12月13日の絶望
俺は無言で目を覚ました。時計の時間はもう午後二時を少し過ぎている
十二月に入ってもう半ばだが、相変わらず学校には行っていない。最近はそういうことを考えるのも面倒臭くなってきてしまっている
聖亞の死を知ったときから、何もかもがどうでも良くなっていたしそういう感覚も薄れていた
既に二ヶ月近くのことだ。最初のショックも薄れてきているが自分もあんなにして死ぬのだろうと漠然とした宣告が下されたようだった
そういう俺を心の中で罵っている自分がいることは気付いていた。孤独でいればいるほど、その声は強くなっていく
俺は弱い、だからそのような自省の声を聞かないようにするためには現実逃避の道具が必要なのだ
「……」
無言で起き上がり、ベッドの前に置かれているゲーム機のスイッチを入れる。眠気はあまり感じない
最近の現実逃避に使うツールは大抵それだった。後はパソコンに繋いだ動画サイトでチャット紛いの事をするだけだろうか?
テレビでは世間様の様子は、受験シーズンやら若干の景気向上による就職率の増加が話題になっているがどうでもいい
そもそも俺自身引きこもりになってしまった時点で未来なんて無いのだ。それが申し訳なく感じなくも無い
だからといって自分で自分の命を絶つ覚悟すらも俺には無かった。だからこうしてダラダラと下らん日常を送らせて戴いている
「………」
ちょっと前から口周りに産毛が生え始めた。牛乳なんかを飲むと目立つあそこだ
恐らく二十代に入る辺りからはそれが太くなって髭になっていくのだろう。肉体が大人に近づいてきた証だ
物知りの文也叔父さんの話によると昔の男子は十五歳で元服の儀という今で言う成人式のようなものを行い
それ以降は大人として扱われていくのだという。成人男性として社会に使われる存在に
そして俺は考えている、今の時代に本当に大人と呼ばれている人間が何をしているのかを
ちょっと前までは、俺は名前を覚えてはいないものの政治家は無責任な発言や公約撤回などは頻繁に行っていたし
芸能界は相変わらず馬鹿なことで話題を作り、マスコミが煽り立てて、それに乗せられる連中がいる
酒を飲んで酔っ払ったり、公の場で暴力を振るったり等、俺とそう年が変わらない若者が増えていると聞くし
ソーシャルネットサービスでは、目立ちたいが為に犯罪紛いのことを繰り返してムショに送られる連中も多数
ネット掲示板では中傷と愚痴に溢れ、とても見れたものではない。人間とはなんて下らないものだと嘲笑すら浮かばないほどには
こんなに退屈な連中がこれからの日本の未来を引っ張っていくのは、滑稽な喜劇であるとしか言えない
何が経済大国なんだろうか? 老人が過去の威光に縋り付いて、その煽りで凋落していく宿命を若者は強いられているというのに
(…俺も人のことは言えないけどな)
かくいう俺自身も『引き篭り』と言うプライオリティの最底辺に位置する層なのは疑う余地も無い
これが成人したり時間がたつと『ニート』と言う近年普及した称号にクラスチェンジするのだろうか?
