第三章 温かなスープと黒パン
しばらくすると、ミーナが食事を運んできた。
木製の盆には、小さな陶器の器が二つ載っている。
一つは野菜を煮込んだスープ。
もう一つは、薄く切られた黒パンだった。
「お嬢様。医師から、少しずつ食べるようにとのことでございます」
「ありがとう」
アリアは、器の中を覗き込んだ。
スープには、刻んだ根菜と少量の肉が入っている。
湯気は立っているが、香りは控えめだった。
匙を手に取り、口へ運ぶ。
温かい。
けれど、味はかなり薄い。
野菜の甘みはあるものの、出汁のような深みがあまり感じられなかった。
次に黒パンを少しだけ口にする。
硬い。
表面はしっかり焼かれているが、内側も密度が高く、噛むのに力が必要だった。
それでも、食べられないほどではない。
アリアは、ゆっくりと咀嚼した。
前世の日本で食べていたものを思い出す。
白いご飯。
焼きたてのパン。
味噌汁。
煮物。
果物。
甘い菓子。
それらは、この世界では簡単に手に入らないものかもしれない。
「お味はいかがですか?」
ミーナが尋ねた。
「おいしいわ。温かくて、ほっとする」
「それはようございました」
ミーナは安心したように微笑んだ。
アリアは、もう一口スープを飲んだ。
この世界の料理がまずいと決めつけるつもりはない。
使える食材も、調味料も、調理器具も違う。
保存方法も異なる。
それに、料理を作る人たちは、限られた材料で工夫しているのだろう。
まずは、この世界の食べ物を知る必要がある。
どんな穀物が育つのか。
どんな野菜が採れるのか。
肉や魚はどのくらい手に入るのか。
塩や香辛料はどこから来るのか。
食料の保存には、どんな方法が使われているのか。
考え始めると、知りたいことがいくつも浮かんできた。
「ミーナ」
「はい、お嬢様」
「このスープに入っているお野菜は何?」
「こちらは蕪と人参、それから玉葱でございます。お肉は、塩漬けにしておいた豚肉を少しだけ使っております」
「そうなのね」
「冬の間は生野菜が少なくなりますので、根菜や干した豆を使うことが多いのですよ」
なるほど。
冬の食料事情は、やはり厳しいらしい。
アリアは器の中を見つめた。
今すぐ何かを変えようとは思わない。
まずは、この家の暮らしを知ること。
領地のことを知ること。
そして、前世の知識をどう役立てられるか、少しずつ考えていこう。
少女は匙を置き、温かなスープを最後まで飲み干した。
その日、アリアは久しぶりに食事を終えた。
そして、窓の外に広がる北方の森を眺めながら、静かに思った。
いつか、この土地の人々が、冬でもおいしいものを十分に食べられるようにしたい。
その願いは、まだ小さく、誰にも語られていなかった。
けれど、確かに彼女の心に宿っていた。




