第11話:ゲームセット
そびえ立つ城壁の光景が、戦場から一切の音を奪い去った。つい一秒前まで激しく火花を散らしていた剣や槍はピタリと動きを止め、武器を握る者たちは皆、あんぐりと口を開けて手つかずの巨大な岩壁を見上げている。ダークエルフとミノタウロスの死体の山に腰を下ろしていた黄金の鶏冠兜の男もまた、視線を上へと向けた。第一隊長クラウスは、その顔に穏やかな笑みを浮かべる。
ムーンソングは闇の言語で忌々しげに悪態をつくと、手綱を強く引いてバイコーンを反転させた。そして大声で撤退を命じる。近くにいたエルフの一人が、王国の中に閉じ込められた仲間たちはどうなるのかと尋ねたが、口を開いたことを即座に後悔した。ムーンソングが射殺さんばかりの獰猛な視線を向けたからだ。
「勝手に生き延びろと言え!」
ムーンソングは一片の慈悲も同情も見せずに言い捨て、騎獣を急加速させた。金属製のブーツの踵があまりにも乱暴に獣の脇腹へと蹴り込まれ、古傷が開いて血が噴き出す。疾走しながら、ムーンソングは侵略計画をもっと急がなかったことを激しく後悔していた。
「忌々しい人間どもめ、あの謎の力は一体何なのよ!」
これでムーンソングは『主』に釈明しなければならなくなった。もし主が普通の存在であれば、色仕掛けで誘惑するか、あるいは裏切るかして切り抜けようとしただろう。だが相手が違う。ムーンソングは実に久方ぶりに、恐怖で体が震え始めるのを感じていた。
闇の軍勢は捕らえた奴隷たちを引き連れ、退却を開始する。しかし、城壁の内部にはまだ危険な数のダークエルフが残されていた。彼らは城壁の変貌による衝撃から立ち直るや否や、味方に置き去りにされたことにも気づかず、再び戦闘と虐殺を再開した。
≪っしゃあ! 顔面にクリーンヒットだ!≫
雲の上へと戻ったジンボは、騎兵たちの姿をはっきりと視認できたわけではないが、歓声を上げた。九割方、連中が岩壁に激突したと確信していたからだ。あまり綺麗な光景ではないだろうと推測し、わざわざ近づいて確認するのはやめ、代わりに次なる選択肢を探り始める。
≪敵のコマンダーは尻尾を巻いて逃げたな≫
外にいるエルフたちが撤退していくのを見て、彼は笑みを浮かべる。ざまあみろと嘲笑ってやりたい気分だったが、もし自分が敵の立場だったとしても似たような反応をしただろう。勝っていた試合をひっくり返されるのはいつだって痛い。ましてや、出所もわからない予想外の奇策を食らったのならなおさらだ。
≪しかし、まだ中にエルフがうじゃうじゃ残ってるな……何か手はないか?≫
興味を惹かれた彼は、三つ目のスキルツリー――『環境』を確認することにした。
またしても膨大な数の選択肢が表示されたため、パンクしないようリストの上位にあるものだけをチェックしていく。ジンボはもはやエーテルの消費量など気にしていなかった。効果範囲を拡大して以来、そのコストは他の誰かが支払ってくれていると感じていたからだ。
【ヒント:ダンジョンコアは20レベルごとに、自身の領域内に新たな環境スキルを追加、あるいは合成することができます。環境スキルは、周囲の空間およびその住人に対し、物理的・心理的な変化をもたらします】
素早く計算し、ジンボは現在最大で三つまでの異なる環境を保持できることを把握した。もっとも、今のところは人間たちを助けられるものが一つあれば十分だ。
≪どれどれ……これは違う。これもパス。ん? 『発情期』……? そんなもん何の役に立つんだよ!? 次だ、次。ふむ……これなんか使えそうじゃないか!≫
【環境:生存本能(原始)】
【条件:利用可能】
【説明:個体および集団の自己保存メカニズムを活性化・増幅させる。対象者は恐怖やパニックを感じていても、脅威に対して好戦的な態度をとるよう突き動かされる】
【警告:原始バージョンであるため、対象者の知性が低下し、本能的かつ肉体的な衝動に駆られて戦うようになる。これにより、集団内のメンバー間でトラブルが発生する可能性がある】
この選択肢を選ぶと、システムが「誰を味方として設定するか」を尋ねてきた。
≪人間たち、だな≫
少しばかり疑問を残しつつもそう答える。あの魔術師が良い扱いをしてくれたとは到底言えないが、被害者と加害者のどちらにつくかと言われれば、ジンボは前者を選ぶ。
