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8月15日の口論

お婆ちゃんが死んだ。確かに衝撃的な出来事だったがそのことに対して俺は最初、深い感慨を持てなかった


ああ、亡くなったんだな。感想はそれだけである、祖父は俺が小さい頃に既に居なかったので殆ど覚えていない

勿論、孫である俺が邪険に扱われたと言う記憶は無い。小学生くらいの時に子供向けアニメの映画を一緒に見に行った記憶があるし

ロボットの合体する玩具だってちょっとだけ買ってくれたのだ。婆ちゃんが死んで悲しくないなんてありえない


それでも、あまり感慨らしい感情が沸かなかったのは、直接死に立ち会えなかったことだろう

救急車に運ばれていく婆ちゃんは顔色意外は全くの健康体に見え、眠っているようだった

ドラマの登場人物みたいに劇的な最後なんて殆どの人間は迎えることが出来ない。最後は突然やってくるものだ

病死であれ交通事故であれ、殺人であっても…見えざる死神が鎌を掲げた時には、その人間の死は確定している

昔に比べて人は死が遠くなったと言われることがある。しかし、どんな人間にも最後は訪れることは誰もが知っている

善人より悪人が長生きする例も珍しくない。俺や新木、菜穂子が河畑より早く死ぬ可能性もあるのだ

例を挙げると生活保護が貰えずに餓死する国民よりも、犯罪を侵して刑務所でそこそこの暮らしをしている

外国人犯罪者の方が生存率は高く理不尽だと、叔父さんから話を聞いたことがある


医療技術や環境、食事を改善したとしても、生物が生物である限り死もまた俺達の傍に存在する

死は平等に与えられている、貧富の差、家柄の違いに関係なく天より与えられた運命なのだろう

今はただ、祖母の冥福を祈っていたい






文也さんが俺の部屋にやってきたのは俺がベッドに寝転がって漫画本を読んでいるときだった

ベッドの足元にはゲーム機のコントローラーやディスクが散らばっている

以前は片付けていたのだが、最近はゲームしたまま寝落ちしている割合が大きくそのままであることが多い


「あーあ…君はまた散らかして…」


「叔父さん。いいよ…部屋の掃除なんて」


「君は学生だろう? また学校に通う時の為に部屋くらいは綺麗にしとかないと」


はたきを持ったまま、文也さんは笑った。どことなく無理しているような笑顔に胸が痛くなる


「だからいいって。叔父さんがやらなくても俺が一人でするからさ、ゆっくりしてくれよ」


「…そうか、分かったよ」


そして、残された俺達のことだ。祖母の家は引き払い、その遺産を持って文也叔父さんは僕の家で預かると言うことなる

親父は割と彼の待遇に同情的で、お袋もあまり気が進まない様子で嫌々といった感じにこの件を了承するが

一番納得できていないのは、意外にも当の文也さんだった。勿論彼も二人の申し出を受けたのだが

あの人と一緒に過ごしてみて解ったのは、自分の存在が俺や俺の両親に負担をかけているのだろうかと考えてそうな所だった

叔父さんは家族である俺達のために色々手伝っていた。掃除や洗濯はそつなくこなしたし

料理だって出来たのは叔父さんの手先が器用で何でも出来たからだろう


昔、あの人がしてくれた話では多趣味ゆえに一時期はもてていた時期もあったのだという

しかし、人付き合いはからっきしだった為に、すぐに振られてしまったのだと笑いながら話していた。どこまで真実かは判らないが

頭の中で文也叔父さんの体に満遍なく付いている贅肉をそぎ落として、若返らせてやると線が薄く覇気が無いが

それなりに整った青年の面影が垣間見えなくも無い。今にしても気の良い中年のおっちゃんといった感じだ

非常に変な気分だが彼の姉であるお袋も、昔は老け顔と言われていたが

皺が無い若い頃を想定して考えるとそれなりに整っており、元・美人の部類に入るのかもしれない

その点でいうと親父はあまりパッとしない。俺の顔が少し地味目なのも親父の血が入ったかもしれない

ならば、亡くなったと言う二人のお兄さんはどうなんだろうと思って、お袋に聞いて見たが写真は無いのだという


(あまり気を使いすぎてるんじゃないだろうな?)