たとえそうなったとしてもゲームのようにステイタスが向上するわけではないだろう。我ながら下らない喩えだと思う
「チッ…セーブしてなかったか」
五月のころまではやせ気味だったのに、若干脂肪が出始めた腹をぼりぼりかきながらテレビゲームを再開
枕元に置いてあった開けっ放しの菓子袋からポテトチップスを数枚取り出してぼりぼりと齧る
少ししけっているようで開けたばっかりのサクサク感は無い。口に物を入れてもイライラは募るばかりだった
間食は体に悪い。判っているのだが、どうしても止められない。外に出て散歩したほうがいいのかもしれないが
そういう気は起きない。窓からを空を見上げると、既に太陽の光は陰りを増して夕方への準備に差し掛かっている
時計を見ると時間は既に午後の四時手前だった。無駄に過ごす時間は本当に早い
そして、その刻は俺の人生の時間でもある。つまり、俺は人生の無駄遣いをしているのだ
「ま、仕方ねーよな。俺が悪いんじゃないし…」
今の言葉が言い訳である事は判っている。それは俺自身自覚していることなのだ
それでも、俺はコントローラーを握る手を離せなかった。淡々と死んだ目でテレビ画面を見てゲームを進めていく
面倒くさいことはすべて後回しでいい。退屈でもこうして引き篭もっていた方が何倍もマシだ
外に出て他者と関わらないが、それならば自分は傷つくことも無い
他人を貶める無神経な馬鹿とも、自分が誰かを傷つける事も、関わった誰かの不幸を知ることも無いのだから
無駄な時間を過ごしている間に、遠くで五時の到来を告げるチャイムが鳴った。関係無いが今日は十三日の金曜日だ
何か不吉なことが起こらなければいいがと俺はふと考えてしまう。新木の野郎や、菜穂子はちゃんと学校に通って無事に過ごせているだろうか…
外で輝く夕焼けの光に、少しだけ思いを馳せ願った。あいつらが俺と同じような轍を踏まないことを
「早岳君。今日は君の好きなハンバーグだよ」
「ありがとう叔父さん」
八時ごろ、文也叔父さんが俺の部屋にいつものように夕食を届けてきてくれたのに礼を言いつつ、俺はゲームを中断した
盆を受け取って膝に乗せ、スプーンでハンバーグを細かく分けた後に白くてほかほかなご飯に乗せて口に運ぶ
二、三度咀嚼し他だけで口の中に肉汁と絡まった特性ソースの香ばしい味わいが広がって至福の気分が味わえた
「久しぶりだよ、ハンバーグなんて半年振りだ。お袋、機嫌の良い時にしか作らないのに」
食事の時間は数少ない娯楽だった。こんな時ばかりは鬱陶しいお袋にも感謝している
俺は掻っ込むように食事を続けた。熱いご飯と焼き上がったばかりのハンバーグのコンビは本当に美味しかったのだ
再び文也さんにお礼を言おうとするが、彼の開いた言葉に俺は固まってしまった
「僕が頼んでみたんだ。君が学校へ行くようにするって説得してね…」
「何だよ…それって…」
一気に気分が悪くなる。まるで気持ちよく眠っていたのを、冷や水をぶっ掛けられて無理矢理起こされた気分だ
誰であろうとその話をして欲しくなかった。辛いだけ現実を突きつけられるのには辟易していた
それに俺はイライラしていた。なぜこんな話を食事中に持ちかけてくるのかこの人の神経が癇に障る
もう、食事を続ける気力も減退していた。どうして、こう…俺なんかの為に鬱陶しいお節介を焼くのか?
「学校に行くことなんて、俺が決めることだよ。叔父さんには関係ないな」
「みんな困っているんだ。君にはまだ未来があるだろう? こんなことを続けていて良い筈が無い」
ああ…うるさいなぁ! 新木といい、菜穂子といい、文也叔父さんといい……どうして俺に説教してくるのか?
