第2話 家族
朝食は食堂で家族と一緒に取った。
ロドビス・シェズリス伯爵は温厚な人物だった。
白髪交じりの空色の髪と優しい目をしている。
ロドビスは新聞を読んでいた。
この世界にも新聞はあるのだなとサティーナは思った。
「サティーナ、おはよう」
「おはようございます。お父様」
挨拶を交わして席に着くと、扉からやさしい声がした。
「あら、サティーナ。おはよう」
「おはようございます。お母様」
食堂に入ってきたのは、ふんわりとした薄萌葱色の髪と白緑色の目をした母マリーン・シェズリスだ。
そしてマリーンの後ろから、勢いよく駆けこんでくる者がいた。
「姉上! おはようございます!」
七歳になる弟、ソルン・シェズリスだった。
母と同じで薄萌葱色の髪と白緑色の目をしている。
真っ直ぐにサティーナの隣に行き、椅子によじ登った。
「おはよう、ソルン。今日も元気ね」
「僕、姉上に見せたいものがあるんです!」
ソルンはポケットから小さな石を取り出した。
「これは?」
「昨日、光の当たり方で輝いて見えたんです! きっと魔石です!」
(弟よ、これはただの石よ。でも自信満々に魔石と言いきったかわいい弟には言えないわ!)
「そう、良い石ね」
「でしょう! 姉上が学園に言っている間に僕がもっと磨いて、姉上がお家に帰った時にまたお見せしますね!」
サティーナは弟の頭を優しく撫でた。
弟は嬉しそうだ。
「学園と言えば、ロドビス様との出会いを思い出しますねぇ」
「母上……その話は何度もして……」
ソルンが嫌そうな顔をしている。
「あら、いいじゃない。サティーナも来週から学園よ? 恋の話くらいは聞いてもいいと思うわ」
マリーンはうっとりとした顔で語り始めた。
この国では政略結婚も恋愛結婚も、どちらも珍しくはない。
だがどちらかといえば、恋愛結婚が多い。
サティーナの両親も恋愛結婚だった。
両親の出会いは、王都の花祭りで髪飾りを落として困っていたマリーンをロドビスがたまたま拾ったのが始まりだったという。
「ロドビス様とは髪飾りを拾ってくれた後に一緒にお茶をしてね。花のことに詳しくて、教えてくれたのよ。色んなことを知っているロドビス様って素敵でね。学園に入学してすぐロドビス様と再会して、これは運命だと感じたわ」
「母上、その花のくだりはもういいです。何十回と聞きました」
「あら、でもいい話は何度してもいいじゃないの」
ロドビスは新聞を読みながら、少し照れた様子だ。
「姉上。学園に行ったら、僕にお手紙を書いてくれますか?」
「ええ、もちろん書くわ」
サティーナは弟に微笑んで答えた。
「絶対ですよ! 僕、姉上がいなくなると寂しいんですからね!」
こんなに慕ってくれる弟の事を思うと自分も寂しいと感じてしまう。
「サティーナ、学園の準備はできているかね?」
ロドビスが新聞を畳みながら声をかけた。
「はい、お父様。あと少しで準備は終わります」
「そうか。学園では人脈を大切にしなさい。シェズリス家にとっても、よい縁が結べると望ましい」
「はい、もちろんです」
「……それから、何か困ったことがあったら、いつでも伝えなさい。お前はまだ十五歳なのだから」
父は優しい人だった。
ゲームの中では父親としてほとんど出番がなかったが、こうして実際に向き合うと血の通った人間だ。
母も弟も同様だ。
(この人達が今の私の家族なのよね)
この世界はゲームの世界を原型としているかもしれないが、そのままのゲームではない。
登場人物達は皆、それぞれの人生を持つ人間として生きている。
だからこそ、サティーナは決意した。
ゲームのイベントには乗らない。
自分の意思で自分の人生を生きる。
「ありがとう、お父様。学園生活を楽しんできます」
スープを口に含んだ。
温かくて、おいしかった。
窓の外では、晴れた空の下で庭師が花壇の手入れをしている。
穏やかな朝だった。
これからの日々も、こんな風に穏やかであればいい。
そう思いながらサティーナは朝食を食べ続けた。
サティーナは自分の部屋で記憶の確認をした。
恋する乙女はあなたに狙い撃ち☆の舞台、ウルバネル王立学園の入学は十五歳からで、全寮制の三年制である学園だ。
入学式の日から複数のイベントが連鎖的に発生する。
まず、学園の正門前でキジネス・マストロクと遭遇する。
次に入学式翌日の図書室でミシルト・キクシストと出会う。
そして学園の中庭で、ソクネスト・カンゴドールと話す機会が生まれる。
これらのイベントをきっかけに、三人の攻略対象との関係が始まる仕組みだ。
(つまり、この三つのイベントを回避すれば、ゲームのストーリーそのものが崩壊する)
イベントが発生しなければ、好感度は上がらない。
好感度が上がらなければ、ゲームのような展開にはならない。
単純な話だ。
(単純なはずなのだけど……どうも不安があるのよね……)
サティーナは眉を寄せた。
ゲームの世界に転生した人間がイベント回避に挑むという話は、よくあることだ。
夕菜も転生者の小説をいくつか読んだことがある。
そして回避しようにも何故かイベントが起きるという場面が描かれているのもあった。
まるで世界そのものがゲームのシナリオ通りに進もうとする力を持っているかのように。
(そういう運命の力みたいなものが本当にあるのかは、私には分からないけど……)
サティーナは窓の外を見た。
青い空にゆっくりと流れる雲。
(まぁ、考えすぎても仕方がないわね。実際、学園に入ってからその都度対処するすかないわ)
最初にやるべきことは決まっている。
正門では回り道をして入場する。
図書室には入学式翌日は行かない。
中庭には近づかない。
これで完璧なはずだ。
――とこの時は思っていた。




