第4話 学園入学
学園入学当日の朝。
マリナが起こしに来る前に、サティーナは大きな音で目を覚ました。
「姉上、行ってしまう前にもっとお顔を見せて下さい!」
とパジャマ姿の弟が部屋の扉を開けて入ってきたのだ。
「ソルン……まだ、朝には早いのだけど……」
「だって、姉上がいなくなる前にもっとお顔を見ておきたいんです!」
その可愛さにサティーナはしゃがみこんで、弟を抱きしめた。
「ちゃんと会いに帰ってくるから、大丈夫よ」
「約束ですよ!」
ソルンを部屋に送り届けてから、サティーナは自分で身支度を整えた。
制服は鏡台の近くに用意されていた。
ウルバネル王立学園の制服は、紺色を基調とした上品なデザインだ。
女生徒はブラウスの上にベスト、その上からジャケット。
そしてスカート。
鏡の前で制服を着てみた。
自分で言うのもなんだが似合っている。
少しするとマリナが入ってきた。
「お嬢様、お素敵です!」
「まぁまぁ、素敵よ。私も学生時代を思い出すわ」
母マリーンも、いつの間にか部屋に来ていた。
(お母様のこの手の話、長いのよね。このままだと、遅刻してしまうわ……)
「お母様の学生時代の話は、今度ゆっくりと聞かせて下さい」
「あら、今度なの? じゃぁ、その時にゆっくりとお話しましょうね」
身支度が終わり、そのまま食堂で家族と食事をした。
シェズリス家の紋章の入った馬車は、学園の道を進んでいた。
一緒に御者と護衛もついてくれている。
窓から外を眺めると同じように様々な家門の紋章の馬車が連なっているのが見えた。
新入生達がそれぞれの家から学園へと向かっているのだろう。
(緊張するわね……)
馬車が速度を落とした。
目的地が近づいているのだろう。
サティーナは再び窓の外を見た。
ウルバネル王立学園の高い塔が見えた。
石造りの重厚な建物で長い歴史を感じさせた。
広い敷地に広がる色とりどりの庭。
美しい学園だった。
ゲームで見た学園より、はるかに壮大だ。
「……すごい。これが、ウルバネル王立学園なのね」
サティーナが目を見張るうちに、馬車は大きく迂回して裏門へと向かった。
正面の大通りでは他の馬車が行列を作っているが、裏門はがらりと空いていた。
(よし! 第一関門は通過したわ!)
サティーナは小さくガッツポーズをした。
裏門から入ると入学式の会場である大講堂へは別の経路を通ることになる。
正門側から入るよりも人通りの少ない回廊を通る形だ。
「お嬢様、こちらでございます」
護衛の男性が先導してくれる。
サティーナの荷物は別で寮に搬入されてくるため、手ぶらで歩く。
石畳の廊下に高い天井。
アーチ型の窓から差し込む光。
ゲームで何度も見た光景が、立体的にそこにある。
不思議な感覚だ。
(夢の中を歩いているみたいだわ)
「私はここで失礼いたします。大講堂はあの扉の先でございます」
「分かったわ。ありがとう」
護衛が一礼して離れていった。
サティーナは扉の前に立った。
中からすでに人の気配がする。
新入生達が集まっているのだろう。
深呼吸をして扉を開けた。
大講堂は多くの生徒で埋まっていた。
たくさんの新入生が並んだ椅子に座っている。
彼らは、緊張と期待が混ざったような表情をしていた。
サティーナは空いている席を探しながら通路を歩いた。
視線を感じる。
なぜか周囲から、ちらちらと見られている。
(えぇ……目立ちたくないのだけど……もしかしてこの容姿で見られてる?)
気まずい気持ちでどこの席につこうかと悩んでいると、近くの席から声がかかった。
「あの、よろしければこちらにどうぞ」
振り向くと亜麻色の髪の少女が、自分の隣の席を手に示しながら微笑んでいた。
丸い目と愛嬌のある顔立ちで、親しみやすい雰囲気の少女だ。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて失礼します」
サティーナは礼を言って、彼女の隣に腰を下ろした。
「男爵家のウィニー・ネリフィルです。よろしくお願いします」
「伯爵家のサティーナ・シェズリスです。こちらこそよろしくお願いします」
「えっ、シェズリス伯爵家ですか! わぁ、有名な家門ですね。そんな方となんて、なんだか緊張します」
ウィニーは驚いた顔をしていた。
気さくな人だなとサティーナは少し緊張が解けるのを感じた。
ゲームには登場しなかった人物だ。
ゲームヒロインの友人として描かれていたのは別の人物だったが、この世界では当然ゲームとは異なる出会いもある。
(むしろ、ゲームに関係ない人だけと仲良くなればいいかしら)
そう思いながら、サティーナはウィニーと小声で言葉を交わした。
この出会いは、後に大切なものとなっていく。
しかし今は入学式の開始を告げる鐘の音が鳴り響き、全員が姿勢を正した。
入学式は着々と進んだ。
司会者の挨拶から始まり、学園の歴史と理念の説明。
新入生代表の誓いの言葉。
サティーナは式の内容よりも壇上に立つ人物達に目が行った。
教師陣はそれぞれ厳格な表情で式を見守っている。
(学園長は……)
ウルバネル王立学園の学園長はカルシオン・ワナディールという人物だ。
王弟であり公爵でもあるにも関わらず、学園長を務めている。
ゲームの中では、ほとんど出番がない背景キャラのような存在だった。
(あれが……カルシオン・ワナディール様? 美形すぎるわ……)
カルシオン・ワナディールは、とても美しかった。
黒に近い深い青い髪に涼しげな菫色の目。
すらりとした長身。
二十七歳で若くも、学園長という役職の重みに相応しい落ち着いた風格を持っている。
(……あの方、王族なのよね。近づくと面倒そうだわ)
王族は面倒事の塊だ。
王位継承、派閥争い、政略、外交。そういったものに巻き込まれる可能性が常にある。
関わるのはごめんだ。
入学式が終わり、新入生達は各自の寮の部屋へと案内された。
部屋にはベッド、机、本棚、クローゼットがある。
荷物は搬入されており、部屋の隅に積まれている。
サティーナは廊下に顔を出した。
「あっ、サティーナ様! 同じ階ですね!」
廊下からウィニーの声がした。
ウィニーが嬉しそうに手を振っている。
「部屋も近いですね!」
「ふふ、本当ですね」
サティーナは微笑んだ。
ゲームとは違う出会いが、ここにある。
これは自分の意思で動いた結果だ。
(これからも良い出会いがあればいいわね)
サティーナはそう思った。
寮での初日の夜、サティーナは荷物を整理しながら状況を整理した。
入学式の当日。
正門前でのキジネスとの遭遇は回避成功。
図書室でのミシルトとの出会いは、まだ問題なし。
中庭でのソクネストとの接触は、まだ大丈夫。
今のところは順調だ。
(このまま気を付けていれば大丈夫そうね)
本棚に本を並べながら、サティーナは思った。
明日からは授業も始まる。
(学園では真面目に勉強するとしましょう。魔法の授業、今から楽しみだわ)
サティーナは基礎魔法概論という分厚い本を取り出して、机の上に置いた。
窓の外は、もう暗くなっていた。
月の光が静かに外に降り注いでいる。
(穏やかな夜よね)
そう思いながら、サティーナはランプの光の下で本を開いた。
これから自分の新しい生活の始まりだ。
ゲームのヒロインではなく、ただのサティーナ・シェズリスとして生きる。
その決意だけは揺るがなかった。




