二 建国王と八つの誓約
その日の午後、アリアは父エドガーの書斎を訪れた。
部屋には古い書物や地図が並び、壁には歴代当主の肖像画が飾られている。
エドガーは書類から顔を上げ、娘を迎えた。
「アリア、どうした?」
「お父様。ヴァルデン家は、王国ができたころから国境を守っているの?」
「ああ。よく知っていたな」
「ミーナが教えてくれたの。八つの辺境伯家があるんですって」
エドガーは椅子から立ち上がると、書棚の奥から一冊の古い本を取り出した。
表紙には、王冠と八つの異なる紋章が刻まれている。
「これは建国の誓約について記された古い記録だ」
「王様との約束なの?」
「そうだ。アルセリア王国が生まれたとき、初代国王アウレリア家の祖先と、八つの辺境伯家の祖先が魔法誓約を結んだ」
エドガーは本を開いた。
古い文字の間には、王冠と八つの紋章が描かれている。
「当時、この地には多くの争いがあった。王都を守るだけでは国は成り立たず、国境を守るだけでも国は続かない。そこで、王家と八つの家がそれぞれの責務を担い、互いを裏切らぬと誓ったのだ」
「王様が八つの家に命令するの?」
「そういう関係ではない」
エドガーは、娘の目を見て答えた。
「王家と辺境伯家は、基本的に同等の格を持つ。王家は王都と中央の統治を担い、八つの辺境伯家は、それぞれの国境を守る。役目は違うが、どちらも国を存続させるために欠かせない」
「では、お父様は王様の家来ではないの?」
「王家に敬意を払うことと、臣下として従属することは違う。ヴァルデン家は、建国の誓約を交わした一族として、王家とともに国を守る立場にある」
アリアは、父の言葉をゆっくりと聞いていた。
「その誓いを破ったら、どうなるの?」
エドガーの表情が少し引き締まった。
「誓約には、破った場合の恐ろしい定めがある。王家と王都の貴族たちの血筋は絶え、国は大きな天災に見舞われ、やがて滅びるとされている」
「本当に?」
「誓約は、ただの紙に書かれた約束ではない。建国の魔法によって結ばれたものだ。王家も辺境伯家も、その存在を示す古い証を受け継いでいる」
エドガーは、書物の頁をめくった。
そこには、八つの家の紋章が描かれていた。
銀の狼、白い鷲、赤い獅子、青い竜、黒い熊、金の鹿、白銀の蛇、そして黒い翼馬。
「この八つの家が、建国の時代から国境を守ってきた」
「みんな、今も同じ家なの?」
「基本的にはそうだ。長い年月の中で家が絶えたり、継承に問題が生じたりしたこともある。しかし、八つの誓約を受け継ぐ家は、王国にとって特別な存在なのだ」
アリアは、銀の狼の紋章に指を伸ばした。
「お父様も、この誓いを守っているのね」
「ああ。私だけではない。アルベルトも、レオンも、いずれこの家を受け継ぐ者として、責任を知っておかなければならない」
「わたしも?」
「もちろんだ。家の一員として、知っておくべきことはある」
エドガーは、娘の頭を優しく撫でた。
「だが、今はすべてを理解しなくてもよい。少しずつ学んでいけばいい」
アリアは、父の言葉に頷いた。