ストレスが胸の中に溜まっていく。まるでヘドロが沈殿していく汚い川のように
俺はお盆を自分の脇に置いた。食事なんてしなくても構わない、どうせ菓子でも食べればいいのだから
「俺のことは俺で決めるんだ。誰にも口出しなんかさせない」
「君はそれで良いかもしれない。自分の人生」
イライラが募っていくと共に、暗く攻撃的な衝動が俺の中で膨れ上がっていく
黒い感情の塊のようであるそれは、血潮と共に全身に流れ込んできて俺の感情を煽っていくように
心の何処かが警告の声を上げていた。やめろ! と、誰かか叫んだような気がする。それが何者なのかはわからなかったが
「十年間ニートな叔父さんに言われたくないよ! それに俺はまだ十八なんだ、いつかは…絶対にいくらだってやり直せる
社会から逃げて、おばあちゃん地と俺の家に寄生してきた文也さんとは違うんだ! 黙ってくれよな!!」
「………」
反論せずに文也さんは悲しそうな目をして目を背ける。俺の言ったことが心に響いたのだろう
俺はざまあみろ!と心の中で暗い喝采の声を挙げた。この人のことを全く考えずに
再び人のことを無神経に傷つけてしまったくせに俺は喜んでいた。良心という物は吹き飛んでいた
「そうだね…僕みたいな社会のゴミが君に何も言える訳が無いか…はは……」
文也さんは壊れたように虚ろな笑い声を上げた。心がすべて空っぽに鳴ったような表情
そこに浮かんでいるのは深い自虐と後悔なのだろうか? 俺の嗜虐的な部分が一気に引っ込み頭が冷えた
自分は何かまずいことを言ってしまったのではないか? 気まずさと共にようやく一声搾り出す
「…叔父さん、」
「君の言うとおりだ早岳君…君はまだ…やり直せる。僕の轍を踏まないでくれよ」
叔父さんは俺の言葉を遮る様に言って部屋から出て行った。後姿には覇気が無い、まるで抜け殻のように見えた
俺はそのときに謝っておけばよかった。叔父さんも同じような悩みを十数年間抱えていたことに気付くべきだった
そして、後悔することになるのは何時もながらの事であり…気付いたときには何かを失っているのだということを知らなかったから
しばらくした後に結局、俺は冷めたハンバーグを食べてしまった。どうしても腹が減ってしまったのだ
人間と言う生き物は本当に現金に作られているものだとは思う。どんなに精神的に参っていても
体に求められた整理行動は取ってしまうものなのだ。どんなに体調が悪くてもウンコをするためにはトイレに行ってしまうのと同様に
「ふわぁぁぁ…」
間抜けにも、口を開けて大きく欠伸をしてしまう。腹いっぱいになったら眠気が襲ってくるのもまた生理現象か
今日は昼過ぎに起きたはずなのになんでまた…と、怠惰な肉体の欲求に抗えずに俺は横になる
テレビの電源もゲーム機のスイッチも付けたままだった。暖房を気化した部屋でベッドに寝転がるのは
猫がコタツの中で必ず丸くなる(?)のと同じくらい俗説の定義に則ったものなのだ
だから俺は意識を手放すことにした。起きていてもやることは無い、どうでもいいゲームなんて後でやればいい
船を描くように徐々に、少しづつゲームのBGMが遠ざかっていくような気がする
そして俺は眠ってしまった。心にしこりを残したまま、いとも簡単にあっさりと…
ぼんやりと霧の中を俺は歩いていた。ただひたすら一歩を踏み出して道なき道を進んでいく
誰に命じられたわけでも、明確な目的があって何処かに行くわけでもない。ただ歩いているだけ
もとより、人生とはそういうものなのかもしれないとぼんやり思った。何が起きるか判らない、一寸先は闇と言うやつだ
白い霧のカーテンの向こうに米粒ほどの人影が見えた。俺はそいつが誰だか知っていた
歩くスピードを速めて走り出す、そこに向かって駆けていく。なぜそうしたのかは判らない
ただ、その人影の正体を目にした瞬間に俺は思わずそいつに声をかけていた
『お、聖亞じゃねぇか。元気だったか? 飴玉やるぞ?』
『……』
霧の向こう側で俺を待って居やがったのは、図書館であったクソガキの金山聖亞だ
聖亞の野郎は相変わらず、むっすりとした顔で俺のほうを睨み付けている。それでも俺は嬉しかった
ニュースで死んだと言われていた聖亞がこうして生きていたのだ。胸の中のつっかえが取れた気持ちになる
俺は聖亞に近寄ろうとしたらあいつは無言で何か俺に言った。しかし、言葉は出てこない
『ん…? どうした、風邪なのか?』
『――――――!』
聖亞はなにか叫んでいた。両手をメガホンのように口に添えて俺に何か伝えようとしている
俺は訳が分からず首を傾げた。惚けた宿敵の様子が聖亞にはさぞや腹立たしく映ったに違いない
『――――――――!!』
『だーかーら、お前伝えたい事とあればはっきり言えっての!』
聖亞は怒って俺の背後を指差した。なんだ…戻れって事か?
