第5話 攻略対象は全員お断り
最初の授業は魔法理論から始まった。
教室は大きな部屋で、魔法で消すことができる黒い板が使われている。
教師は老齢の男性で眼鏡をかけていて知的な姿だ。
(やっぱり、魔法って面白いわ)
サティーナは授業内容に興味深々だった。
前世では文系だったが、知識を学ぶこと自体は好きだった。
ノートに書き写しながら、授業に集中する。
「では次に、この火魔法と水魔法を同時に発動させた場合、どうなるか分かる者はいるか?」
教師の問いかけに、教室は静まり返っている。
手を挙げる者はいない。
サティーナは手を挙げてみた。
「では、シェズリス嬢」
「水蒸気が発生し、辺りが真っ白になるかと」
「その通りだ。実際過去に訓練場が霧のように包まれて授業が一時中断になることがあった」
それからも真剣に授業を聞き、ノートを取るサティーナだった。
昼休みになった。
ウィニーと一緒に食堂で昼食を取ろうと、一緒に廊下を歩いている時だった。
向こう側から大きな足音が聞こえてきた。
廊下の角を曲がってきた男子生徒とサティーナが正面衝突しかけた。
(ちょっ!)
「うおっとっと、すまない!」
だがギリギリのところで回避する。
相手もすぐに止まった。
(え?!)
サティーナは、目の前の人物を見た。
(キジネス・マストロク!!)
それは攻略対象だった。
正門前での遭遇は避けたが、廊下で会ってしまった。
「大丈夫か?」
キジネスが声をかけてきた。
サティーナは冷静を装って答えた。
「ええ、大丈夫です」
「それはよかった。俺はキジネス・マストロクだ」
「……サティーナ・シェズリスです」
名乗りたくなかったが相手が名乗ったのだから、とっさにこちらも言わなければと思った。
でもすぐに後悔した。
名前を教える必要はなかったかもしれない。
しかしもう言ってしまったものは仕方がない。
「シェズリス嬢か! たしか伯爵家だったかな?」
「そうです」
「いい名前だな。じゃあ、またな!」
キジネスは満面の笑みで、そのまま廊下を走り去った。
(あっ、すぐに去ってくれたわ。よかった……)
サティーナは少し拍子抜けした。
「今の人、かっこよかったですね!」
ウィニーが目を輝かせている。
「そ、そうね……」
(でもどんなに見目がよくても暑苦しい男性は無理)
昼食の後、ウィニーと一緒に図書室を覗こうとした。
だがサティーナは扉の前で足を止めた。
(待って。そういえば、図書室にはミシルト・キクシストがいる可能性があったわ)
つい、気がゆるんで忘れてしまっていた。
ゲームでは入学翌日の図書室がミシルトとの出会いのイベントだった。
(まだ、行かないほうがいいわね)
「サティーナ様、どうかしました?」
ウィニーが不思議そうに、サティーナの顔を覗き込んだ。
「……今日はまだいいかなと思って。日を改めましょう!」
「ん~、そうですか。じゃぁ、お散歩でもしますか?学園の中庭が綺麗で――」
「中庭はちょっと!」
少し強く言い過ぎてしまった。
ウィニーは驚いている。
「ご、ごめんなさい。えっとね……今日はゆっくりしたいなと思って」
「そうですね。疲れましたし、ではテラスでお茶にしませんか?」
「それがいいわ!」
サティーナはほっとしつつ、ウィニーと一緒にテラスへと向かった。
テラスで紅茶を飲みながら、ウィニーは焼き菓子を食べている。
結果として、回避作戦は成功した。
この調子で平和に過ごせれば問題ない。
だが、数日後に問題が起きた。
授業後、サティーナは少し遅くまで教室に残って自習をしていた。
教室を出ると、もう夕方近い時間になっていた。
人はもう少ない。
夕食まで少し時間があるせいか、ほとんどの生徒は部屋かテラスにいるようだ。
サティーナは一度、寮に戻ろうとした。
その時、廊下の突き当りの窓際で一人の男子生徒が本を読んでいた。
(……うそでしょ?! なんでこんなところにいるのよ……)
そこにはミシルト・キクシストがいた。
(図書室を避けたのに、またしても廊下で会うなんて思うとは! ていうかなんで廊下で読んでるのよ!)
だが、ミシルトはこちらには気づいていないようだ。
本に集中している。
(このまま静かに素通りすれば問題ないかしら……)
サティーナは息を殺して、ミシルトとは反対の端を歩き、出来る限り足音を立てないように歩いた。
そこまでは良かった。
問題は廊下の床になぜか一冊の本が落ちていたことだ。
思いっきりその本につまずいた。
「ちょっ……」
(なんで、こんなとこに本が落ちてるのよ! だれよ、落とした人は!)
「……?」
ミシルトが顔を上げた。
二人の視線が重なった。
ミシルトはしばらくサティーナを見ていた。
「……君は」
静かな声でミシルトが言った。
「同じ新入生か」
「はい、そうです」
とりあえず、長話はしたくない。
できるだけ短く答えて早々に立ち去りたい。
「名前は?」
「……サティーナ・シェズリスです」
どうしてこの場面でも名前を聞かれるのかなと思いながら答えた。
貴族の礼義として、自己紹介は避けられないのだろうか。
「そうか」
ミシルトはそれだけ言って、また視線を本に戻した。
(そっちは名乗らんのかい!)
それで終わりかと思った。
サティーナは安堵しながら歩き出そうとした。
「自習していたのか?」
なぜかミシルトが再び声をかけてきた。
(なんで、ここで会話を続けるかな!)
「……なんで分かるんですか?」
「とっくに授業は終わっているだろう。それに魔法理論の教科書を持っている」
(そういえば、そうだったわ)
「勉強熱心なんだな」
サティーナは「そうでもないです。それでは」と冷たく答えて、そのまま歩き去った。
その後ろ姿をじっと見つめるミシルトには気づいていなかった。
床に落ちていた本は、後から廊下を歩いていた教師が拾い上げた。
寮に戻ってから、サティーナは溜息をついた。
(好感度は特に上がっていないはずよね)
そう信じたい。
ゲームでは、図書室でのミシルトとの出会いが好感度上昇の最初のイベントだった。
廊下での些細な会話では、特に影響はないだろう。
(でもまた偶然ということもあるし、警戒は必要よね)
サティーナは手帳を取り出し、学園の地図を書き始めた。
ミシルトが本を読んでいた廊下辺りには近づかないという記載を加えながら。




