶ。
テアルは答えない。ただ静かに指を動かし続けた。
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工場の別室。
シュルトは3つ目の扉を開けて舌打ちをした。
資材置き場だった。
「……北口はどこだ。」
シュルトは別の部屋に入ってしまっていた。
シュルトは太刀を担ぎ直し、また歩き出す。
どこかで大きな音が聞こえた。戦闘が始まっている。
「……方角がわかれば問題ない。」
確信を持って右に曲がった。
また資材置き場だった。
「……。」
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工場の中央。
セナとシリアが泥人形の群れをかき分けながら前進していた。
セナの複数の剣が縦横無尽に動き、次々と人形を斬り崩す。
だが崩れた泥が再び集まり、また形を作る。
「再生するのか!!」
「させなければいい。」シリアが短く言い、クナイを人形の中心部に打ち込む。
泥の核が砕け、今度は再生しなかった。
「核があるのか。」セナが目を細める。
「弱点は一つだ。」
2人の息が合う。
セナが剣で動きを封じ、シリアがクナイで核を砕く。
一体、二体、三体——
「止まれ。」
テアルの声が響いた。
2人が見上げると——
工場の床、壁、天井の泥が全て剥がれ、一点に集まっていた。
巨大な塊が人形を形成していく。
床が揺れる。天井が軋む。
10メートルを超す巨躯。
複数の人形が一体に合わさった超巨大泥人形が、工場の中央に立ち上がった。
「……でかい。」セナが呟く。
「問題ない。」シリアが短刀を構える。
「問題ない、って……あれ相手に2人で?」
「僕一人でいい。」
シリアの目が変わった。
バーサーカー。
希少度S——狂戦士の加護が解放される瞬間、シリアの周囲の空気が歪んだ。
「……シリア。」セナが一歩引く。
「テアルを頼む。」
それだけ言ってシリアは走った。
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バーサーカー解放のシリアに、理性はほとんどない。
あるのは前に進む衝動だけだ。
巨大泥人形の拳が振り下ろされる。
シリアは正面から受けた。
床が陥没した。
しかしシリアは沈まなかった。両足で踏みとどまり、拳ごと押し返す。
「……!!」
テアルが目を見張る。
シリアは拳を足場に跳び上がり、巨体の肩へと上がっていく。
短刀を頭部に向けて振り下ろす。一撃。二撃。三撃。
泥が抉れ、飛び散る。
核はどこだ。
巨体が体を揺さぶり、シリアを振り落とそうとする。
シリアはクナイを胴体に打ち込み、振り落とされながらもそれを足場にして再び跳ぶ。
胸の中心部。
微かに他の泥と色が違う箇所がある。
「そこだ。」
短刀が深く、核に打ち込まれた。
巨大泥人形が崩れていく。
山のような量の泥が工場の床に広がった。
シリアは着地しながら目の色を少し戻した。
「……ふぅ....終わり。」
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その瞬間、テアルの注意が一瞬だけシリアに向いた。
セナはそれを見逃さなかった。
展開させた複数の剣が一斉にテアルを囲む。
テアルが指を動かそうとした——動かせなかった。
5本の剣が腕、肩、足首を完全に固定していた。
「動かないで。」セナが階段を上りながら静かに言う。
「……上手い。」テアルは動かない。
セナがテアルの前に立ち、縄を取り出した。
「確保。」
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縛られたテアルは、抵抗しなかった。
「……大人しいな。」セナが不思議そうに言う。
「頭の邪魔にさえならなければいいですからね。」
「邪魔?」
テアルの目が微かに揺れた。
「……足止めは十分でしょう。」
「そう。にしては長いわね」
「……馬鹿な子たちだ。」
テアルは静かに目を閉じた。
「頭は——キャブラは、隊長格に匹敵する力を持っている。
子供2人では、まず勝てない。」
「君たちがここで足止めされてるから。」
シリアが近づいてきて、テアルを見下ろす。
「お前は元神栄団らしいね。」
テアルは少し間を置いた。「……そうです。ホークアイに所属していた。」
「ならなぜアルバトロスにいる。」
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【テアルの回想】
10年前。ナーガスラム。
食べ物がなかった。
寒かった。
家族が3人、冬を越せずに死んだ。
テアルは路地で泥を弄っていた。
能力が使えると気づいたのもその頃だ。泥を動かすと少し暖かかった。
貧困。孤立。国からの施しはない。
神栄団は来ない。誰も来ない。
「——お前、面白い能力を持ってるな。」
声をかけてきたのは、まだ若いキャブラだった。
ホークアイの副団長になる前の、ただの青年だった。
「お前みたいなやつがいる。ナーガスラムには山ほど。
強いのに誰にも見てもらえないやつが。」
「……あなたは何者ですか。」
「同じナーガスラム出身だよ。俺たちで俺たちの街を守る。
お前の力を貸してくれ。」
それが全てだった。
神栄団がホークアイに誘ってきた時も、テアルはキャブラについていった。
キャブラが団を出た時も、ついていった。
「テアル、お前は頭がいいんだから神栄団に残ってもよかった。」
いつかキャブラが言った。
「残りません。」
「なんで。」
「あなたがいないところに、私の居場所はないから。」
キャブラは笑った。それだけだった。
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回想が終わる。
テアルは目を開いた。
「頭がナーガスラムに来た時、私は14歳でした。
親も兄弟も、みんな貧困で死んでいた。
あの人が来なければ——私はとっくに死んでいた。」
セナもシリアも、黙っていた。
「頭は今日、捕まると思いますか。」
テアルが静かに問う。
セナは答えなかった。
その答えは、奥の部屋から聞こえてくる戦闘の音が決める。
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工場の廊下。
ようやく扉を見つけたシュルトが「ここか」と呟きながら取っ手を掴んだ。
開けると——そこは外だった。
冷たい朝の空気が吹いてきた。
「……また外か。」
シュルトはしばらく空を見上げ、来た方向を確認し、もう一度工場の中へ戻っていった。