文也さんは傍目から見ても疲れているようだった。何故そんなことを断言できるかなどは

俺があの人の傍に長い時間付き添っているからだろう。変な意味は無いがあの人とはお手伝いの合間にゲームで遊んだりするのだ

無論、お袋に見つからないようにである。お袋は夕食の時間でも直ぐに降りて来なかった場合

下で一人、不機嫌そうに飯を食べつつ口すら聞かないのだからあまり良い気分はしないだろう

叔父さんも姉に気遣ってか、俺と徐々にゲームする時間も減らしていった

いつの日か見た窓の向こうに寂しげな視線を向ける文也さんは、本当に辛そうに見える

俺は叔父さんに元気を取り戻して欲しかった。元々、そこまで口数が多い大人ではなかったのだが


「なぁ、叔父さん。俺も掃除手伝うからさ、一緒にゲームしようよ」


「…でも、君のお母さんが」


「大丈夫だって。あの人年中プリプリしてあんな感じだからさ」


「そうなのかな…」


「じゃあ、少し手伝うよ。俺が雑巾持ってくるから」


1階に急いで降りていく俺、雑巾は風呂場においてあるから一々取りに行かないといけないのだ

バケツも持っていこうかと考えたが、ちょうど良いサイズの奴が見つからなかったし

溢してしまったら、フローリングの床が駄目になってしまうかもしれない。そうしたらまたお袋が機嫌を悪くする

全く、あまりしたことも無い掃除と言うものは面倒な仕事だ。学校以外でする事は埃を払う程度なのだ


そう言えば今日は8月22日。もう直ぐ夏休みは終わる頃である。俺は頭の隅に現実を追いやった

何回か外に出たのだが、あれから一回も新木と会うことは無かった。メールで話すことは少しあったが

あいつは俺のことについて触れてこない。恐らく面倒な奴だと思って距離を取ったのだろう

そうだ…それでいい。元々人付き合いなんて自分には向いていなかったのだ

しかし、たった一つだけ菜穂子に会いたいと言う気持ちはまだ残っていた。会ったとして何をしようとか明確な目標は無い

新木にアポを取れば簡単に会えるのかもしれない。それどころか俺は彼女の番号も持っている

いつかやろうとは考えていた。だが、日が経つにつれて後回しになっていく

もしかしたらこれからもう会うことは無いのかもしれないと、俺は密かに覚悟していた


汚く薄汚れた雑巾を水道で濯ぎながら俺は考える。そうだ、そろそろ二学期なのだ

学校に行く気は起きないが、時間が過ぎるのは早いなとは思う。そうして新木も石田も俺なんかの事をすっかり忘れた後

高校を卒業すれば社会に出て、新しい友人や新しい環境に囲まれて生活していくのだろう

それはそれで彼等の為になるのだろうと考えるが、寂しい気持ちを完全に拭う事は出来なかった


俺は雑巾を絞り終わると、二階の部屋に向けって会談を駆け上る

夏場の熱気の中で冷たい水の感触が手に残り、心地よかった

後は部屋の掃除だ、とにかく今は何かに集中して色々な事を忘れたかった







「早岳君は二学期から学校に行くのかい?」


太陽が完全に昇った日中、さすがに暑いので部屋の窓を締め切りクーラーをかけている

冷房の効いた部屋でプレイするのは快適だが、ゲームをしている最中に叔父さんがいきなりそんな事を聞いてきたので

集中力がすっかり抜けてしまった俺の操作キャラが攻撃を受けダメージを喰らい、HPバーが黄色の危険域に入った


「別に、学校つまんねーし。授業も楽しくない」


「嫌な奴でもいるのかい?」


「…それもあるかもしれない」


俺はあの川畑の歪んだ嘲笑を思い出してしまっていた。あいつには出来ることならば二度と会いたくない

言いながら画面の中のロボットを操作。副兵装のグレネード弾を壁の向こうに投擲すると

しょぼいボリゴンエフェクトの爆発と共に敵の機体が四散し、かすかな達成感が胸の中で弾ける


「ゲームのほうが楽しいのかな?」


「当然だよ。だって面倒くさく無いじゃん」


「でも、何時までこうしてられると思うんだい。君ももう高3だろ?

この時期じゃそろそろ将来の事を考えて、仕事でも探さないと不味いんじゃないか?」


正直に言うと、何故叔父さんが今になってこんな話をしてくるのかが解らなかった

まともに答える気にはならないので、適当にお茶を濁す事に決める

まるで最近の政治家みたいだ。と、自分でも思った


「まぁ、フリーターになるよ。社畜になりたくないし」


俺のロボットがブースとを吹かし迷路を抜けて、鋼鉄で作られた設定の巨大なシェルターに辿り着く。その向こうにボスが居るのだ


「社畜にだってなれない人も要るだろ?」


「会社に顎でこき使われるなんてスゲーダサいよ…それにさ、不景気でどこも倒産するか解らないし

税金はどんどん高くなるし、治安も徐々に悪くなっていく。今はね、必死になった方が負け組みなんだよ」


ボス部屋に入る。下半身が戦車と合体したような異形のボスロボットが重々しい音楽と共に暗闇から出現した

敵のキャタピラが石畳を砕く音がやけにリアルに聞こえる。俺は巨大な火砲をかわし敵にメイン武装のマシンガンを乱射する

ガードを抜けたクリティカルヒット。しかし、画面端まで伸びた敵のHPゲージはまだ一ドット程度しか減っていない


「……」


叔父さんは暫く黙っていた。俺とボスとの戦闘は続く

そして敵のゲージが十分の一程度にまで減り赤くなった時だった、叔父さんが俺のコントローラーを本体から抜いたのは

慌てて俺は接続を直そうとするが、ボスは容赦なくキャタピラで操作キャラを踏み潰す。ゲームオーバーだ

すぐに俺の単純な頭は沸騰してしまう。この人がこんな事をする訳が無かった筈だと憤りながら


「叔父さん…何すんだよ!」


「君は何時までもこんな事をやっちゃいけないんだ」


文也さんの声は今まで聞いた事も無いくらい重々しくて、眼差しは厳しく俺を見据えていた

俺は更にはらわたが煮えくり返った。幾らなんでもこんな八つ当たりみたいな事しなくてもいいだろうが

拳を握り締めわなわなと全身が震えだす。そしてある言葉を吐き出した


「俺は叔父さんみたいにダサく無いし、そうなる気も無い

叔父さんこそ早くハロワに行けよ。さっさと社畜になって過労死でも何でもすればいいんだ!!」


一気にまくし立てると、俺は部屋から飛び出していった

柄もなく瞳から涙が滲んでくる。それを拭いながら玄関の扉を勢いよく閉めた

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