成績が悪くてゲームや絵描きが得意の俺にはさっぱりわからない。自分で言うのもなんだが新木と違って頭が悪いのだ
だから探偵ドラマやミステリーホラーのドラマなんか見ても最後まで犯人なんか分からないし、トリックの仕組みも理解できない
そんな俺だからこそ聖亞がイラつくのも仕方ないのかもしれないのだろう
『――――!』
『ああ、わかったよ。帰ればいいんだろ? 全く…可愛げのない小僧だ』
俺が聖亞に背を向けて元来た道を歩いていくと、あいつは無言になった
やっぱり何かおかしい。本当にあいつは俺が知る聖亞なのだろうかと疑ってから、再び背後を見ると奴の姿が消えていた
『おい、何処だ? 聖亞!』
聖亞の名を読んだがあいつの姿は既に無く、後にはむせるような霧で満たした薄白くて静かな空間だけが残った
何故か、何かに急かされるようにもと来た道を俺は走り出していた。その行動に理由は無い
強いて答えるならば、そうしなければいけないのだと俺の中の何かが警鐘を鳴らしたのだ。それほどまでに直感的に動いていた
走っていくと前方に光が見えた。乳白色の輝きは空間全体を覆っていき、あまりの眩しさに俺は手をかざし目を背けた――――
そして俺は目を覚ました。寝ぼけた頭で時計を見ると最後に覚えていた時間から三十分ほどしか経過していない
電気が点いたままの明るい部屋でゲームの軽快なBGMが相変わらず流れている。付けっ放しにしてしまったのだろう
起きた後にいろいろと思い出す。変な夢を見たが、少し前まで繰り返し見ていたものと違って不快ではなかった
ふと、目元を拭ってみると少し濡れていた。欠伸のときに出た涙なのだろうか? 夢の内容を詳しく思い出せない
(そう言えば、叔父さんには酷い事言っちゃったな…)
ようやく俺は思い出した。食事を運んできた文也叔父さんに暴言を吐いてしまったことを
今になって考えていれば、文也さんはあの人なりに苦労してきたことを背負い込んで忠告してくれたのだろう
俺はイライラしすぎていた。その重いがあの人に辛く当たってしまった原因となっていたのだ
時計を見ると時間は夜の十一時前、正確に言うと十時四十五分だった
少しだけ、俺は迷ってしまう。今、あの人が起きているかどうか微妙な時間帯だが
いつも通りだと起きていることだろう。あの時みたいに叔父さんに謝りたかった。それも早いうちに
あの人は俺を支えてくれた。お袋は少し俺を厄介者扱いしていたが、同じ苦しみを持つあの人だけは何事も打ち明けられた
(やっぱり…謝っていたほうがいいよな)
俺は部屋を出た。そして同じく二階にある物置を改装した文也さんの部屋に向かう
起きているかどうか心配だったが、案の定部屋の鍵は開いているのかドアが微かに開いていた
明かりが点いていないのが気になる。意外と几帳面な叔父さんはそんなことをしない
「叔父さん…?」
ドアを開けて中に入った。部屋は明かりが点いておらず、暗かった
目の前で大きな寝袋みたいなものが横たわっていた。あの人は散らかすようなタイプじゃない
思わず、入り口近くの電源を入れてしまった。そして俺は見てしまったのだ
「…文也叔父さん!!」
叔父さんは仰向けに倒れていた。床の上で青白い顔をしてぐったりと
そしていくら体をゆすっても起きる気配がまるでないのだ。ただ事であるはずがない
俺は何かいやな予感を全身で感じ取り、大声で下の階にいるであろうお袋を呼ぶ事しか出来なかった