さらにシステムは、味方だけでなく敵にも効果を及ぼすかどうかを尋ねてきた。敵ユニットをただの狂戦士に変えてしまう選択肢にもポテンシャルは感じたが、今ここで試すのは得策ではないだろうと判断する。
スキルを発動すると、彼の目にしか見えない赤いエネルギーの波動が王国全体へと広がっていった。最初にその影響を受けたのは兵士たちだった。
ある路地裏では、若い従士が追い詰められていた。折れた剣で必死に身を守ろうとしているが、巨大なミノタウロスがその分厚い体で唯一の退路を完全に塞いでいる。若い従士はゴクリと唾を飲み込み、絶望して左右を見回した。すると突然、脳の奥底で何かが燃え上がるのを感じた。
恐怖が怒りへと変わり、「明日を生きるために戦う」という強烈な渇望へと塗り替えられていく。
ミノタウロスは足を止め、その牛の目に困惑の色を浮かべた。人間の表情が一変したからだ。ダークエルフたちの間で評判を高め、あわよくば罰を免れるために、この小僧をいたぶり殺して楽しむつもりだったが、気を変えて一撃で頭を叩き潰そうと棍棒を振り上げた。だがミノタウロスは、従士の方が先に仕掛けてくるとは予想していなかった……。
折れた剣がミノタウロスの頭部に深く突き刺さる。若い従士は雄叫びを上げながら何度も何度も滅多刺しにし、ついに巨獣を地に伏せさせた。彼は立ち上がると、路地の出口を塞いでいるエルフたちに向かって突撃する。そのうちの一人が弓を構え、プレニルニウムの鏃がついた矢を放った。矢は少年の胸に深く突き刺さる。だが、それだけでは彼を止められない。まるで悪魔にでも憑りつかれたかのように、少年は走り続けた……。
女エルフは素早く矢をつがえ直し、二本の矢を同時に放った。一本は若い従士の腹に、もう一本は頭部に突き刺さる。少年はようやく息絶え、地面に倒れ込んだ。
環境の変化によって次に影響を受けたのは、一般の住民たちだった。農民、パン屋、大工、御者、料理人、浮浪者――いわゆる市井の人々だ。逃げ惑っていた人間や、すでに鎖で捕らえられていた者たちが、石ころや木片、折れた武器など手当たり次第に掴んで襲いかかってきたため、多くのエルフたちの顔が驚愕に染まった。
バイコーンに乗った一人のエルフは、突然現れた子供たちが石を投げつけてきたため、盾で身を守った。苛立ったエルフは騎獣から降り、ガキどもを皆殺しにしようと歩み寄る。子供たちは散り散りに逃げ出したが、一人がつまずいて地面に転んだ。エルフは近づいて剣を振り上げ、躊躇うことなく少年の首を刎ねようと腕を振り下ろした。
その瞬間、灰色の砂塵が少年の顔に吹きつけ、思わず目を閉じさせたが、傷一つ負わせることはなかった。混乱したエルフが自分の手元を見ると、剣の刃が消え失せ、柄だけが残っていた。太陽の光を浴びて、ゆっくりと分解されていたのだ。鎧にも同じ現象が起きており、粒子となって少しずつ風へとさらわれていく。
「ば、馬鹿な……日没まで時間はあるはずだったのに!」
誰かに騙されていたことは明白だった。即座に一人の戦犯の名前が脳裏に浮かび、エルフは奥歯が軋んで痛むほど強く噛み締めながら呻いた。
「ムーンソング、あのクソ売女め……! 俺たちをこんな罠にハメやがって、絶対に許さんぞ……!」
エルフは避けられぬ死を少しでも遅らせ、脱出の糸口を探すために日陰へ逃げ込もうとした。だが、振り返った瞬間、その足が凍りつく。周囲を人間の群衆に取り囲まれていたのだ。兵士と民間人が入り混じり、傷を負ったり血に塗れたりしている者もいるが、誰一人として穏やかな顔をしている者はいなかった。
プレニルニウムの加護は蜃気楼のように消え去った。加害者は被害者へと転じ、素手で八つ裂きにしようと迫りくる人間の群れから逃げ惑う。捕虜など取らない。原始的で残忍な衝動が暴力を支配し、生き残りたいという渇望が動物的な怨嗟と復讐心へと変わっていた。
一方、城の地下室では、アラクスとその弟子たちがもはや儀式を維持できなくなり、次々と床に崩れ落ちていた。魔法陣の光が消え、ジンボは見えない力に引っ張られてコアの部屋へと引き戻される。急激な景色の変化に、彼は激しいめまいを覚えた。
マルク王は緊張に顔と体を強張らせながら、地上で何が起きているのかと水晶に問いかけた。ジンボがどうにかめまいから立ち直って返答すると、インプはあんぐりと口を開け、切断された翼の付け根を感嘆に震わせた。そして、インプは残りの者たちへと通訳する。
「『ゲームセットだ……俺たちの勝ちだぜ』と仰っています」




